第2話 高校一年生 春 reika
玲香 reika
授業が終わり、放課後がはじまると、私は年下の同級生たちの群れをかき分け、ひとり家路を急ぐ。
自転車にまたがり、田舎町を30分かけて、家まで駆けていく。
家に着いたら鞄を置き、制服を脱ぎ捨て、動きやすい格好に着替えて、また自転車に乗り、近所のコンビニへと向かう。
そこが、私のバイト先だからだ。
高校生になってからは、毎日夕方17時から22時までのシフトで働いている。
その前は昼間のシフトで、パートさんたちのドロドロした人間関係に、揉みくちゃにされながら働いていた。
夕方のシフトを埋める面子は、私、店長、竹丸さんの三人しかいない。
店長は滅多に顔を出さないこのお店のオーナーさんから、正社員として雇われている。
このお店で唯一、アルバイトの身分ではない人間だ。
自称、氷河期世代の、バツイチ子持ち。
まだ小さい息子さんは、別れた奥さんと暮らしているらしい。
毎月、決まった回数だけ、会うことを許されているのだとか。
私のスマホに登録されている、唯一の連絡先は店長だ。
電子書籍とフリマアプリが主な用途で、人と連絡を取り合うことは望んでいない。
社会生活に必要なことは、ぜんぶ、店長が教えてくれた。
竹丸さんは、昼間のパートさんたちからは、三十路になるというのに、正社員にもならずに、アルバイトの身分に甘んじている男と揶揄されている。
本人いわく、実家が太いから、アルバイトすら、本来は必要ないのだとか。
そう考えると、アルバイトでも働いている竹丸さんは、とても偉い。
週4くらいは、安定してシフト入ってるし。
このお店では、各時間帯のシフトは、ふたりで埋めることになっている。
私は毎日働いているから、店長と竹丸さんのどちらかとペアを組んで、シフトを埋める格好になる。
店長は空いたシフトを埋める役目も兼ねているから、早朝から深夜まで、あらゆるシフトに登場する。
できればシフトには入らず、裏方に徹したいらしいのだが、人手不足でそうもいかないみたい。
夕方のシフトにも、新しい人材を確保しようと、頑張って採用活動をしているようだけれど、せっかく新しい人が来ても、竹丸さんと合わなくて、みんな辞めてしまう。
竹丸さんはレジが大嫌いというか、お客さんが嫌いみたい。
お客さんが並んでいるから「レジお願いします」と言っただけで不快な顔をするし、レジに立つ時間が長くなると、発作のようにイライラしはじめる。
その理不尽な怒りを、相棒にぶつけてくる。
みんなうんざりして、辞めてしまう。
接客業に向いていないと思うんだけど、なんで続いているのか。
生涯、コンビニ店員の仕事しかやったことがないというところは、シンパシーを感じる。
私も同じだからだ。
今年で18歳になる高校一年生の私とは、年齢がひと回りも違うけど。
私は好き嫌いがないから、相手に合わせることにしている。
相手の嫌いな仕事を引き受けるために、竹丸さんと組む日はカウンターの中に篭城してみせる。
竹丸さんは、レジから一歩も離れない人が好きらしいのだ。
店長は、バイトがやるような仕事は、できれば自分はやりたくないと公言している。
要するに、ワンオペしてもらえるのが理想だと考えているから、店長と組んだときは、レジと外を行ったり来たりになって、せわしない。
20時になったら、交代で15分ずつ休憩に入ることが許される。
休憩時間になり、バックルームに入ると、店長がいた。
この時間にいるということは、今日は深夜のシフトに入るんだろうな。
「そういえば、店長、いただいたパソコンのセットアップできましたよ」
事務所の椅子に腰かけ、パソコンに向かって仕事をしている店長の背中に声をかける。
「ネトゲやってみた?」
「まだネットが繋がるのを確認しただけです」
「どんなのやる予定なの?」
店長はモニターを見つめ、時折、キーボードを叩きながら、声だけで私と会話する。
「いったん、食わず嫌いせず、流行ってるものを、片っ端からやってみようかなと」
「若さを感じるわ。感想、教えてよ。面白いのあったら、俺もやってみよう」
「パソコン、ありがとうございました」
「超ハイエンドなゲーム以外は、動くと思うよ」
店長は、私といっしょで、ゲームが数ある趣味のひとつみたいで、私たちはゲームの話を通じて、よく盛り上がる。
私は、お父さんが昔遊んでいたらしい、レトロゲームばっかり通ってきたから、お父さんと近い世代の店長にとっては、ちょうど青春を思い出す、懐かしい話になるみたいで、興味深く話を聞いてくれた。
そのおかげか、店長は「パソコン買い替えるから、古いのあげるよ」と言って、私にお古を譲ってくれたのだった。
店長と雑談していると、バックルームに呼び出し音が鳴った。
私は反射的に防犯カメラの映像に目をやる。
この時間にしては、レジが混んでいる。
「休憩中だから、行かなくていいよ」
竹丸さんのヘルプに行こうと立ちあがろうとした私に、店長が声をかけた。
休憩は、まだ5分くらいある。
そのうち、レジも空いてくるだろうと思っていた。
運の悪いことに、この日は絶え間なくお客さんが訪れ、呼び出し音は、5分間鳴り止むことがなかった。
「いらっしゃいませー」
休憩を終えて、私はバックルームを飛び出していく。
並んでいるお客さんのために、サブのレジを開ける。
どこかの建設現場から、大きなワゴン車に乗ってやってきた、オス味の強いオラオラした団体が、レジの前を占拠する格好になっていたみたいだった。
待たされて苛立った強面の男たちを、一人ひとり処理していく。
ペットボトルをカウンターにぶん投げられて、危うく床に落としそうになる。
落としたら交換しないといけないから、さらに時間を取らせてしまう。
この感じだと、竹丸さん、相当頭にきていそうだなと、私はそれだけを思う。
団体客がいなくなって、静まり返った店内で、私はほっと胸をなでおろす。
サブのレジに停止板を置き、メインのレジを竹丸さんと交代しようとする。
「なんで早く出てこないの!」
通常、人間の怒りの段階は、1から100まであるのだとしら、いきなり100の強さで怒鳴るのが、竹丸さんという人の特徴だ。
「三上さんはレジしかできない馬鹿なんだから、呼んだらすぐに出てきてよ!」
興奮した竹丸さんは、口元に泡を吹いている。
「早くレジ入って、◯△□※をやってから、※□△◯やっといて! 僕はフェイスアップするから!」
「はい?」
竹丸さんは、ただでさえ滑舌が悪いのに、興奮して怒鳴るから、肝心の指示の部分が聞き取れない。
竹丸さんがフェイスアップの鬼なのは知っているけど。
「だーかーら! ◯△□※やってから、※□△◯やって!」
「え?」
二度も聞き返された竹丸さんの顔は、真っ赤に染まっていた。
鼻息を荒くしながら、涙目で睨みつけてくる。
「※◯△□※□△◯※◯△□!」
最終的に、ぜんぶ聞き取れなくなってしまった。
「はい」
さすがにもう聞き返せないと思って、私は聞こえたことにした。
なにを指示されたのかはわからなかったけれど、このお店の仕事は、すべて把握しているから、そもそも、私に指示は不要なのだ。
なんか、竹丸さんに悪いことしちゃったな。
最初から、聞こえたふりをしてあげられたらよかった。
「あ、竹丸さん。休憩行ってください」
カウンターを出ていこうとする竹丸さんの背中に声をかける。
すると、竹丸さんは物凄い勢いで、カウンターを叩いた。
店の奥で、ペットボトル飲料を選んでいたお客さんが、大きな音に振り返る。
目が合った私は、軽く会釈を返す。
休憩を拒否して仕事を続ける合図かと思ったが、竹丸さんは普通にバックルームに消えていった。
「やばいね。あの人」
ペットボトルを差し出しながら、お客さんがカウンター越しに声をかけてくる。
私は顔だけ笑って頭を下げる。
「あの人がおかしいだけだから、あんまり気にしちゃだめだよ」
そう言い残して、お客さんは店を出て行った。
親切な人だなと思った。
ただ、実のところ、私はなにを言われても、気にしてはいなかった。
理不尽な怒りをぶつけられたのは、三上玲香だから。
三上玲香とは、乗り物のようなものだ。
8歳のときに死んだ、藤原玲香が操縦している。
乗り物に感情などない。
だから、何も感じていない。
ただ、一連の様子を俯瞰している、藤原玲香の存在を感じるだけ。
この日の出来事も、私にとっては、そういう日常のひと幕でしかなかった。




