第3話 高校一年生 夏 reika
玲香 reika
この仕事における雑談タイムは、始業前、休憩中、仕事終わりに発生する。
私は始業10分前には店に入るから、始業前は長くて10分。
休憩は15分あるけど、交代制だから、シフトに出ていない状態の店長がバックルームにいるときしか、雑談タイムは生まれない。
仕事終わりの雑談タイムは無限だ。
相手が話すのをやめるまで、私は雑談を続ける。
高校最初の夏休みが近づいていた、ある日の始業前。
いつものように、私はお店のバックルームで、店長と雑談していた。
店長は事務所の机を椅子の代わりにして、仕事用のタブレットを操作しながら。
私はロッカーから取り出した制服を羽織り、防犯カメラの映像を見ながら、立ったまま話す。
「おもしろいけど、もう二度とボイチャはしなくていいかな」
店長は少し残念そうな顔をした。
ボイチャのやり方を教えてくれたのも、ボイチャしながら遊ぶ楽しさをプレゼンしてくれたのも、店長だった。
教えてもらった手前、私はその理由をしっかり説明する。
「女だとわかると舐められたり、出会い目的の人間がすり寄ってきたりして、純粋にゲームを遊びたいだけなのに、いいことないんですよね」
店長は苦笑いしながら応じる。
「変わってねえなあ。昔から」
呆れた様子の店長に、もうひとつの核心的な理由を私は伝える。
「それに、なんか自分の声が相手のマイクに拾われて聞こえてきたりするのも、ちょっと嫌なんですよね。なんか気持ち悪くて」
「三上さんの声、かわいいと思うけどねえ」
その言葉の意図をはかり兼ねて、店長としばし見つめ合っていると、
「引かないでえ」
と、店長が鳴いた。
私は笑った。
「逆にかわいい声だから舐められやすいのかもね。ボイチェンしてみたら?」
「ボイチェン?」
「ボイスチェンジャーを使えってこと」
声を変えられるってことか。
英語が少々苦手な私でも、ボイスチェンジャーくらいの簡単な単語なら意味はわかる。
「それって簡単ですか?」
「LIMEで送ってあげるよ」
店長はいつも、LIMEでわかりやすく、パソコンの操作手順やら、必要な機材やらを教えてくれる。
「すでにわくわくしてきました」
「やってみ。飛ぶぞ」
ふたりで笑っていると、呼び出し音が鳴った。
店長と私は揃って防犯カメラの映像に目をやる。
レジにお客さんはいないから、いつものパートのおばちゃんが「早く帰らせろ」の意味で鳴らしたものと、即座に理解した。
私たちは雑談を切り上げ、バックルームを飛び出していく。
「いらっしゃいませー」
「はぅんいらっしゃいませー」
店長はなぜ、いらっしゃいませの前に「はぅん」と溜めを作るのか。
そこがいまだにわからなかった。
触れてはいけないことのように感じていた。
◇
早速、送られてきた内容を見ながら、ボイチェンというものを設定してみる。
最初にゲームをできるようにするためにやったことを思えば、はるかに簡単な作業で声を変えることはできた。
片っ端から設定をいじくって、好みの声に調整していく。
自分の声のはずなのに、知らない声で聞こえる仕組みに、私は夢中になった。
やり過ぎて最後はゲシュタルト崩壊を起こしていた気がするけど、求めている理想の音声を作り出せて、その過程そのものがゲームみたいだった。
「完全にえっち漫画のイケメンの声じゃん」
私は誰もいない部屋の中で、自分で自分を口説き続けていた。
◇
翌日。
私はまた店長とペアのシフトだった。
竹丸さんがすぐに新人を辞めさせるせいで、店長と竹丸さんの二択なのだ。
私は早く店長に結果を報告したくて、うずうずしながら来店した。
バックルームに入るなり、奥の事務所に座っている店長の背中に声をかける。
「店長。私、羽ばたきました」
振り返った店長は、にやりと笑い、
「飛んだっしょ」
と、得意げに返してきた。
「ガンギマリですわ」
「ガンギマリはまずいでしょうよ、いろいろと」
「ほんとによかったです。もうネット上では、イケメンとして生きていくことにします」
違う自分になれたみたいで、なんだか楽しかった。
心なしか、イケメンの人格が、リアルに侵食してきている気配すら、すでに感じる。
ロッカーから制服を取り出して羽織る。
昨日のイケボを思い出すと、にやにやしてくる。
あれが? 私の口から? 嘘でしょ。最の高じゃん。
「実は俺も家ではネカマなんだよね」
店長の言葉を聞いた瞬間、私は、げらげらに笑った。
「え、現在進行系ですか?」
「いいストレス発散になるんだよ」
なんかもう、にやにやしちゃって、話に集中できない気分だった。
「やっぱり、現実世界とは違う自分でいたいじゃん? 自分じゃない自分になれるって最高でしょ? 現実世界の自分なんて、たいしたもんじゃないのは、わかってるんだからさあ」
百万里あるなと、私は深く頷いた。
「VRヘッドセット買ったら?」
「それって高いんじゃないですか? お金もったいないからなあ」
私はお金にシビアだった。
今回のことだって、店長からパソコンをいただけなかったら、きっと自分で買ってまでやろうとはしなかった。
「俺さあ、VRで女子校通ってるんだよね」
仕事にならなくなりそうなくらい、私は笑い転げた。
「女子高生なんて、みんな、なりたいでしょうよ」
真顔の店長に、私は笑いをこらえながら応じる。
「私、リアル女子高生なんで、その気持ちはちょっとまだ。クラスって何人くらい、いらっしゃるんですか?」
「10人もいないねえ。あんまり多くても、画面に表示しきれないから意味ないし、クロストーク酷すぎて、お互い、なに言ってるか聞き分けられないから」
「中身は全員、おじさんなんですよね?」
「あのさあ、無粋だよ」
粋ってもんがわかっていないと、店長はイキりながら続ける。
「おじさんの傷の舐め合いじゃなくて、こっちは真面目に女子高生やってんの」
「ちなみに名前とかあるんですか? VR女子校に通う、店長ちゃんの」
「え」
訊ねる私から、店長が目を逸らす。
「そんなのひみつだよ」
なんなの、その恥じらい。
照れちゃだめでしょ。
恥ずかしがられると、普通に引く。
堂々と胸を張って欲しい。
女子高生らしく。
それをどうやって上手に伝えようか悩んでいると、呼び出し音が鳴った。
私たちは本能の赴くまま、防犯カメラの映像に目をやる。
お客さんはいない。
パートのおばちゃんは、クラウチングスタートの姿勢に入っている。
私たちは勢いよくバックルームを飛び出す。
「いらっしゃいませー」
「はぅんいらっしゃいませー」
◇
その日の仕事終わり。
私はロッカーに制服をしまいながら、疲れた顔で事務所の椅子に腰かける店長に声をかけた。
「今日のバイト笑ったなあ」
仕事の内容がというより、店長が女子高生に見えてきて笑えた。
今、おじさん姿の女子高生と仕事してる。
店長ちゃん、フェイスアップ上手じゃん。
コピー機の使い方まで説明できるんだ。
だめだよ、店長ちゃん。
どんなに失礼なお客さんでも、舌打ちなんかしたら。
脳内の店長ちゃんに語りかけながら、私は仕事を終えてきたのだった。
言いたいことが伝わったのか、店長は恥ずかしげに笑った。
「なりきりとか好きならさ。MMOやってみたら?」
もっと高尚な言い方はないものか。
こっちはえっち漫画に出てくるイケメンでイケボなんだから、なりきりとかごっこ遊びの域ではないでしょ。
それはさておき。
「なんですかそれ」
「MMORPG。本当の意味でのMMORPGは、もう新しい作品も出ないし、ぶっちゃけ、今は流行ってもないジャンルだけどね。なりきりを楽しむ分にはありだと思うわ。俺の青春を捧げたゲーム教えてあげるよ」
店長が怒涛のごとく早口で喋るときは、だいたい、おもしろいことがはじまるときなんだ。
「へー。やってみたいです」
というより、内なるイケメンを解き放ちたい。
「三上さん、レトロゲーム好きだから、内容にもハマれるかもね。そういう時代のゲームだから」
「ちなみに、一戦あたり何分くらいかかります?」
「対戦ゲーじゃないから。時間で言ったら無限だね」
終わりがないやつか。
学校とバイトの往復をしながら遊ぶのには、向かなさそうだ。
壁に掛けられた7月のカレンダーに目をやる。
もうすぐ夏休みだ。
特にやることもない。
バイト以外、どこにも行く予定なんてなかった。
「夏休みになったら、やってみようと思います」
◇
高校一年の夏休み。
セットアップ方法だけを事前に店長から教わり、私は家でひとり、そのゲームにログインした。
そして、その人と出会った。




