ナイフの切っ先に見えるもの
「っと」
「どーしました?」
違う。この気配は、2人分じゃない。紛れるようにもう1人、いや、2人。全部で4人分だ。
「森羅、怪我ないか?」
「おう、だいじょーぶ。お前こそ、顔色悪りいぞ」
正体不明の足が止まる。殺気が伝わる。僕だけに向けられている、はずだ。
「森羅、ちょっと入り口付近で待ち合わせな。東口に。逃げ切ったら電話する」
「あたしもついて」
「ダメだ。森羅を守れ。僕らエージェントに任せられた仕事の一つだ、quint」
目隠しでは見えないが、悔しそうな顔をしているに違いない。多分。こういうときに暗号名を使うのはずるいと、分かっていたが、使う方が楽だった。
低く、静かに僕は言う。
「行け」
*****
「隼は逃げなれてるから。心配することない」
森羅先輩は楽そうにコーラを飲む。今あたし達がいるのはファミレス。ご飯を食べて待とうという話になったのだ。
「でも、先輩、目が見えてないのに」
「見えてないと思うか?」
問う声に肯定すると。
「それじゃ、まだまだだぜ?ゐつちゃん。あいつは、そんな程度で倒されるやつじゃない。ハンデつけても30人は普通に倒すぜ」
「え、強いとは思ってましたけど、そこまでなんですか」
「ああ、そういや、ゐつちゃんは57人だっけ?隼が分析したところによると」
「その微妙な数字、なんですか」
「何かしらのハンデをつけて戦わせたら、何人倒せるかっていう話をしてたんだ。それで、隼が弾き出した数字」
どんな話をしていたんだ。
「隼って元々理系でさ。何でも頭ん中で計算する癖があるんだな。身体動かすときも、いかに無駄な動きを減らし、かつ計算的に見えないかを常に計算してるって言ってた。病気のとき意外はな」
「そういえば先輩って身体弱いですよね。虚弱体質だって」
「俺が出会ったときからずっとそうだったぜ。1ヵ月に1回は絶対寝込んでた。怪我してた。イギリス留学してたときもそうだったんじゃねえか?」
「イギリス留学してたんですか、先輩。あ、本部はイギリスにありますしね」
「それ。で、大学まで終わってから帰ってきた。すっげー変わったけどな。今の隼になれるのに、俺ずいぶんかかった」
「え」
つまり、前は先輩はこうではなかったということか。
「前の隼は――」
*****
「あんたたち、一体何?えー、あー!」
リーダーであるらしい人間のところまで跳躍し、耳元で囁いた。
「そっちから来てくれるとは、嬉しいなあ。まだ僕に御執心なの?」
ブラックジャック。
「危ないな。こんな玩具は、殺せる相手に使いなよ」
人気のない路地に誘い込むと、数は15人にまで増え、凶器もどんどん物騒になっていた。倒したのは10人。あと3分の1。
「さーて、仕事だ。君をシメたら、吐いてくれる?君たちの望み」
4人、一気に片付ける。最後のヤツが僕に殴りかかる。よけきれずに右頬に鈍い痛みが広がった。
「さあ、答えてくれる?殴られちゃったもんだから、ちょっと僕イラついてるんだ。痛い思いしたくなかったら早く吐きな」
「話します!話しますから!」
ありがとうの意味を込め、優しく笑ってやる。
「今日の仕事減ったわ。ありがと。じゃ、答えて?」
「美佳です。貴方が前に振った、女の名前なんですが」
「んー?振ってる女なんていっぱいいるからな」
「え、えっと、30代後半の、泣きぼくろがある、3ヶ月前に貴方が振った女です」
「ああ、あのやけに淫乱な女性か。で?自棄になって僕らの組織に手を出そうとしたの?」
「は、はぃ」
そうか。あの女か。僕への逆恨みから組織に手を出すとは、何も考えていなかったらしい。
「いいこと教えてやるよ。あの女から手を引け。明日くらいに崩れるぞ」
あの厚い化粧と共にな、と僕は吐き捨て、路地から消えた。
「おい、森羅、ゐつ。お前らファミレスでどんだけ食ってんだよ」
「おい、隼。その頬、どうしたんだよ」
「え、先輩。殴られたんですか」
3人の台詞がかぶった。
「かえろ。僕疲れた。所長に報告することもあるし。明日は仕事になるし、早く休むことになるから」
「へえ、仕事片付きそう?」
「ああ」
「仕事ですか!」
「quintにも出てもらうよ。これは組織にかかわるから。徹底的に潰しとかないと」
僕は小さくガッツポーズを作った。ゐつに何か仕事を与えなければと思っていた、ちょうどその頃にでかい仕事だ。僕は何て運がいい(?)んだろう。
「うわー、隼が黒い」
「わあ、先輩が黒い」
「そこ!聞こえてるぞ!」
仕事は仕事。僕は割り切って仕事が出来る方だ。ゐつもそうなのかどうか。それを見極めなければいけない。仕事というものの奥へ奥へ進むたびに、こうも気苦労が増えていくのははっきり言って嫌だ。でも、これもなかなか。
「うん、楽しくなりそうだ」