表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空を染めて  作者: N.T
それは、どんな、何色?
28/47

それは荒れた茶色

 昨日はなんとかいつもどおりに接することができた。と言っても、学校休んだけど。

 先輩との接し方が分からない。つい先日までは普通に接することができたのに。今では『普通』にしていることすらできない。

 こんなに悩むと、最終的にこれは夢なのではないかと思ってしまう。悪夢。あたしを迎え入れてくれた人が、あたしを拒絶していくという、最悪の。しかし、どれだけ頬をつねっても痛いだけで、夢から覚めることはない。当然だ。悪夢(ここ)が現実なのだから。

 仕方ない。悪夢でもいいから、先輩に『普通』に接したい。

 ふと、疑問が浮かぶ。所長が言っていた『飲み込まれる前に、受け入れなさい』。どういう意味なんだろう?

 ひどい咳が聞こえてくる。考え事をしすぎた。あたしは急いで水差しに冷たい水を入れ、リビングに向かった。

「お水持ってきましたっ」

「ああ、サンキュ。そこおいといてくれる」

 身体が弱いんだなとは思っていた。あまり長い間外に出ることはなかったし、みんなも無理をさせないようにと気にかけていた。しかし……

「ほら、隼。水飲め、みず。……まいったな、咳止め飲むか」

 ここまでとは。先ほどから咳が止まらない。森羅先輩が優しく背中をさすり、薬を含ませる。

「ゐつちゃん、背中さすっといてくれるか。俺、ちょっと隼の部屋に行ってくるから」

「はい」

 優しく、優しく、落ち着いてくれることを願って背をさする。ひどい汗だ。脇においてあったタオルで拭う。先輩と目が合った。紗の布に隠されたそれは熱のせいでぼんやりしているようだ。

 先輩が、何かつぶやくように口を動かした。

「先輩?」

 ダメだ、やはり分からない。森羅先輩に聞こう。

「森羅せんぱ」

「……な」

「え?」

「そ……ちに、ぃく………な」

 そっちに、いくな。

「ど、ういうことですか」

「夢を見てるんだろ」

 いきなり後ろから聞こえてくる声。条件反射で肘を叩き込む。が、外れた。

「ぅわっ!落ち着け、落ち着けよゐつちゃん。俺だって」

 よく聞けば、聞きなれてきた声。森羅先輩だった。腰が引けているのはあたしが肘を叩き込もうとしたからだろうか。どうどうと馬を落ち着かせるように扱われたのでむっとすれば、いつものような軽い笑顔で手を合わせ「ごめん」と謝ってくる。

「すごい殺気だな、ぞくぞくした。それで表情が笑顔だったら、ほとんど隼だな」

 すらりと伸びた腕を見せられる。鳥肌が立っていた。

「気迫でいったら隼が圧倒的に勝ってるけど。あいつのは鳥肌すらたたないもんな。逃げなきゃ、必ず殺されるって感じ。でも気分からいくともう捕まってて、アキレス腱切られて逃げられなくなって、恐怖を倍増させるからと目を(えぐ)り取られて――あー。自分で言ってて怖くなってきた」

 聞いてて怖かった。

 森羅先輩が先輩を揺り起こそうとする。

「隼ー、起きたまま夢見んな。目ェ開けたまんま寝てるって、受験直前の徹夜してる学生か」

 ずいぶんつまらないギャグだ。

「先輩っ、起きてください」

 あたしも起こそうと近づく。

 先輩はゆっくりと瞬き、あたしを視界の中に入れて。

 目の色を、恐怖に染めた。

「こなぃで……くるな、嫌だ、いや、っ――」

 まるでむずがる子供のように『いや』と繰り返す。

 落ち着かせようと手を伸ばす。

「何が――」

 嫌なんですか、とは聞けなかった。

 紗の布を剥ぎ取る。

 真正面から先輩を見る、見られる。

「来るな」

 小さな悲鳴をあげたかのように胸が軋む。

 ああ、また拒絶か。

 それに従うことしかできない。

「隼、ちゃんと見ろ。ちゃんと見て。あの子は誰だ。綱手ゐつじゃないのか。お前が仲間だって言ったゐつちゃんじゃないのか」

 森羅先輩が必死になって先輩を起こそうとする。起きられるならあたしも起きたい。こんな悪夢から。

「――っく、う、っ」

 誰が泣いてるんだろう。先輩?いや、目が霞んではいるけれど見える。目が覚めたようにびっくりした顔であたしを見てる。じゃあ、森羅先輩……でもない。同じように、あたしを見てる。

「ゐつ……?どうした。ゲホ、ゴホッ……泣くなよ、困るだろ。おい、ケホッ、どうしたんだって」

 先輩は心底心配そうな顔であたしの涙を拭う。その顔が、あたしには泣きそうに見えた。

 自分が何をしていたか、何を話したか先輩は覚えていないようだ。先輩の陰で、森羅先輩は唇を噛んでいた。まるで、泣きそうな表情で。


 ねえ、本当に泣いてたのは、だれ?



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ