それは綺麗な赤色
えっと、村木隼です。今回からは新しい事件――それとも話?――に移ります。まだまだ未熟な僕たちですが、精一杯動けるように、また、作者が動かせるように努力していくので、これからも読んでいただけるとありがたいです。
では、どうぞ。
「ゐつちゃん、テストどうだった?結果、返ってきたでしょ」
「……」
「ゐつー。何むくれてるんだよ」
正式にT高校内特設総合問題解決倶楽部――通称探偵倶楽部に入部したあたしは、部活初日から落ち込んでいた。そこに森羅先輩の無情な一言。
「先輩たちは、どうだったんですか」
「質問を質問で返すか、悪いクセだな。はい、ゐつ。強制されたくなかったら答えなさい」
先輩が黒い。がくがくと思い切り頷いた。
「国語は?」
「な、75点」
森羅先輩は頷いている。先輩は、固まっている。
「え、英語は?」
「69点」
「……数学は」
「……え、っとぉ」
駄目だ。言えない。
テスト用紙をそのまま見せた。
大きく、真っ赤な字で、点数が書いてある。
『40』
森羅先輩も、固まった。
「あ、赤点ギリ……」
「ゐつ、これはさすがに、ちさ姉が」
全体的に、とても重苦しい雰囲気。
「せ、先輩たちは!どうだったんですか」
さっき答えてもらえなかった質問を繰り返す。
「俺は順に、90、100、93だな。あ、まだ隼の聞いてなかった」
「僕?僕は……ゐつ、ごめん」
「何で謝るんですか」
先輩は本当に申し訳なさそうな顔をしている。何だ、先輩もそう良くないのか、と思えば。
「僕は、全部100点」
「…………はい?」
全部、100点?何を言っているんだ、この人は。冗談だと思った。
「だから、全部、100点。間違いゼロ」
冗談じゃなかった。森羅先輩はさほど特別なことでもないかのように話を続ける。
「またか~、お前、何の問題なら間違えるわけ」
「そうだな……女性問題?」
しばらくまじめに考えたあとにやりと笑って先輩がいった言葉に、森羅先輩が大笑いした。
「ククッ、そーかもな、ハハハッ!女性、問題」
「森羅、笑いすぎ」
そういう先輩も、森羅先輩を見て笑っている。
2人を見ていたら、なんだかこっちまで可笑しくなってきて。3人でげらげら笑い続けていた。
「ただいま」
「ただいまですっ!」
家に帰ると……ちさ姉さんがにこやかにお茶を飲んでいた。その笑みが怖いと思うのは、気のせいだろうか?
「ちさ姉、お風呂開いてる?今日はちょっと早めに休みたいから、入りたいんだけど」
先輩はその雰囲気を知ってか知らずか、片手でネクタイを緩めながらいつも通り中に入っていく。そんな先輩に、ちさ姉さんから。
「お風呂は沸いてるわ。テスト、どうだった?」
き、来た。
「え?いつも通り」
ちさ姉さんの作り笑いが消える。心配そうな表情になった。
「どうしたの、早めに休むだなんて。具合悪いなら言いなさいよ?」
「大丈夫。ちょっと、んーと、身体が動かしにくいだけ。だから、いつもの出しといて」
「……そう。ならいいけど、辛かったら言いなさいね」
「分かってるって」
苦笑いを浮かべながら、ぽんとあたしの肩に手を置く先輩。
「気をつけろ、悪い点数から見せてけ。僕は、ちさ姉に怒られたくないし、身体痛いからいないけど、頑張れ」
低く囁かれるのは別に構わないが……そんな。
「じゃあ、お風呂入ってくる」
「ゐつは?テスト、どうだったの?」
このあとあたしは、小一時間こっぴどく叱られた。
「あ、ゐつちゃ~ん。隼ったら一つ薬忘れてったから~、持ってって」
食後のことである。頼まれた薬と水差しを載せたお盆を手に、あたしは先輩の部屋へ向かった。
コンコン
「先輩、薬忘れてますよって、陸さんが」
返事がない。
「先輩?もう休んじゃいましたか?」
すると、電子音がして部屋のドアが勝手に開いた。中は真っ暗だ。
ぽつりと明かりが灯った。サイドテーブルのランプだ。先輩の顔がかろうじて分かる。眠そうだ。どうやら休んでいるところを起こしてしまったようだった。
「何……?ごめん、今薬効いてて、ぼんやりしてるんだ」
部屋に入り、先輩にもう一度言う。
「薬を一つ忘れているそうです。これ飲んでください」
ああそうと危なっかしげに上半身を起こす先輩。薬を飲み、また布団の中に戻ろうとする。
「ぁっ!」
「先輩!?」
いきなり背中を弓なりに反らし、先輩は苦痛の表情を浮かべた。みんなを呼んでこようとすると、服の端を掴まれてしまう。
「だい、じょうぶ。何とも、ないから、いつもの、ことだから、みんなは呼ばなくていいよ。……ごめん、ちょっと疲れた。おやすみ」
掴まれていた服が離されるのが分かる。先輩はゆっくり息を整え、目を閉じた。
「おやすみなさい」
あたしは小さくそう言って、部屋から出て行った。
また、拒絶だ。
何も必要ない、というような雰囲気。先輩と人との間に、造られた壁。
敵の間にいたときはそれも当然だと思っていた。しかし今、仲間となったというのにこの拒絶感は。
少し、ほんの少しだけ、胸が軋んだ。
信用されていないのだろうか。……先輩を殺そうとしたのは事実なのだからそれも当然なんだけれど。でも。そんなにあたしは信用できないだろうか。いつになったら信用してもらえるんだろうか。どうしたら信用してもらえるだろうか。そんなことを考えているからいけないのだろうか。
「ゐつ?何考え込んでるの」
「あ……」
お盆を戻し、部屋に戻ろうと思ったときだ。ちさ姉さんが問いかけてきた。先輩は、ちさ姉さんには全幅の信頼を置いているように見える。涼さん、陸さん、森羅先輩にも。逆に言うと、その人たちにしか。
「え、っと――先輩のこと、なんですけど」
「隼のこと、か。座りなさい、長くなりそう」
言われるままにソファに座る。
「で、隼が?」
「何だか、ホントに心を開いてくれてないっていうか、信用してくれてないような感じがするんです」
数秒、ちさ姉さんはびっくりした顔をして。
哀しそうに、笑った。
「それは、仕方ないわね。あれでも前よりは人を信頼するようになったんだから」