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12.ただ働きのジレンマ

 鬱積どころか気分は鬱々。どこをもってしても明るい話題を見いだせない。思わず溜息癖まで移ってしまったようで、先程から何度も蛍の口からは溜息が漏れていた。

今まで辛うじてためらいなく切れていたのは魔物だったからだ。人を切るなんてごめん被りたいと、蛍は思うが、物言う魔物と人との差はなんだと言われると、答えに窮する。

切って倒せば金属になるのが魔物で、死体になるのが人間だ。というくらいしか、差はないのだろう。

 「まさかこんなところでこんな選択肢とか」

倫理観の問題のようなそうでないような。

微妙なラインを行ったり来たりしつつ、とうとう蛍は、最後の場所に辿り着いてしまっていた。

 「さあ、剣を抜けっ」

一段高い舞台上に彼女は立っている。

明らかに気配が魔物と違っていて、蛍は困惑を隠せない。先に巫女がヒントをくれていたとは言え、蛍が答えを出せていなければ意味はない。

動こうとしない蛍にじれたように彼女は、剣を振りかぶって襲いかかってくる。

とっさに抜いて、応戦はしてみるものの、どうしても、振り切ることは出来なかった。

 「あのさ。あんたは、魔属なのか?」

剣戟の合間に、蛍は彼女にそう問いかけた。

 「違うっ。私たちは人間だっ。人間だったんだっ」

怒りのままに、彼女は剣を振り下ろす。

がつっと大地を穿ち、彼女は無防備になるが、やはり蛍は、その隙を突くことは出来なかった。

異端の迫害は、どこの世界でもあるようだ。けれど、それで世界を壊してしまうと言うのはどうかとも思う。

理由は色々とあるだろう。

多分、蛍は何を聞いても納得は出来ないのだろうと、そう思った。

 「悪いのは、多分ここに居る人間なんだろうとは思うけどさ。だからって、魔王の手下になって一緒に世界をどうにかするってのも違うんじゃないのか?」

蛍の言葉は、彼女にとっても迷いだったのか。

激しい攻撃が止み、彼女は吐き出すように声を出す。

 「私は魔属じゃない。人間だ。だけど、私はここに居る人間と一緒じゃない。殺すことに権利なんかいらない。殺すには理由があればいい。私には、あいつらを殺す理由がある」

暗い瞳がそう言いきった。

人を殺すのは権利じゃない。確かに道理だ。

けれど、やはり蛍は納得しかねた。理由はあるかも知れない。

いや、厳密に言うなら、蛍は、復讐することを咎めているわけではないのだ。

 「私の一族は、あいつらに全員殺された。幼かった私が辛うじて生き残っただけだ。それだって、何時死んだっておかしくなかった。一族が全て死に絶えてしまっていたら、この世に魔属と呼ばれて差別された人間が居たことすら、あいつらは忘れていくんだっ」

悲鳴のようなその声に、蛍は表情を曇らせた。

 「殺すのが悪いとは言わない。それを決めるのは俺じゃないからだ。俺が言ってるのは、この世界が消え去ってしまうことになっても、魔王にくみするのかってこと」

 「それがどうした。どうせもう私一人だけだ。世界が丸ごと無くなったところで困りはしない。死んで欲しくないと思える誰かも居ないんだから」

生きているのに死んでいるのだと、蛍はやっと納得する。

肉体の死だけが死ではない。彼女は生きながら心が死んでしまっているのだろう。

 「もし、俺があんたの立場だったら、いやだね」

蛍は、真っ直ぐにその目を見返してそう言った。

還りたいと思っている。どれほど退屈で、「つまんない」と言い続ける毎日しか送れないとしても、自分にとって世界はあそこしかない。

窮屈で、生きづらくて、良いことなんてほんのちょっとしかなくて。大半は、イヤだった思うことばっかりで。それでも、自分が死ぬのはあの世界だ。

寿命でなのか、事故でなのか、病気でなのかは分からないけれど、いずれ、死を迎えるとしたら、それは絶対にここではない。

 「俺は、無理矢理別の世界からここに喚ばれてきた。正直俺はこの世界がどうなろうと構わない。でも、俺の世界が、どうにかなるのは嫌だ。還るところが無くなるなんて、いやだ。どんなに迫害されたって、どんなに人間が嫌いだって、この世界があんたのいる世界だろう。あんたはこの世界で、還っていくんだろう」

人に見切りを付けたって、世界に見切りを付けるのは違う。

世界が変わればいいと思っても、世界が無くなればいいと思ったことは蛍はない。

 「お前に」

 「わかんないよ。だからあんたも分かんないだろ。俺がどれだけ俺の世界に還りたいか」

ここは自分の世界ではない。死んだら自分がどこに行くのかと、そう思う。だから死にたくないと必死になった。

魔王を倒さなくちゃ還さないと言われて、曲がりなりにもそれなりに、勇者と言われる仕事をこなしているのだって、最終的には還りたいからに他ならない。

 「あんたはあんたの世界に居れる。ただそれだけで、俺としては、羨ましい限りだね」

世の中には、こんな世界壊れてしまえばいいと思う人間だっているんだろうことは、蛍も分かってはいる。

けれど、その根底は多分、自分を評価しない、正当化しない、自分が正しくない世界はという注釈が付くことだろう。

だから正しくは、世界が壊れるではなく、自分の都合のいいように変わればいいという事なのだ。そうでない世界は要らないというだけで。

だから蛍は、少なくとも、世界が壊れて無くなってしまえばいいと、考えたことはなかった。そして今も、自分の居た自分の居るべき世界に還りたい。

 「なんで。なんでっ」

悲鳴が響く。

 「無くなってしまえばいい。全部全部。私も何もかもなくなってしまえばいい。みんなの居ない世界なんて、世界じゃない」

もの悲しい悲鳴は、言葉となって蛍の耳に入ってくる。

 「あんたがいるだろ」

蛍は、静かに彼女に告げた。

 「みんながいたって言う証しは、あんただろ。あんたが居なくなったら、本当にあんたが言ったみたいに、なんもかんも全部、始めからなかったことにされるんだぞ。在ったはずのものが、なかったって言われて、本当になくなっちまうんだぞ」

蛍の言葉に、堰を切ったように彼女の瞳から涙が零れる。

 「なら、私はどうすれば良かったんだっ」

 「俺に聞くなよ」

ここに居ることすら自分の意志ではない。魔王を倒す義理も道理もない。

ただ、還りたいから、倒さなければならないだけだ。彼女と蛍では立場が違いすぎる。

 「そうだな。私が選ぶことだな」

悲しそうに微笑んで、彼女はそう言うと、静かに剣を鞘に収めた。


 「ただ働きか」

ガックリと蛍が肩を落とす。

エリアのボスを倒すではなく、説得してしまったのだから、金を稼げるはずもなかった。

 「妙にがめついな。勇者」

そんな蛍の態度に、呆れた声を出す彼女は、まるで憑き物が落ちたようであった。彼女は本当は誰かに止めて欲しかったのかも知れない。

復讐ならば人だけでいい。魔王にくみしてまでするほどのことではない。

道徳というのであれば、蛍はそれを止めるべきなのだろうとは思う。

けれど、どうしても蛍は、止める気になれなかった。

いや、止めて良いかが分からなかったのだ。自分はこの世界の人間ではないから、彼女がどれほど辛かったのか分からない。

 「俺は金を貯めて、俺の代わりに戦ってくれる勇者をギルドで雇うんだ」

蛍の言葉に、彼女は、納得したように頷いた。

 「まあ、それであるなら、力になれると思う」

そう言うと、彼女は、舞台の上でなにやら動き始めた。しばらくして、何かが嵌った音がすると、ずいぶんと重苦しい音がして、地下への階段が現われる。

 「ここは元々私たちが住んでいた場所だったんだ」

暗い暗い地下の穴。そこに彼女たちは隠れ住んでいたのだという。

もっとも、その時はこれほどの規模ではなかったと苦笑を浮かべて言うのを、蛍はいったい何のことかと聞いていた。

床に辿り着いて、彼女は明かりを灯した。

まるで電灯のようなその明かりは、この世界では見たことのないものだ。

 「珍しいだろ。魔器を加工して作るんだ。魔物に転じさせることもなく、魔器を加工して魔法を掛けられる私たちを人は、魔物に属するものだと蔑んだ」

素晴らしい技術だと、蛍は素直にそう思う。

どうしてそれが迫害を生むのかが分からず、蛍が首を傾げていると。

 「私たちの一族以外誰にも作ることは出来なかったんだ。そして、魔器で作った武器を使えば、私たちは、少量だけど、魔物からも魔器を奪うことが出来た。本当に微々たるもので、勇者みたいに金属には戻せないんだけどね」

昔話を交えながら、少し寂しげに彼女は笑った。

あまりに人が思う人と違いすぎたのが、彼女たちの迫害の原因で、魔器を魔物からすらも集めてなにやら作っているというのは、人にとっては、恐怖だったのかも知れない。

蛍には、全て憶測でしか考えられはしないが。

 「ここだ」

こじんまりとした工房。鎚やらふいごやら、色々とある。その奥に山と積まれているのは。

 「魔器?」

 「そうだ。ここは、魔器を加工する工房だったんだ」

今はまったく使われていない様子のそこに、蛍は何も言わなかった。

 「これ、貰って良いのか?」

 「もう使い道もないしな」

そう言って笑う彼女を見て、自分も使い道のなさそうなものを後生大事に抱え込んでいたことを思い出す。

 「使い道がない。か。俺は、勇者装束がそうかな」

ぼそりとそう呟くと、彼女は、ふいに何かを思い出したように蛍に詰め寄った。

 「それ、私に見せてくれないか」

 「あ。ああ」

魔器も貰ったことであるし、壊れてしまっている勇者装束を見せるくらいなんと言うこともない。

とりあえずと、魔器を手に取ろうとすると。

 「ダメだっ。勇者装束を見る方が先だっ」

そう言って、彼女は蛍の返事も待たずに、手を引いて地上へと向かった。

行きとは違う道程の中、なにやら寝ているらしい人たちが見えて、何となく、消えた人たちの行方も納得した。

それは、昔より広くもなろうもの。いったい何人収容しているのかは、聞かないでおこうと、蛍は思った。


 「これだけど」

そろそろと差し出すと。

 「やっぱり」

そう言って彼女はまた地下に戻っていき、肩に魔器を担いで帰ってくると、それを勇者装束の上でばらまいた。

すると、それは、見事なまでに勇者装束に吸い込まれていき、あっという間になくなる。

 「へ?」

なにが起こったのか分からない蛍は、ものすごい間抜けな声を出した。

 「これは、私たちの一族が作ったものだ。昔、ここに来た勇者のために」

ぽろぽろと、彼女の目から涙が零れていく。愛おしげに勇者装束を抱き締める姿を見ていると、返してくれとも言い難く。

 「返した方が、いいよな」

魔器を吸い込んだ勇者装束は、どういう仕組みなのかすっかりと元の形に戻っている。

 「いいや。これは勇者のものだ。だからあんたが持って行け。それで、魔王に勝ってくれ。私たちの一族の作ったものが素晴らしいものであったって、あんたには知っていて貰いたいから」

少し誇らしげに笑って彼女は勇者装束を大事そうに差しだした。

 「ありがとう。使わせて貰うよ」


 その後、勇者装束の説明を聞き、蛍は、使うのは、魔王を倒すときだけにしようと思った。

 「これの凄いところは自己修復なんだ。魔器を奪って、傷を修復していくんだ」

嬉々として彼女の語った事は衝撃以外のなにものでもなかった。それは総じて、貰いが減ると言う事である。最初の頃の貰いが少なかったのは、絶対に勇者装束のせいもあったはずだ。

そして、そんな蛍の隣では、なにやら少々不機嫌そうな巫女が居た。

 「彼女にはたいそう優しかったですね。私に対するのとは、かなり違うように思えました」

 「そりゃあ、巫女さんと彼女じゃ雲泥の差」

うっかり本音を零してしまい、危うく巫女に引導を渡され掛けた。

落ち行く意識の片隅で、蛍は思う。

本当に魔王を倒して欲しいって思っているのか、と。


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