笑顔の先に見えるもの
先輩が目を覚まさないらしい。といっても一日しか経っていないけれど。自分は部屋に軟禁されて、先輩のいる病院に行きたくても行けないんだけれど。食事を運びに来てくれた顔も名前も知らない人が教えてくれた。
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
いくらここで謝っても、意味がないとは分かっている。でも、謝らずにはいられない。
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
部屋の扉が開いた。30代には見えない、綺麗な女性。
「ゐつ、あなたの処分を決定するから、来なさい」
所長。
「Do you know where she is?(彼女は、何処に?)」
「Here」
所長につれ出され、入ったのは先輩の部屋。そこには数人の男と、陸さん、涼さん、そして。
「所長、どうしてここに先輩がいるんですか」
「ボスの命令ですもの。仕方ないわ」
まだ目を固く閉じたままの先輩。その脇に座っているのは。
「Hi!ゐつと直接会うのは初めてだよね。オレのこと、知ってる?」
知らないわけがない。
『氷の刃』二代目のボス。リル・ブロウ。年齢20歳。
「ボス直々のご登場ですか?」
「まあね。オレ、隼のこと大好きだから……いや、同性愛者じゃないから。そんな引きつった顔見せないでよ。うっそ、智佐子も!誤解するな、気に入ってるって意味だ」
ぱっと見た感じは普通の外国人だ。少しチャラ過ぎる感じもするが。
「オレのことチャラ過ぎって思ったろ。そんなことないぜ?少なくとも森羅よりはましだから」
「……!」
読まれた。
「じゃ、裁判といこうか。弁護人はゐつ1人だけどね」
「まず答えてもらおうかな。君が隼を狙った理由」
「あたしのこと、知ってて先輩のところに送り込んだんですか」
「質問を質問で返すのは良くない。でも、答えてあげる。知ってたよ。隼も知ってたさ。君は読みやすい子だからさ、初対面のときから見抜いてただろうよ。それでも信じようとしてた隼の努力には、帽子が脱げるね」
何故脱帽といわないのか気になったが、そこはイギリス人だからという根拠のない理由で片付けることにした。
「先輩を狙ったのは、あの女に育てられた恩義があったからです」
「そう。で、君はどうしたいのかな。これから」
「ここにいたいです」
「相当の罰を受けることになる」
「構いません」
本当にそう思っているのだ。どんな罰を受けても構わない。構わないから、ここにいたい。育児放棄を受けていたあたしにとっては、ここが初めての『家族』だから。
「よし。んん?じゃあオレ、罰を決めなきゃいけないのか。めんどくさっ」
なんだ、この軽い男は。
「え、いいんですか。ここにいても」
思わず聞いてしまうほどに。
「いいでしょ。それ相応の罰を受けるんなら」
「は……」
気が抜ける。世界にまたがる組織『氷の刃』は、もっと厳しいところだと思っていたのに。
「じゃあ。減俸半年、見習い資格の剥奪。もう一つ下の研修生からはじめよっか」
所長が眉をひそめる。
「ボス、それはさすがに厳しすぎるんじゃ」
「構いません」
ここにいられるなら、なんだってする。
そう思ったとき。
「僕にも責任はある。僕を罰すればいい。その代わりゐつを見習いのままにしてやれ、Jay。ゐつを遠まわしに抜けさせようったってそうはいかない」
クローゼットの中から、声がした。
先輩の声だ。
でも、先輩はベッドの上にいる。
「……もしかして、このベッドの上に寝てるのって」
ぱちり、目を開けて苦もなく起き上がってくる。顔は間違いなく先輩だ、が、体つきが違う。
「こいつがボス?言っとくけど、俺よりあんたのほうが絶対チャラいから。えー、リル?ジェイ?どっち?」
森羅先輩。
ボスが目を見張る。
クローゼットが開いた。
扉にもたれかかるようにして立っているのは。
「先輩、大丈夫なんですか。そんなとこにいて」
「ゐつ、Jayの言葉を信じすぎたら終わりだぞ。研修生送り=地獄送りとも言われるほど。というか、何かと理不尽なんだ。誰一人として残れた奴なんかいない。墓場送りにされたくはないだろ?」
「オレはLlyrだ、Jayじゃない」
「本名はJayなんだから、いいじゃん」
「良くないし、何病人がそんなとこにいるんだよ!横になっとけ、命令だ。Right now!(いますぐに)」
ボスが取り乱している。
「じゃあ、研修生送りは止めろ。代わりに、僕の特別資格を剥奪して構わないから」
特別資格のことは知っている。優秀なエージェントに与えられる資格だ。どんな内容かは、知らないが。
先輩が、紗の布を外した。ボスに笑いかける。ボスの背中から首に腕を回し、耳元で囁く。
「ね?研修生送りは、止めてくれない?」
まるで男を堕とす淫らな遊女のように。まさに傾城のごとく。
溜息をついて、堕ちたのは。
「やばいやばい、危うく乗せられるところだった。でも――分かった。罰は、ゐつと隼2人とも減俸半年!ったく、オレって本当に隼に甘いな」
「Thank you so much.」
綺麗な発音で、艶やかに先輩が言った。
「じゃあ、これからまたよろしくな、ゐつ」
「いいんですか、先輩、減俸って」
「別に。1回に入ってくる金額が多すぎると思ってたところだ。ちょうどいいよ」
「てか、先輩大丈夫なんですか、身体」
「あと数日安静にしてろって言われたくらいだから、大丈夫だろ」
「「隼ー、布団の中に戻ろ~か」」
「うわ、来た」
先輩が、捕まる前にと部屋に戻る。
これまでと変わらず、これからもこの家があたしの家になった。
「あ、いい忘れてた。ゐつ」
先輩が、2階の吹き抜けから顔を出す。
「なんですか?」
何か、用事だろうか。
予想は外れた。
あたしが昔願った一言。
真っ白な世界の象徴だと思っていた、一言。
「おかえり」