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第4話 高校一年生 夏休み1 reika

  玲香 reika


 砂地で覆われた、だだっ広い荒野の中に私はいた。

 正確には、私の分身がいた。

 いつものように、レベル上げに勤しもうと、お気に入りの岩山の上を登っていくと、誰かが魔物と戦っていた。


「ここでレベリングしてる人間、はじめて見た」


 私は思わず、画面に向かって声を発する。

 このゲームは過疎化が酷い。

 特に平日の昼間ともなると、まともに動いているプレイヤーをほぼ見かけない。


『え? 業者?』

『ちがいます』


 今のところ、これが唯一、私がこの世界の人間と交わしたチャットだ。

 ちなみに信じてもらえなかった。

 どうやら、レベルの低いキャラクターは、RMT業者だと思われる風潮にあるらしい。

 あまりに古いゲームのため、新規プレイヤーなど望めず、レベルなんてとっくの昔にカンストしたプレイヤーばかりいるせいなのだろう。


 低レベル帯を脱出して、早く人のいるエリアに足を運べるようにならないと、オフゲーと同じだ。

 店長の言うように、ゲームの内容そのものも、おもしろいことはおもしろいんだけど、人と交流しないなら、このゲームである必要性がなかった。


 だから、まともな人間、しかも自分と同じエリアでレベリングしている人間に出会えたことは、奇跡みたいに感じられた。


 黒髪ロングのヒューマン女性のアバター。

 職業は戦士かな。

 名前はyuichangdeath。

 ユイチャングデスってどういう意味だ。

 死を司る、神話の神様とかかな。


「あ、死にそう。助けてやるか」


 悲しみを知る、地下世界の王。

 長身のイケメンエルフsadnessray。


「すなわち、このサッドネスレイ様がな」


 レイ様の回復魔法ヒールが炸裂する。

 死にかけのユイチャングデスの体力が回復する。


「あ、こっち向いた」


『arigato』


 海外のプレイヤーかな。


『ありがとう』


 日本人か。


「って、殴られてる、殴られてる。背中殴られてるから!」


 チャットで送らないと相手に伝わらないのに、私は画面に向かって声で呼びかけていた。

 このゲームはボイチャに対応していない。

 テキストチャットだけが、コミュニケーションを取る手段なのだ。


「また死ぬよ」


 わかっているけど、声が出てしまう。

 キーボードとコントローラーを行ったり来たりするのに、まだ慣れない。


 慌てて、また回復する。

 ヘイトが上がりすぎて、敵がこっちに来る。


「いてて」


 ぼこぼこ殴られる。

 敵の所有権がないから、殴り返せない。

 自分を回復する。

 もっと殴られる。


「ちょ」


 私は慌ててコントローラーを起き、キーボードに手を伸ばす。


『てきなぐって』


 MPがなくなって死ぬ。

 と思ったら、二時間に一回しか使えないスーパーアーツで倒してくれた。


「ふう」


『大丈夫だったかい』


 私はキーボードを打つ。


 イケメンだからね。

 どっちが助けたのかよくわかんないことになっちゃったけど、こっちはヒーラーだから、殴られたらすぐ死んじゃうんだ。


 女戦士が頭を下げるエモートを繰り返している。

 跪くエモートで返す。

 悲しみを知る地下世界の王だからね。

 またひとつ、悲しみを知って、世界を明るく照らしてしまった。


『助かりました』

『レイと呼んでくれ』

『ゆいと申します』


 ん? ユイチャングデスって、ゆいちゃんです、だったのか。

 yuiって名前はすでに使われていて、yuichanでもだめで、yuichangでも、yuichangdesuでもだめだったから、yuichangdeathか。


 私は声を出して笑った。


「おもろ。絶対ネカマでしょ」


 でも、戦士かあ。

 レベル帯もおんなじくらいだし、ちょうどいいな。

 ヒーラーのソロは火力なさすぎて、効率悪いんだよね。


『ゆいちゃんさ』

『はい』

『パーティしない?』


 返事を待つ。

 このおじさん、チャットおっそ。

 おじいちゃんだったりして。

 昔のゲームだからなあ。


『お祭りみたいなことですか?』


 そういう意味のパーティじゃないからあ。

 あざといんだから、ゆいおじさんってば。

 わかってるくせに。


『そうだね、いわば祭りだ。魔物たちを血祭りにあげるんだ』


 我ながらレイ様かっこよ。


『いいですよ』


 いいですよはさすがに笑う。

 おもろいな、ゆいおじさん。


『さそって』


 パーティ参加希望を出して誘われ待ちにする。

 誘われるのを待つ。


「おっそ」


 チャットだけじゃなく、操作全般が遅いな。

 レスポンスが悪い。

 ギガ足りてないのかな。


 じれったくなってきて、ゆいおじさんの周辺をぐるぐる回る。

 ゆいおじさんも、いっしょにぐるぐる回りだす。


「それはいいからさあ」


 立ち止まると、ゆいおじさんも止まって、レイ様の顔を見上げている。


「こっちから誘うか」


 参加希望を出していないyuichangdeathにパーティ加入要請を送ってみる。

 入ってきた。


『やあ』


『すいません』

『さそっての意味がわからず』


『パーティ会話でいいよ』


 個別チャットだと、ぴろぴろ鳴ってうるさいんだよね。


『すいません、パーティ会話とは?』

『チャットウィンドウのPT押して』


 ロールプレイ、ではさすがにないだろうから、初心者だったのか。

 廃人のサブキャラかと思ってた。

 こんな古いゲームに、今でも初心者いるんだなあ。


『できてますか?』


『ぐっじょぶ』

『なんか悪かったね』

『さそっては』

『いっしょにあそぼって意味よ』


 自分の入力した文章で、ログウィンドウが埋め尽くされていく。


『うれしいです』


『ゆいちゃんチャットゆっくりだしさ』

『敬語じゃなくていいよ』


『うんn』


 そこは「はい」でも、文字数変わんないんだけど。


『うん』


「うん連打おもろすぎでしょ」


 私はにやにやしながら、キーボードを叩く。


『誤字とか訂正しなくても、伝わってるから大丈夫だよ』


 そして、ゆいおじさんの返答を待つ。


『やさしいね』


 不覚にも、ネカマのおじさんを、かわいいと思ってしまった。


『やるじゃん』


 この地下世界の王、レイ様をときめかせるとは。

 熟練のネット戦士のおじさんだけあって、ロールプレイがお上手。


「私、そういうの好きだぞお」


『レイくん』

『ん?』


 レイ様なんだよなあ。

 解釈違いだけど、文字で説明するのは面倒だから、まあいいかとやり過ごす。


『はじめまして』


 まったく、かわいいおじさんだなあ。


『よろしゅ』


 こうして、私たちのひと夏の冒険が、幕を開けたのだった。

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