暗いときでも見えるもの
「……いってきます」
1人の登校。
「あ、ゐつちゃ~ん。伝言」
「?誰からですか?」
「ゐつちゃんの教育係から」
つまり、先輩ということだ。
「え~っと、『僕はいけないから森羅と行け。quintができる範囲で調査して来て』だって」
「え……」
「分かった~?」
「はい、涼さん……?」
一瞬眉をひそめると彼は。
「俺は陸だよ~。まあ、似てるから間違うよね」
へらと笑った。
「あ、ご、ごめんなさい」
いいよ、と陸は手を振って。
「いってらっしゃい」
心を読まれていたらしい。びっくりしたが、うれしかった。
「そ~そ~、そのほうがいいって。ゐつちゃんは笑顔が似合うよ~」
「ごめんなさい、この話するのは辛いと思うんですけど」
「いいです……先生のおかげで結構楽になりましたから」
女生徒は笑ってそう言った。昨日の事が嘘のように落ち着いている。隣にはその先生。
「へえ、隼はまた寝込んだの。つい一ヶ月前でしょ、前寝込んだのは」
ゐつは知らない。どうすることもできずにただ黙って聞き流した。それを責めることなく先生は先を促す。
「それで……」
「ゐつちゃんが言ってると日が暮れても終わらないね。俺がやる。君はなんで、あのセンコーにヤられたか、理由分かる?」
あたしが言えなかったことを、部屋の隅で聞いていた森羅先輩はさらりと言ってのけた。
「それは」
酷い質問だと思う。酷い。
「ふ~ん、俺は分かった。君がそんな風になかなか口に出せない性格だと知ったから、あのセンコーが狙ったんだな。気弱な女の子は黙り込むことの方が多いし。どうせ君も最初は黙り込もうとか思ったんだろう?」
「!そんなこと」
「ないって言える?それは本当?本当を見たいなら、そのことに真正面から向き合わなきゃ。君は、それを怠ってる」
森羅先輩は、女生徒に言葉を畳み掛ける。確かに正論だ。確かに、それは正しい。
でも。
「森羅先輩、言いすぎだと思います」
「ゐつちゃんは黙ってろ」
「黙りません。この人は被害者です。そんな人に酷い言葉ばっかり投げかけて、それで森羅先輩は悪いとか思わないんですか?一番辛いのはこの人ですよ?女でもない森羅先輩には分からないんでしょうけど――」
「分かるから言ってるんだ。ゐつちゃんこそ、俺のことなんて何も知らないくせにずけずけものを言うな」
黙った。黙るしかない。あたしは森羅先輩のことを知らない。森羅先輩はきっとあたしのことを分かっているのだろう。その差は、小さいようで大きい。どうしようもない。
「で、どうなの?」
「……そう、かもしれない」
「決定。まあ分かっちゃいたけど、気の弱い女の子に重点的に話を聞いてくか」
森羅先輩はふうとため息をついてそう言った。あたしは、何もしていない。
「あのっ、森羅先輩、ごめんなさい」
「なんで?」
「だって、あたし森羅先輩の何にも知らないのに、酷いこと言っちゃったみたいで」
きょとん、と音が聞こえそうなほどの顔。
「ああ、あのことね。別に、俺も悪りいこといった」
そう言うと森羅先輩は息をつき、ゐつの正面に向き直り。
「俺の母さんさ、レイプされて気ィ狂ったんだよね。だから、分かるつもり。しかもそれ、俺の目の前でヤられたからさ。『見るな』って隼が俺を気絶させなかったら、俺も狂ってたかもな」
笑っている。ペットボトルのお茶に口を付け、吹かない程度に笑っている。
「母さんの治療もこのごろうまくいってるみたい」
「でも、森羅先輩はどうやって立ち直ったんですか?」
聞いてみた。森羅先輩の表情が、固まった。