靄の中に見えるもの
「あの、先生」
「ん?誰だ?」
「あ、2年の村木紫苑といいます」
先輩が目的に話しかけている。可愛い。普通の女の子など比ではないくらい可愛い。
「……森羅先輩」
「ん?」
「先輩って何であんなにかっこいいし、可愛いんですか?」
口の端を吊り上げて、森羅先輩は笑った。
「そりゃあ、女心ってのが分かってるからな。それに……っと」
不自然に言葉を切った。それを誤魔化すように先輩を見やる。
「紫苑、今日で仕留めるつもりだ。準備するぞ」
紫苑。
先輩の暗号名。
「仕留めるって言うのは?」
「襲われるフリをするってこと。それで現行犯にでもなれば、あとは簡単だからな」
我が先輩ながら。
「なんか、ずるくないですか?だって先輩が誘惑したって言われたら、おしまいじゃ」
「あー、それは大丈夫。今からあいつが誘い込む部屋に隠しカメラを置くだろ?で、生放送」
「?どこで」
「まあまあ、後で分かるって」
*****
「先生。私、そろそろ帰らないと」
「いいから。ちゃんとマネージャーの仕事説明しなきゃ」
「いえ、今日は用事があるんです……」
「少し話そう。どこなら落ち着くかな?」
「え、あ……そ、相談室を……」
「じゃ、そこで」
紫苑は連れて行かれた。半ば強制である。
「よし。村木さんだっけ?まずちゃちゃっとやること説明する。まずは」
手取り足取り教えるフリをして腰やら太ももやらを触ってくる。動きが無駄にいやらしい。
(こいつ、変装解いたらぶん殴ってやる……絶対だ、絶対)
心の中でそう思っているが、表情に出してしまえば水の泡だ。
「せ、先生っ!やめて……!」
「ほら、固くならないで」
「ちょっ、嫌」
組み伏せられる。そろそろばれるだろう。
そろそろ、バラしてやる時期だ。
声音を変える。か細い女の声から、艶やかな女郎の声に。
「あー、ちゃんと放送できてた?S」
スピーカーから、声が流れてきた。女の声だ。
『ええ、ちゃんと』
「村木」
「センセ?分かっていらっしゃらないようね?」
『あら、先生ったら。バカなのかしら?』
紫苑――隼と、S――森羅の女声があざ笑う。
そのころ、学校全体では。
「え、あれ石山?」
「女の子がいるぞ」
どの教室にもテレビが付いている。体育館はスクリーン。そこに、石山と紫苑が写っていた。
「貴方って、本当に体使うしか能がない人。これはね、映像になって学校中に流れてるわ。あと……PTA。どうなるかしらねえ?」
クスリ。紫苑は哂う。
「偽りの劇。その跡から見つけたのは下らないことだけど。貴方をおとすには十分よね」
耳元で、甘く囁いた。人を翻弄する、その声で。
「ごめん、先生。僕は村木 隼。T高校内特設総合問題解決倶楽部――通称探偵倶楽部の部長です。ご存知でしょう?貴方を、この高校を汚す者として、校長ならび警察に報告しました。お分かりですね?」
扉から現れたのは、森羅、ゐつ、そして。厳しい顔の制裁者だった。