第8話 高校一年生 冬1 reika
玲香 reika
「ついに、竹丸が討伐された」
「そんなこと、あり得るんですね」
私たちが蠱毒を開催しはじめたのは、秋風薫る季節。
すっかり季節は冬になり、この間、幾人もの新人たちが、竹丸さんにわからせられて、この店を去っていった。
私はもう、竹丸さんが神なんだと思いはじめていた。
とはいえ、新人さんのおかげで、その日はゆいちゃんとゲームができる。
私はもはや、蠱毒の生み出す結果に、興味を失っていたところだった。
「どんなやつだと思う? 三上さん、会ったことないでしょう。まだ竹丸としか組ませてないから」
シフト表の「竹丸」と並ぶ「中野」という名前に目をやる。
「パワハラ系かな。マッチョじゃないですか? 心身ともに。正論でわからせる系の」
私の答えを聞いて、店長はにやついていた。
「おもしろいから、実物を見てもらうまで黙っておこうかな」
「いいですね」
私は即答した。
確かにそのほうがおもしろい。
「まずは、俺が様子見るわ。俺もどうせすぐいなくなると思って、あんまり絡んだことないんだよ。ていうか、竹丸が飛んだせいで、俺がシフト埋めるんだけどね」
「え? 竹丸さん飛んじゃったんですか?」
私は衝撃を受けた。
竹丸さんは私ほどではないにしろ、このお店も長いし、突然シフトをぶっちして飛ぶような人だとは、思っていなかった。
どんな人なんだ、この「中野」というやつ。
私はシフト表をひと睨みしてから、店長に声をかける。
「大丈夫なんですか、店長。最強の毒を持つ動物ですよ?」
店長まで飛んだら、おおごとだと思った。
しかし、店長は自信満々に笑い飛ばしてきた。
「舐めるなよ。俺は『貧困』という究極の毒に冒された男だ。雑魚に負けるわけがねえ」
「え、かっこよ」
「氷河期世代を舐めるなよ。あれこそ蠱毒だ。勝ち抜けた俺はまさに御神体だ」
「うお、かーっこよ」
「こっちは生活かかってんだ。別れた嫁と息子の生活もな」
「超、かっこよ」
その日の店長は、いつものくたびれたおじさんではなく、徹底的にイケメンだった。
◇
はじめて「中野」とシフトを組む日。
出勤した私は、ロッカーから制服を取り出し、そいつが来るのを待った。
どんな屈強な男がやってくるのかと、期待に胸を膨らませる。
現れたのは、女子高生だった。
私より、ひと回りほど大きな背丈。
長く伸ばしたサラサラの髪は、茶色く染められている。
耳にはピアスが光る。
顔なんて、バチバチに化粧をしている。
このお店はオーナーさんの意向で、茶髪もピアスも禁止されているのだが、お構いなしみたいだ。
女子力という名の圧を感じ、私は呆気にとられた。
事務所の防犯カメラの映像を、立ったままぼんやりと眺めていた私に、女は目もくれずに、気だるそうにロッカーを開け、制服を羽織る。
こちらから声をかけ、雑談を申し込もうと考えたとき、彼女は私の制服の胸元につけられた「みかみ」というネームプレートに目をやり、にこりと微笑んでみせた。
「三上先輩ですか? 中野です」
自分のネームプレートを見せながら、中野さんは言う。
軽く会釈を返すと、彼女はさらに続ける。
「店長から、いろいろ聞いちゃいましたよう。あのおじさん、きもくないですか? 鳥肌止まらなくて、鳥になるかと思っちゃいました」
さすがは蠱毒の勝利者だ。
いきなり毒をばらまく。
公然と。
公共の場で。
望まれてもいないのに自ら。
そうでなくっちゃ。
「鳥になって羽ばたいたのは、竹丸さんだったみたいだけどね」
中野さんはぷっと笑って応じる。
「うける。飛んだおじさんですよね? あのヒス持ちの。昨日、早速、駅前の店でバイトしてましたよ」
「なんで知ってるの?」
驚いて訊ねる私に、中野さんは半笑いで答える。
「店長から聞いて、見に行っちゃいました。挨拶したら、ガン無視されましたけどね」
「でしょうねえ」
「いい歳した男のくせに、けつの穴小せえなあって思いましたわ」
この女に勝てる毒を持った動物がいるとしたら、たぶん、そいつは自分の毒で死ぬやつだ。
つまり、この女はなるべくしてなった、勝利を約束された存在なんだ。
呼び出し音が鳴り響く。
「あのパートのおばさん。いつもピーピーうるさくないですか? 時間くらい見りゃわかるっての」
全方位に敵がいるんだ。
凄まじい世界観で生きてるな。
若くして。
戦国時代でも、もっと味方いるでしょ。
「行くよ。これから戦だ」
「おもろいっすね、先輩」
私は中野さんを伴って、店内に躍り出る。
「いらっしゃいませー」
この女は、「いらっしゃいませ」すら言わなかった。
◇
バイト終わり。
制服を脱ぎ、私はいつものように雑談に興じる。
私はロッカーにもたれかかり、在庫の段ボールの上に堂々と座っている中野さんを見下ろしながら、立ったまま話をする。
聞けば、同じ高校一年生らしい。
中学生の頃、私が行きたかった私立の高校に通っているそう。
あの高校は制服がかわいくて、自分もあれを着て女子高生をやってみたいと思ったものだ。
なんだか、最強になれるような気がしていたから。
その最強の存在が、中野さんってわけだ。
「ところで、なんで、すっぴんなんすか?」
「あ、理由って必要なんだ」
思わず漏らした言葉に、中野さんは、けらけらと笑った。
「まあ、かわいいからいいっすけど。ブスだったらどうしようかと思いました」
その場合、どうなるんだろう、と私は思った。
私が中野さんの毒にやられる番になるのかな。
「先輩って、彼氏いないんすか?」
「いない前提の質問なんだ。まあ、いないけどね」
中野さんの顔がほころぶ。
おもしろい生き物を見つけたみたいな顔だ。
「欲しくないんすか?」
「いらないかなあ。欲しいと思ったことがないし」
男女問わず、あんまり近寄ってこられるのは得意じゃない。
彼氏がいそうな中野さんに、そこまで言うべきではないかなと思って、それは言わないでおいた。
「スカしてますねえ。感じわる」
意味のない配慮だったみたいだ。
「中野さんは彼氏いるの?」
興味ないけど、気分を害させて悪いので、話してもらうことにした。
「いますよ。もう三年くらい付き合ってますわ」
「へー。イケメン?」
中野さんはうれしそうに、笑いながら答える。
「なんすか、その質問。イケメンですけども」
「いいね」
げはげはと、中野さんは下品に笑った。
配送のお兄さんが、商品を積んだ台車を押して、バックルームに入ってきた。
深夜勤務のお兄さんも、慌てた様子で飛び込んでくる。
「邪魔になるから出ようか」
雑談タイムの終わりを示していた。
バックルームを出て、お客さんのいない店内を歩き、深夜バイトのお兄さんに「おつかれさまでした」と、ひと声かけてから、お店の外に出る。
私は帰ろうと、お店の脇の自転車置き場へと向かう。
お店から漏れる明かりと、お月様の光だけが、照明のない自転車置き場をかすかに照らしていた。
中学の頃から乗っている、錆びついた自転車に近寄り、ポケットから鍵を取り出す。
鍵を開けると、がちゃんという音がする。
「え、まさか帰ろうとしてんすか?」
後ろを振り返ると、中野さんが信じられないという顔で立っていた。
「あれ? とっくに帰ったかと思った」
「ずっといっしょに歩いてましたけど」
どこかの時点で、中野さんの存在は、私の頭の中から消えていたようだった。




