第5話 高校一年生 夏休み2 reika
玲香 reika
いつものように、私は10分前にはバイト先にやってくる。
ロッカーから取り出した制服を羽織りながら、これから夕方のシフトをいっしょに埋める店長と雑談する。
「なんか機嫌良さそうじゃん。はじめて見たわ。三上さんがそんな顔してるの」
「そうですか。最近、昼間ずっと店長がおすすめしてくれたゲームやってるんですよ。ついさっきまでやってて、慌ててログアウトして走ってきました」
その余韻が顔に出てたのかな。
「へー。廃人にならないように気をつけてね。俺はあれのせいで、大学中退したようなもんだから」
「やば。夏休みだけにしときます」
中退なんてなったら、せっかく高校に入った意味がなくなってしまう。
入学や、高校生活を維持するために、稼いだお金も無駄になる。
それだけは許されないのだ。
「レベルいくつ? なにやってんの?」
「20もいってないですね。毎日、ネカマのおじさんと、わあきゃあ言いながら、ふたりで遊んでます」
「うっは。いいね」
店長は、にやにやしながら、私を見ている。
私も思わず、ゆいおじさんを思い出して、にやけてしまう。
「かわいいんですよね。ネカマのおじさんって」
「わかるわあ」
心の奥底から搾り出すように、店長はうなる。
やがて、高らかに宣言する。
「ネカマのかわいさは異常」
私も頷いて、そのかわいさについて、解説してみせる。
「あざとさと清楚さが、奇妙に両立してて、いい意味できもい」
店長は仕事用のタブレットを、机の上に投げ捨てながら、笑い転げていた。
「あの人、平日は毎日インするから、リアルではたぶん無職なのかも。だけど、夜はインできないって言ってたから、夜勤かな。あるいは、定年退職して、暇を持て余した独身貴族かも。ラグってないから、海外住みではないと思うんだけど」
時間が合うから、都合のいいフレンドではある。
私は、ゆいおじさんの正体を考察して聞かせた。
「ネカマは貴族の遊びよ」
店長は真顔になって、短く応じる。
「じゃあ、独身貴族かあ」
「仕事引退したら、やりたいことのひとつだったのかもね。うらやましい限りだわ」
店長は机の上のタブレットを拾い上げて、仕事の姿勢に戻る。
こっちを見ずに、商品の発注でもしながら続ける。
「リアルなんて、詮索してもつまらんよ。せっかくの夢が壊れる」
私が演じるレイ様のリアルも、詮索されたって、しょうもない話にしかならない。
「確かに。もう考えるのやめとこ」
「三上さんは、どういうキャラでやってんの?」
「え」
「ネカマのおっさんの話は饒舌なのに、自分はひみつかよ」
店長がタブレットを充電スタンドに置きながら指摘してくる。
私はしばし、考えてから口を開く。
「以前、店長が、夜な夜な女子高生やってるって、打ち明けてくれたから、特別に教えてあげます。誰にも言わないでくださいね」
「はやく。夕勤のシフトはじまる」
私は饒舌に、悲しみを知る地下世界の王、長身のイケメンエルフ。
レイ様の設定を話して聞かせた。
「ぶっは。いい黒歴史農家やってんねえ」
「馬鹿にしてます?」
呼び出し音が鳴り響いた。
パートのおばちゃんが怒って鳴らしたものと、防犯カメラの映像を見るまでもなく察知する。
始業時間を過ぎているのは、体感でわかった。
「いらっしゃいませー」
「はぅんいらっしゃいませー」
私たちは、慌てて店内に躍り出た。
◇
土曜日の朝。
目が覚めた私は、今日が土曜日であることを、残念に思う自分に気がついた。
「ゆいちゃん、いないのかあ」
ゆいちゃんは平日の昼間しか、ゲームにログインできないらしい。
私は毎日だってログインできるのにと思うと、歯痒い気持ちだった。
あのおじさんにも、きっと大事にしているリアルの生活があるのだ。
ゆいちゃんの存在は、確実に私の人生に侵食しはじめていた。
私には、いっしょに遊べるリアルの友だちがいない。
学校などでも、暇そうな人間がいれば声をかけ、無限に雑談はするけれど、友だちかと言えばそうでもない。
そうでもない付き合いの人が、たくさんいるだけ。
誰の連絡先も知らないし、知りたいとも思わない。
人見知りしないくせに、人と仲良くなるということが、なぜか私にはできないみたいだ。
仲良くなりたそうな気配を出してこられると、落ち着かなくなって、無意識に遠ざけようとして、ぎくしゃくしてしまったりもする。
だいたい、そこで疎遠になる。
せっかく仲良くなろうとしてくれた人に、嫌な思いをさせるのは本意ではないから、最初から、ある程度の距離感を保ち続けておいたほうがいいなと、中学生のときに、私は学んだ。
中学を卒業して、大人にまみれて過ごすようになったら、大人との関係は、だいたいそんな感じだから、とても居心地がよく感じたのを覚えている。
同世代の子どもたちと違って、親密になろうとは最初から思っていない距離感で接するのが、大人の仕草みたいだから。
ゆいちゃんとの関係は、未知の領域だった。
肉体を伴わない電子の世界での出来事だからか、距離感がバグってしまう。
短い文字だけのやりとりしかできないせいもある。
率直に伝え合うしかないから、気づかないうちに親密感が出てしまっている。
まったく悪い気はしないし、ただの本心の羅列ではある。
冷静に、画面の中のレイ様とゆいちゃんの絡みを俯瞰すると、「こんなことリアルじゃできねえよ」感がすごい。
それなのに、私はその瞬間、レイ様とシンクロしていたりする。
レイ様の目を通して、ゆいちゃんを見つめている。
「かわいい」
語彙を失った私は、いつもそうやって画面に向かってつぶやくのだった。
ゆいちゃんのことを思い出したら、自然と顔がほころんでくる。
まだその魅力をうまく言葉にできない。
「ゆいちゃんに似合いそうな装備でも、作っていようかな」
土曜日の昼。
私はうきうきしながら、ゆいちゃんのいないゲーム世界にログインした。




