それは難い鈍色
嫌な、予感がした。
「出た……」
「まじやめろって……」
「アラン、はっきり言って気持ち悪いから今すぐその顔をやめてくれ」
「はあ?なに言ってんだよ」
ちなみにこの会話、AAA同士での会話である。けして氷の刃は関与していない。
「まあ、あれだ。仲間内でやめようといったことには従ってくれ!オレはお前のその猫なで声がだいっ嫌いなんだ!」
「えー、可愛くない?ほらー、ねっ」
「やめろ……」
漫才かよ。
「ごく真面目な組織内の会話だよ?仲いいでしょー」
心読むなよ。
「だってー、紫苑可愛いんだもん」
可愛いって柄じゃないんだけど。
「それよりさー」
ん?
「ちゃんと声に出して会話しようよ……ねー」
うざっ。
「声に出せったら!」
仕方ない。僕はしぶしぶ口を開く。
「うっざ。(笑)(かっこわらい)」
「(笑)とか、わざわざ口に出すようなもんじゃないだろ!」
じゃあなんだ、こうすればいいのか。
「うっぜ。ww」
「wwとか……以下同文!僕をいじって楽しいとか、なに、あれなの?ドSなの?」
「――紫苑。普通に喋ろうぜ」
「そうだね」
「なんでリルには普通なのさ!」
いいぞー、兄ちゃん!なんて威勢のいい言葉が聞こえてきた。僕らのことを漫才集団か何かだと思っているのだろう、おひねりを投げてくる。
もらえるものはドラッグと借金のかたと死体以外はもらっておけな性分なので、もらう。
「ありがと!」
「あ、ずる!僕もほしい」
「よくしらねーけど、AAAのボスがなにけち臭いこと言ってんだよ……」
再びこの広いバーに笑いが波打つ。本当にさまざまな年代の人がいる。いい雰囲気の場所だ。これからは何もないときにここに来たいなと思う。
「じゃあちゃっちゃと話し終わらせるー。うんとね、僕がしてほしいのは、彼岸を僕らに返すこと。または」
AAA全員が口を揃え、
『村木紫苑を、AAAに引き渡すこと。できないなら、氷の刃を潰す』
臨戦態勢。
予感的中。
「どっちも嫌かなー。つーか、彼岸をさらったのは『三羽の鳥』だぜ?」
「関係ないよ」
関係大ありだ、とRが愚痴る。
「せめて別のところでやりましょうよ。一般人を巻き込むのはよくないわ」
「一般人なんか知らないよ」
知らないじゃ済ませられないでしょう、とぼやく所長。
――。風が起きた。
「やめましょうよ。あなただって裏の人間なんですよね?理由もなく他の世界に干渉するとどうなるかくらい知ってるでしょう」
「……!ほえー、すごいすごい」
いつのまにかアランの後ろを取り、優しげな声で凄むquint。
さすが、だ。きっと僕では、いや絶対、アランの後ろを取ることなどできない。quintだから、quintにしかできないだろう。彼女だからこそ、できる。彼女は強いから。僕なんかより、全てにおいて、ずっと、ずっと。
「んー、でもなー。場所移動するのがめんどくさい。ここでいいや」
細長い光が、きらりと光った。
「みんな、下手に動かないでね。死ぬから」
僕は冷静に、みんなに指示を下した。
彼の使う手は、もう知ってる。
あれにどれだけ悩まされ、いらついてきたことか。
あれで何人が死んで、何人が身体の一部を失ったことか。
僕自身、首を持っていかれそうになったことがある。今思い出すだけでもひやひやする。
「上手くなったんだよー。ねー、ほめてほめて♪」
アランがにっこり笑って両手を前に突き出し、革の手袋に包まれた手を握る。
するり、空気が動いた。
きしり、身体が動かなくなる。
「説明しよう!」
「アランは日本のとある小説にはまり」
「そこに出てきた糸の操り師にあこがれ」
「その術を身につけてしまったのだ!」
自分たちも押さえつけられてしまったというにもかかわらず、AAAの人間たちはのんびりと状況説明をしている。さすが殺し屋の集まりなだけはある。しかし、ネタが古い……。
「ほら。どうする?」
わきゅわきゅと音を立てて手が握られるたびに、糸が身体に食い込む。
どうする、さあ。
一般人がいる前で、何かをするわけにもいかない。
かといって、このままでは全員殺される。そうしかねない男なのだ。アランは。
どうする。どうする。
僕は強く唇を噛んだ。