それは堅い銅(あかがね)色
「俺は何もするつもりなんてないぞ、はじめから」
リルはいかにも外人らしく肩をすくめてみせ、降参の意を表す。三羽の鳥に抗おうなんて、そんな傲慢さは持ち合わせていないからだ。
「氷が鳥に取り込まれるなんざァ、まっぴらごめんだァね」
……訂正しよう。リルは外人だが、時々それを疑うことがある。べらんめえ口調が非常に得意だからだ。ん?べらんめえでもないのか。じゃあなんなんだ、あれは。
「僕も……やめるよ。だから怒らないでぇ、tertium deae(三人の女神)」
女神。まさにふさわしい。石像に命を吹き込んだかのように生き生きと動く彼女らは女神のように美しい。そしてその力の絶大さときたら、運命神も尾を巻いて逃げるほどだ。って、あ、運命神って尻尾ないな。
「そうだなあ、許してあげてもいいんじゃない?美智」
「いいんじゃないでしょうか。私も同意見です」
「じゃあ落とし前はどうつけるの。そこが甘いって言ってるの。充分分かってるんでしょ。甘さは身を滅ぼすって」
三羽の鳥の、話が始まる。
「でもさあ」
「なに?」
「この二つの組織は生かしておかないと。氷の刃もAAAも、表の社会に深く干渉してしまった組織は潰しちゃいけないって言ってたじゃない」
美智を真紀が説得する。
「それに、です」
「それに?」
「借りを作っておくと、利用しやすそうですよ」
続けて、美智を智恵が説得する。……利用しやすいとか、本人たちの前で言うべきではないだろう。
「それもそうかもねえ。このボンボンのお嬢さんたちでもそれっくらいは分かるわよね」
むっとする智恵と真紀。この二人、実はいわゆるご令嬢だ。智恵は大会社の娘――いろいろ事情はあるらしいが――であり、真紀は世界的に有名な財閥の、なんと当主だ。名前を出すと説明がややこしいからはぶくね、ごめん。
「ボンボンって言われるの嫌い」
「私も言われたくありません」
「ごめん。謝る。悪気はないのよ。ほら、根っからの毒舌だし」
自覚してるならすこしは自重してほしい……。
「話を続けましょう。落とし前はつけないといけないでしょ。特に彼岸、あんたはね」
ぐるぐる巻きの男に刃を滑らせる。
ぴぃん ぴぃん
ギターの弦や弓の弦が切れたときのような、そんな音だ。音だけではない。まさに弦のように張られた糸が、普通のカッターによって切られていくのだ。
「どうつけてくれる?あんたはつれてくところがいっぱいあるのよー。そこ全部にあんたの五体をばらしたやつでも送る?大丈夫よ、あたしの刃の切れ味はお墨付き。こんなカッターじゃなくて、大事に使ってる日本刀で切ってあげるわ。綺麗に切れないの嫌いだから、一部分切るたびに、丁寧に脂を落として。気絶なんてさせてあげないから。痛みを感じても失神できないように切ってあげるの。どう?至福のときってこのことを言うんじゃない?あなたは、あなたの相棒と似た形状のもので切られて、」
美智は手を大きく広げた。まるで背中の翼を広げたかのように。
「死ぬの」
そうして、笑った。
次の言葉で、僕らは逃げ出したくなった。
「ああ、ときどき制御きかなくなるときもあるから、あたしがこの人の何かを口にしだしたら止めてよね」
何かを口にするって、それって。
「人を喰うってことですか」
「そゆこと」
小さい頃は、そんなやつじゃあなかった。少しは疑り深いやつだったけれど、人を喰らうなんて、そんなことするやつじゃなかった。まだ幼児体型だが充分に綺麗だったあの美智はどこに行った。ちょっと憎らしいところもあったけれど純粋だった美智はどこへ行った。……なあ、美智。
「冗談よ。喰うわけないでしょこんなまずいの。しかも人の血を吸った肌を?勘弁」
…………冗談でよかった。