臨むからこそ見えるもの
夢だ。夢だ。夢でないはずがない。
「隼、おいで!」
「どうした、隼」
夢なんだ。ならば、醒めなければならない夢だ。でも、そこから動けない。
「ほら、こっち」
「隼、置いていくぞ~?」
この二人がいるわけない。それは分かってる。それでも。ここは。
「――、逃げよう!ここは危ない」
二人の名前を呼んで。手を引こうとすると。
「隼!」
目の前が、真っ赤に染まる。
「隼、……逃げろ――」
「逃げなさい!」
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!
「――ぁっ!」
自分の手が見えた。強く握りすぎて関節が白く浮き出ている。いつものこと。でも、今回は一つだけ違った。虚空を掴んでいるはずの手。その手に、小さな手が捕まっている。僕の細く筋張った手に、柔らかくて滑らかな手。
「先輩っ、大丈夫ですか!」
ゐつの、心配そうな顔が見えた。
「あ……」
ごめん、と手を離そうとすると。
「ツッ!」
「先輩?」
背中が痛む。
「……大丈夫、なんでもない」
手を引き、姿勢を直す。ゐつにはまだ知られなくていい。
「先輩、水飲みますか?すごい汗ですよ」
ゐつが水を注ごうとする手を止め、自分で注ぐ。
「ありがと、……今何時か分かる?」
夜の7時なのは、わかっていた。とりあえず聞いてみただけだ。
「夜の7時くらいです。ご飯持ってきたんですけど。食べますか?」
疑っているわけではない。僕の疑り深い性質が悪い。そんな性質がにくい。でも。
「いい、いらない、明日になったら食べる」
僕はまだ、ゐつを信じていない。ゐつは僕を信じているのだろうに。食事に何かを混ぜるようなこと、しないと頭では分かっているのに。
「ありがとな、メガネ、取ってくれる?」
取ってくれたメガネを、かけるわけでもなく脇に置く。もともとかけるつもりではなかったから、それでいいのだが。
紗の布を結びなおす。緩んでいると危ない。
「先輩、聞いていいですか」
「何?」
「その布って」
大体聞かれる。
「僕、目が弱いんだ。光に弱くて、いつもなんかに遮られてないときつい」
ははは、と乾いた声で笑う。
「ご、ごめんなさい、嫌なこと聞きましたか」
「いや、別に?僕も聞きたいんだけど」
あの女生徒が気になる。どうなっただろうか。あの先生だから大丈夫だとは思うが。珍しく素直にそう告げると、少し困った顔で笑っていった。
「森羅先輩がすごいこと言っちゃいましたけど、まあまあですかね。気の弱い女の子相手に――なんでもかんでも」
ぎり
本当に音がした。手を強く握って……
「なんで、手袋はめてるんだ?左手に」