起きて一番に見えるもの
寝る前に薬、と渡された少々多めの薬を辟易しながら飲み下し、早めに眠ることにした。
一人の部屋でメガネをはずし、ゆっくり目を閉じる。どんなときでも、見えるのは目蓋だけ。
また今日が終わろうとしていた。
コンコン
「ねえ、隼?まだ寝てない?」
ちさ姉だ。
「あ、ちょっと待って。すぐ開けるから」
あわててメガネをかけ、横のボタンに手を伸ばす。電子音がしてロックが外れた。ちさ姉は――いや、所長は仕事の口調で話し出した。
「ゐつちゃんのことでね――」
「はい」
メタルフレームのメガネを下におろして、直接所長を見る。所長は紫苑――僕の暗号名だ――と僕を呼び、何も無いはずのところを見つめた。
「あの子の暗号名はquint。今日からあなたが教育する子よ」
「見習いなのに、もう暗号名をつけたんですか」
「まあ、ね・・・・・・ちょっと事情があるのよ」
珍しく所長は言うのをためらっているようだ。
「言え、と命令してみましょうか?」
左手でメガネをはずす。
「分かった、分かった。喋らないとは言ってないでしょ。・・・・・・ボスからの指令なのよ。あの子を、紫苑に、教育させろって。今から口頭で言うから、覚えなさいよ」
一番面倒な仕事が舞い込んだ。そんな感じがした。でも、所長ではなくボスの指示となると・・・・・・逆らえない。
「りょーかい」
「綱手ゐつ、15歳。生年月日1994年5月5日。身長165cm強、体重45kg強。能力は、尋常じゃない運動神経。一度決めたらためらわない、意思。基本的に運動神経が先に立つけどね。頭脳は、普通。頭脳がたつ紫苑といいんじゃないかってことだけど――」
分かっている。所長は疑問に思っているのだ。ボスがなぜ、ゐつを入れたのか。頭脳が働かないやつは、ここにはいない。なのに、ゐつは。
「ゐつは普通の人間ですよね。運動能力が尋常じゃないとしても、特別な技能を持っているわけでもない。所長はボスを疑っているわけだ。ん、言い方がおかしいですね。ゐつを、疑っている」
そういうわけじゃないけどと、意味のない言い訳をして立ち上がる所長。こちらを向かずにただ一言、こう言った。
「気をつけなさい」
「それじゃ、おやすみ~」
明かりも何もつけていなかった部屋から、ちさ姉が出て行く。
「・・・・・・綱手ゐつ、15歳。生年月日1994年5月5日。身長165cm強、体重45kg強。能力は、尋常じゃない運動神経。一度決めたらためらわない、意思。基本的に運動神経が先に立つけどね。頭脳は、普通。頭脳がたつ紫苑といいんじゃないかってことだけど、か。あいつがね――」
メガネをベッド脇のサイドテーブルに置き、紗の布で目を隠し、ベッドにもぐる。朝見たあの少女が、何者なのか。考えてみたが、薬が効いてきたのか考えはまとまらないままだ。
目蓋が重い。全ては明日に――
「ゐつ――quint」