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空を染めて  作者: N.T
それは、どんな、何色?
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それは濁った黒色

「このitは何を指してるか分かるかー。じゃあ、数寄屋橋」

「仮主語のitで、toから後の文を指してまーす」

「正解。じゃあ村木、次の文、訳して」

「『彼女は望みを叶えるためなら、どんなこともいといませんでした』」

「……うまい(やく)だ。もう時間なので、ここで終わり!次からは普通に授業するから、ちゃんと教科書もって来るんだぞ」

「先生もね~」

 女子が茶化す。そこでチャイムが鳴った。今から昼休みだ。

「腹減ったな、飯食おうぜ。あ、今日って確か隼が家事当番だったろ!おかずちょうだい」

 そう言いながらいそいそと僕のお弁当を勝手に出してくる森羅。

「全く、わかってて言うなよ。今日の朝から知ってたくせに」

 僕はいつも、自分が家事当番の日には森羅の分もお弁当を作っている。森羅はいつも購買で何か買って食べていた。朝からお手伝いさんの仕事を増やすようなことをしたくないのだ。しかし、母親などが作ってくれたお弁当というのが羨ましいらしい。それを見ると少しすねたようになる。だから、代わりに僕が作ってくる。お弁当を食べているときの森羅の嬉しそうな顔ときたら、まるでおもちゃを買ってもらった子供のようで。しょうがない、また作ってきてやるかと思ってしまうのだ。

「お弁当の味はいかがでしょうか?この底なし胃袋が」

「おいしい!特にこの、レンコンのはさみ揚げみたいなやつ」

「ああ、これな。フライパンで作れるぞ」

 話している間も、森羅の箸は止まらない。いい食べっぷりだ。見ているこっちがお腹いっぱいになりそうなほど。

「そんなに気に入ったんなら、僕のもやるよ」

 そう言って、僕のお弁当箱に入っていたレンコンのはさみ揚げもどきを森羅にやろうとする、と。

「ダメ。隼、その弁当くらいは食べろ。食べないからいつまでたっても身体が弱いんだ」

 形のいい目でにらまれる。

「分かったよ、食べるから。そうだ、パウンドケーキ作ってきたんだった。クラスのみんなに配るから、森羅女の子に配ってきて」

 森羅の分はあとで、部室でなと囁けば、がぜんやる気を出してご飯を食べだす。食い物につられるやつが僕の周りに多いとよく思うのだが、気のせいだろうか?

「はい、いってきて」

 僕は男子に。一人一人に「これからよろしく」と言いながら配る。アレルギーがあるような人には違ったお菓子も作ってきた。

「これ、村木が作ったのか!?すげーな」

「わ、村木サンキュ」

 別にお礼を言われる筋合いではないのだが、言葉もありがたく受け取る。よく休むとさぼりと思われる場合もあるのを危惧して、まず第一印象を良くしているだけなのだ。そんな自分の魂胆を、誰よりも理解している自分自身が嫌いで仕方がない。自分は真っ黒なのだと、改めて思い知る自分が。

「配った。って、隼?顔色悪いぞ」

 僕のことを心配したのだろう、森羅が僕の背中を軽く叩く。この学校で全てを言えるのは森羅だけだ。人を信頼しないこと。僕が自分で得た教訓だが、森羅は小さな頃からずっと一緒だった。万が一にでも、森羅が僕を裏切ることはない。

「大丈夫。何ともない。ちょっと考えてただけ」

「何を?」

「んー。ゐつと森羅がいるから、ケーキをまるまる型ごと持ってきたんだけど、はたしてどう分配するかについて」

「ウソつけ、そんなことお前が考えるか。どうせまた自己嫌悪とかしてたんだろ」

 僕は低く口笛を吹いてぱらぱら拍手を返した。本当に、勘の鋭いヤツ。

 すると森羅は呆れたような顔で小さく溜息をつく。きっと「またお前は」とか思っているんだろう。

「5時間目って体育だよな。着替えよ」

 話をすりかえる。180度違う方向に。でなければ、僕と森羅の放つ冷たい気で、教室中が暗いムードに陥るかもしれなかったから。

「そうだな、早めに行こ」

 森羅が、ニヒルに笑ってそう言った。


「そういえば、森羅」

「な……に!」

「ゐつから僕の事聞かれなかったか?」

「お前、の、こと?別に、聞かれてない」

「じゃあ、もし聞かれたら答えないで。お得意の話術を使って全力でその話題から遠ざけろ」

「は、あ?意味、わかんね……。つーか!何で、お前、息が上がんねぇんだよ!」

「日頃の訓練の成果?または生来の運動神経のよさ。森羅にあわせて走ってるから、全力じゃないし」

「全力、出せば」

「仕方ないだろ?このところ、つっぱってて。こんなことで全力出して、また開くなんて僕はごめんだからな」

「あっそ……」

「はーい、1着だな、2人とも。数寄屋橋、息あがってるけど運動不足か?」

「隼が、おかしいんですよ……5km走ったのにほとんど息切れてないっていうのが」

 隣で森羅がぜいぜい荒い息を吐くのを見ながら、持ってきたタオルで汗を拭き、森羅の分も渡す。森羅は座り込んで体育館の壁にもたれた。

「お前さ、病気のときはこうやって、荒い息はいて辛そうにしてるのに、運動してるときは違うわけ」

「虚弱体質を治すべく運動してたのに、運動能力だけが高まって虚弱体質が治らなかったから。ホント、自分の身体が一番不思議」

 体を折って小さく笑う。すると、音が聞こえた気がした。

  ピシ

「イッ……!」

「隼?」

 痛みは一瞬。でも、耐え難い痛み。

 森羅が先生を呼ぼうと腰を上げた。手を掴んで引き止める。

「――先生は呼ばなくていい、森羅。ちょっと、痛んだだけだから。もう痛くないし、大丈夫」

「大丈夫そうには見えねえけどな」

「今日は検査の日だから、ついでに診てもらうつもりだったし」

 これは本当だ。

「……そ。なら、いいけど。お前に何かあったら、俺は当分ちさ姉からひどい扱いを受けるんだ、それはイヤだぜ」

「はいはい」

「『はい』は1回だろ」

「はーい」

「はきはき言えよ」

「はいっ」

 わざと女声で。語尾にハートを付けた口調で言ってみれば。

「お前、男としてのプライドはないわけ?フツーの女子でも、今どきそんなこと言わない」

 おいおい、引くなよ。

「冗談だって、本気にすんな」

 そうして僕は、森羅に言ったとおり、部活を休んでかかりつけの病院に向かった。

 ……あんな目にあうなんて思ってもみなかったけど。

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