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11.現実、問いかけ、解なし

 次のエリアは、既に荒廃しきっていた。

今までは、攻略中、もしくは、蛍を標的にしていた感が否めなかったため、街そのものは比較的無事だったのだ。

けれど、ここに来て、はじめて蛍は、荒涼とした大地を見た。

 「ひどいな」

自分が危険にさらされているだけで、勇者が必要なのかと、ずっと疑問に思っていたのだが、これを見て、勇者など必要ないだろうと言う気力は、さすがに蛍も湧いてこない。

今にも崩れ落ちそうな街の入り口をくぐり抜けると、人の気配はほとんどと言って良いほどしなかった。

息を潜めているのではない。本当にしないのだ。

本来であれば、もっと活気があるであろう場所。それでも、武器屋や防具屋、宿屋、道具屋と言う、蛍の必要な場所は動いていた。

 生かされている。

そんな言葉が、脳裏を過ぎり、蛍は眉間に深いしわを刻んで、小さく溜息を吐いた。

廃墟一歩手前の街を巫女と二人で無言で歩く。

入った宿屋には、生気がなかった。何より、泊まり客など蛍と巫女以外は居なそうだ。

うつろな表情の店主に滞在を告げ料金を払うと、適当な部屋を選んで良いと通された。

人間らしい所作のないやりとりに、蛍は、味気なさを感じ、渋い顔になる。

自分から距離をとる分には良いが、相手に距離を取られるのが気に入らないなど、子供も良いところだ。

軽妙な会話を望むわけではないが、多少のセールストークはいやではない。

 「笑顔は大事だな」

今更ながらにそんなことを言って、蛍は、食事が出来るかを宿屋の主人に聞きに行くことにした。


 「ここって、食事は?」

 「無理だね」

聞いた瞬間即答だった。ある程度予測はしていたが、見事なまでに予測通りだ。

 「物流がストップって事?」

けけれども、ここは前のエリアに近いため、物流自体に打撃を受けているとは思えなかった。

 「違う。食事を作るやつがおらん」

もっと根本的な問題。人がいないという事だったようだ。

 「あの、さ。突っ込んだこと聞いて良いか?」

巫女に聞けば多分状況全てを語ってくれそうな気はした。

多分その方が、ただの情報として、蛍には痛くないものだっただろう。第三者の客観的なものは、情報という文字の羅列でしかない。

けれど、宿屋の主人に聞いた言葉はそうではない。

事実としての感情。

蛍はそれをいやでも受け止めなくてはならなくなる。

勇者などゴメンだと、だから人には極力関わらずにいた。触れれば、それだけ実感してしまうから。それを出来るだけ蛍は回避したかったのだ。

 「話せることならな」

早々に会話を終わらせてしまいたいとばかりのその態度に、蛍は苦い表情を浮かべると。

 「他の人たちって、どうなったの?」

返ってくる言葉を覚悟する。

 「分からん」

けれど、返事は実に曖昧だった。

 「俺だって教えて欲しいんだよ。 昨日まで一緒にいたはずの人間が、突然消えるんだ。一人や二人じゃない。一気に十人以上。寝て起きると居ないんだよ」

地雷を踏んだという事を、蛍は知った。この静けさは、狂気を押さえ込んでいた静けさ。恐怖と理不尽に震えながら、明日は自分かも知れないと、怯えて暮らしていたのだ。

 「あいつらはどこ行ったんだ? 俺は本当にここに居るのか? 本当は俺が違うところにいて、みんなは本当のとこに戻ってんじゃないのか? あんただけが俺に気付いたとか、そう言う落ちなんじゃないのか?」

つかみかからんばかりの勢いで、そう言う宿屋の主人に、蛍は驚いて身を逸らすと。

 「いや、俺は、店の主人とあんたしか見てない」

蛍が答えると、宿屋の主人は、ガックリと肩を落とす。

 「やっぱり、あいつらと俺しかこの街には居ないのか」

とぼとぼと、カウンターの奥の部屋へと宿屋の主人は引っ込んでいった。

死んだ。殺された。という言葉を覚悟していた蛍にしてみれば、ほんの少しだけほっとした事態ではあるのだが、消えたと言う事実が、死んでしまったという事実と重みが変わるとは思えなかった。

そこにいないという点で、この二つは変わりはしないのだから。

 「あーっ」

わざと、ゲーム感覚で、事態を楽しんで進めていた蛍にとっては、いかんともしがたい事だが、やることは変わらない。こんなものを背負い込む勇気も甲斐性もない。だから蛍は勇者ではないと思っている。

 「つまんないも、めんどくさいも言えないだろ」

誰も居ないカウンターの前で、ぼそりと蛍はそう言った。

人の人生どころか国、もしくは世界そのものがかかっているのだ。スケールが大きすぎて、想像もつかないから、気楽でいられた。今までは、見えなかったから、目を瞑っていることが苦痛ではなかった。

けれど、現実に、辛い思いをして、死んでいる人もいる。

関係ないというのは簡単だったが、関係ないと言い切れるほど、蛍も傍観者然とはしていられなかった。

 「ここに来ても、まだ中途半端なわけだ」

宙ぶらりん。

何かになりたいなら対価を払わねばならない。

誰かの特別になりたければ努力をしなければならない。

そして、勇者になりたくなかったから、今、見えないふりをしている。

はたしてどちらが良いのかと、静かに自分に問いかけてみたが、答えなど出るはずもない。

とりあえず、自分がやると決めたことだけでも、きっちりとこなすかと、蛍は、気持ちを切り替える。

もっとも。

 「おなかが空いた」

当面の問題は食糧事情であった。



 武器と防具、回復薬などを買いそろえ、蛍は、何時ものように行ったり来たりを繰り返す。

ぐるぐるぐるぐる。

何時も通りの行動なのに、なんだかだんだんと鬱積が溜まる。

 「空気が重い」

知り合いが諸共居なくなって明るくあれとまでは言わないが、せめて、お買い物中や宿泊中にあからさまに溜息を吐くのはどうにかして欲しい。

巫女が勇者様と呼んでも、今まで誰一人として反応していなかったから、世の中そんなものだろうと思っていたが、溺れる者は藁をもつかむである。勇者召喚など眉唾物だと思っていたが、もし本当に勇者だったらなんとかしてくれないかなーという態度が見え見えであった。

 「なんでみんな他力本願なんだ」

 「勇者様も人のことは言えないかと」

ぼそりと巫女がそう言うが、蛍は拳を握って言い返した。

 「少なくとも俺は他力に頼るための努力は惜しんでないっ」

確かに、勇者を雇うために涙ぐましいまでの努力をしている。むしろそのまま精進して魔王を倒した方が楽なのではないかと思えるほどに。

数拍の沈黙の後、おもむろに巫女は口を開いた。

 「魔属という者をご存じですか?」

 「魔族?」

そう言えば、魔物と人間以外を見たことがなかったなと、蛍は思いながら、巫女に問いかけるように、復唱した。

巫女は、ただ静かに、事実だけを言葉にしていく。

 「魔に属するもの。準ずるものとしての蔑称です」

それを聞いて、蛍の動きが止まる。のろのろと巫女の方を見て、おそるおそる声を出した。

 「蔑称ってことは、人間、なのか?」

 「はい」

涼しい顔をして、巫女はそう答える。

このタイミングでそのことを話しだしたと言うことは、ここで戦う最後の相手は。

 「ここのエリアのボスって、そいつなわけか?」

 「だとしたら、倒せますか?」

微笑んでの巫女の問いかけに、蛍は、はいとも、いいえとも言えなかった。


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