10.やられた分はやり返す
結果的に、蛍の作戦は実行出来た。
相手の目を盗んでこそこそと裏に回り魔物を退治して、街に戻るの繰り返しは、今までと何ら変わることはなかったのたが。
「倍疲れる」
相手を大きく迂回して、戦うわけであるから、移動に時間がかかるのだ。宿に戻るのが一瞬のこととは言え、狩り場に辿り着く労力は半端なかった。
「ケガが治せても、疲労は回復出来ないとか、本当、妙に現実臭いって言うか」
溜息混じりにそう言いつつも、蛍の方の準備は着々と進んでいく。
南の街は、魔物の数が多すぎて、孤立させられた状態だったが、蛍が魔物を狩り続けたために、徐々にその数を減らしていった。
「これでなんとか、宿屋にも泊れるか」
今までは、周りを取り囲んでいた魔物を一掃してからでないと、なかなか入ることは出来なかった場所だ。
その一掃する作業が面倒で、今まで、こちらの街には一度も足を踏み入れてなかった。
お陰で、高い回復薬を買うこともなく、ぎりぎりでやっていたものだから、むしろ、今までよりは、金は貯まったのだが、何となく素直に喜べないのが現状だった。
「逆走するって、なんか、虚しいよな」
ここから先は、魔物も弱くなっていく。
わざわざ逆走をする必要は本来ならない。けれども、散々バカにされたことは、蛍としても微妙に根に持っているのだ。
まして、あの手合いは、逃げた蛍を弱いからしっぽを巻いて逃げたのだと思っていることだろう。
実際、まったく間違っているわけではないが、武器さえ万全であったなら、あそこまで無様な逃走劇をすることはなかった。実際、あそこで戦って勝てる確立は、五分ではあったのだが。
もっとも、それも今となっては、だっただろうという仮定の話だ。
その場で実現しなかったのだから、魔物に言って聞かせたところで、鼻で笑われるのが落ちだろう。
実際、蛍は魔物から逃げるしかなかったのだから。
そんなこともあり。
「後から現われて度肝を抜いてやらなきゃ気が済まない」
と、無駄に意気込む蛍がいた。
「正々堂々と正面突破をされた方が楽と思うのですけど」
わざわざ面倒くさいことをしなくてもいいのではないかと、巫女は言う。
実際、巫女の言うとおりで、前エリアの街からこちらに向かってきた方が遙かに楽だった。
時間的にも、労力的にも。
やられた分はやり返すと、妙に意固地になっている蛍は、巫女の言い分が正しいことを理解しながら、首を縦に振りはしなかった。
そして、まるで誤魔化すかのようなとってつけの理由は。
「逆走でも、少しは魔物を倒していけるしな」
蛍はそう言った。
「それは、どうでしょう」
珍しく巫女は蛍の言葉に否定を返したのだった。
「こう言うことか」
エンカウントが落ちるのは分かっていたが、魔物より完全にレベルが上がると、まったく遭遇しないという事態に陥るのだというのを、蛍は身をもって体験していた。
実際、そうなるというのは考えられることであったのだが、すっかりとその可能性を頭から追いやっていた。
「虚しい」
これではただのピクニックだ。
楽しいことなど何も有りはしない。
いや、普通に考えれば、魔物と遭遇しないという現状は、喜ぶべき事なのだとは分かっている。しかし、金を貯めて勇者を雇って召喚しようとしている蛍に取っては、小銭一つ稼げない呑気な散歩は、むしろ不必要。
「無駄に争わない分早く進めて良いかと」
たおやかに笑って巫女はそう言った。
確かに戦闘に裂かれる時間がない分、移動は早い。
蛍にとっては、魔物が我が物顔でかっ歩し、支配しているのが当たり前だが、本来は、それは異常な状態だと考えると、元々の世界は、こうだったのだろう。
魔物に襲われる不安もなく、街から街に歩くことが出来るという当たり前のこと。それが今は出来ないのだ。
そう考えると、少しぐらいは魔王討伐も悪くないかななどと思ってしまい、蛍はゆるゆると頭を横に振った。
まずは、自分のことは自分でやれと言うのだ。
わざわざ別の世界から誰かを喚んで、自分達の世界の後始末をさせようという根性が知れない。
その上、歓待などされた記憶もない。
同情は、するだけ無駄だよなと、蛍は一人自分を納得させると、魔物のいない道を巫女と二人で歩き続ける。
実に退屈な逆走の旅も、やっと終りに近づいた。
レベルの上がりきっていない弱者を弄ぼうという根性は、実は嫌いではない。
身の丈を知って、自分の出来る範囲で最大限いかそうとしているのだから。
もっとも、それはゲームの中の話である。実際自分がやられて、命の危険まで感じるとなると洒落にならない。
「報復はきっちりとしなくちゃな」
勇者を雇おうと頑張って無駄に苦労しているだけあって、蛍は少々執念深い。
「行くぞ三下っ」
まさか後から現われるなど考えてもいなかったらしい相手は、驚いたように目を見開いた。
「勇者の癖にっ」
卑怯だという前に、蛍は、一気に間合いを詰めた。
「これも作戦だろ。あんたの言葉を借りるなら、な」
言うと同時に、蛍が突きだした剣をなんとか身を翻して避けると、慌てたように剣を抜く。
本来なら、剣を抜く間も与えずに、一気に切り裂くことも出来たのだが、あまりに必死なその形相に、思わず動きが止まってしまったのだ。
魔物も、必死なのだなと、そんな愚にも付かないことを思う。
だからといって、手を抜くことはしない。窮鼠猫を噛むだ。慢心していると、思わぬしっぺ返しで、窮地に立ったり逃げ出されたりするかも知れない。
だから、蛍は、その時に出来る自分の精一杯で何時も魔物を狩って行っていた。ボスだとて、それは変わらない。
「くっ」
ギーンっと剣が打ち合った音が響く。その音は、濁りなく響き、蛍に、まだ十分に打ち合えることを教えてくれた。
けれども、蛍としてはこれ以上無駄な戦いを長引かせる気はない。
「実力の差ってやつだ」
にいっと蛍は笑うと、無造作に剣を横に薙いだ。
ただそれだけで、このエリアの支配者は、あっけなく金属に戻っていく。
チャリチャリと音をさせ、山を作る。
「これで、やっと、半分近く、か?」
思っていた以上に多く落ちてきたそれを眺め、蛍がそう言うと。
「3分の1を越えたところでしょうか」
巫女は無表情に現実を告げた。
蛍自身も、その程度であろうことは分かっていたが、思ったより多かったそれを見て、もう少し、夢を見ていたかったのだ。
残るのがどれだけかも分からない蛍にとって、後どれだけ貯めることが出来るのかも、想像はつかない。
そうして、蛍は、今更ながらに面倒くさいことに気が付いた。
「また、この道歩いてくのか」
然り。
来たものは返らねばならない。
まして、逆走したのだから。
「なんで、転移術って、南に向かえないんだ?」
転移が南にも使えれば、実に簡単なのだが、それは決して出来ない相談だった。
「転移の術は、魔物から逃げるためのものです。原理は、魔物の魔力に対する反発力ですので」
要は、神力と魔物の持つ魔力ともいうものは、磁石のように反発し合うらしい。
結果、神力を使うと、そこから追い出そうとする力が多少なり働くのだそうだ。
それを利用してはじき飛ばされたのを、網の張ってある場所でキャッチして貰い辿り着いているようなものらしい。
あくまで、それは蛍の感覚であるのだが。
そのため、戻ることは出来ても、進むことは出来ないという、使えるけれど微妙に使えない転移術なのであった。
「嘆いてても始まらないし、行くか」
とぼとぼと、蛍は南に向かって歩き始めた。
ここから先、貯まる額は増える。半分近くまで来たのだから、次のエリアでは、4分の3くらいまでは、貯まるかも知れない。
そうすればあと一息。この苦痛な毎日ともおさらば出来る。
「よしっ。頑張ろう」
蛍はそう言うと、小さく拳を握ったのだった。