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空を染めて  作者: N.T
見えるもの
12/47

手を伸ばした先に見えるもの

「……どーゆーこと?」

 無表情だ。本当に分からない、そんな顔だ。

「森羅先輩も、傷つきましたよね。たぶんですけど。だから、どうやって立ち直ったのかな……って」

 もしかして、聞いてはいけない質問だっただろうか。あわてて謝ろうとすると、森羅先輩は。

「ふっ、はははっ!俺のことかー。そんなの聞かれたことなかったから、ちょっとびっくりした。大抵のヤツは後悔したような声ですぐ謝るのに、くくっ、そーか、俺のこと」

 腹を抱えて大笑いしだした。ひいひい苦しそうに息をしながら、なおも笑い転げる。

「だ、大丈夫ですか!?ヒステリーですか?それとも」

 大丈夫と手で示した森羅先輩は、息を整えるとやわらかく笑って遠くを見た。その顔に狂気の表情はない。むしろ懐かしくて嬉しそうな、そんな顔だ。

「そりゃ、俺も落ち込んだよ。犯人は捕まったけど、そいつを殺してやりたいと思うくらい憎んだ。荒れて、守ってくれた隼にもキツイ言葉ばっかかけてさ。『俺の気持ちなんか分からないくせに』とか、『何で俺を気絶させた。あのまま俺も狂った方が良かったのに』とか」

 でもさ。と森羅先輩。

「あんなにひどいことばっか言ったのに、隼は毎日俺に話しかけてくれたんだ。1回、俺が『お前なんかと出会わなきゃ良かった』なんて言ったときも、そんときは帰ったけど、次の日にはまた俺に笑いかけて『おはよ』とか言うんだぜ?医者から寝てろって言われてても俺に会いに来て、ついには倒れるまで。死にかけたらしい。さすがに親父に怒られた。隼、母さんを治してくれそうな医者も探してたみたいで、クリニックの推薦状を十数枚見せられたよ」

 両手の指先を合わせる森羅先輩。

「先輩が……」

「そう。んで、謝りに行ったら隼の第一声が『森羅、元気か?』だ。自分が生死の淵さまよったすぐあとに、いえる言葉じゃねえ。それが暗いとこにいる俺を、引っ張った。暗い中で、隼だけがはっきり見えた。笑って俺を助けてくれるんだ、いつも」

 馬鹿らしいけど。

 しばらくの沈黙が流れた。舌を出して沈黙を破る彼。

「なんてな。俺がこの話をしたのは隼には黙っててくれよ?俺がカッコ悪りいし」

 手のひらも合わせてあたしにお願いと頼み込む。彼の心情は、あたしに分かるほど簡単ではないはずだ。きっとずっと複雑で、本当を言えば泣きたいのかもしれない。でも、目の前の森羅先輩は笑っている。

「分かりました!言いませんよう。あ、帰りに先輩のお見舞いに来ませんか?あたし、まだ先輩のお世話してないんです。森羅先輩が一緒なら許してくれるかも」

 そういうあたしだって。


「隼、気分どうだ?ほら、ゼリー買ってきた」

「サンキュ……」

「隼ったらさ~、薬以外何も食べてないんだよね~。ど~もありがと、森羅」

 薬は空の胃には逆に悪いのではなかっただろうか?

「え、陸さん、薬剤師……でしたよね?確か薬って」

「化学的なものの場合はそうだね。俺の専門は漢方。悪くないとは言えないんだけど、この際薬飲めるなら飲ましとかないと」

 どこからかスプーンを取り出して、先輩の前の可動式テーブルに置く。ゆっくり先輩が起きるのを介抱して、陸さんは先輩のすぐ隣に座った。

「さ、食べろ」

 先輩は慌てずに着物の襟を直し、スプーンで小さくゼリーをすくった。

「あ、これ『明朗堂』の紅茶ゼリーじゃん」

 そろそろと口の中にいれる。嬉しそうに笑った。その様子を見て森羅先輩が笑って言った。

「お前、これ好きだろ。食べれるだろうと思ってな」

 他愛もない話をしながらすこしづつ食べていく先輩。

 半分くらいまできた。

「……」

 スプーンが止まった。小さなカップに入っている分など、そう多くはないのに。

「まだ半分残ってるよね~、隼。まさか食べられないとか言うなよ」

「食べられないなら残してもいいんだぜ?」

「森羅、甘やかすのは良くない」

 小さくまたすくう。でも、口に運ばない。

「先輩?」

「陸、頼む、……」

「だめだ、」

 スプーンがくるりと回った。先輩がテーブルに肘を突く。

 森羅先輩が先輩の頬に手を当てた。

「まだ熱いじゃん、無理はだめなんじゃねぇの」

「いいよ、森羅。食べるから」

 今までの食べ方とは打って変わって、一気に口の中にいれる。よく噛んで、飲み込んだ。

「ご馳走様でした」

「よし、身体拭いておこ~。拭いたらまた寝てろよ~」

「あ、お手伝い」

「よし、行こーか」

 森羅先輩があたしを引っ張って部屋から連れ出した。

「森羅先輩」

「何だ?」

 引っ張り出したのは当然だというようにけろりとして聞いてくる。

「男の人って裸を見られたくないんですか?」

「いや、人によると思うけど……あいつは好きな方じゃないと思う。だから連れ出したんだけど」

 ちょっと不思議だった。まだ数日しか過ごしていないが、そんなことを気にするような人ではないはずだ。

「ま、他人(ひと)に言えないことも時にはあるさ。……あーっ!やべ、今日予定あったんだ、ごめん、俺帰るわ」

 次には消えていた。

 思わずつぶやく。

「速……」

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