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第22話 高校三年生 春2 reika

  玲香 reika


 20時。


 夜のコンビニ。

 見慣れた景色のはずだけど、お客さんとして訪れると、なんか、趣が違う。


「店長いますか」


 晩御飯の買い物を終えた私は、買い物袋を受け取ると、見ず知らずの若い女の子の店員さんにそう声をかけた。


「え、私なんかしましたか」


 学生さんらしい女の子は、怯えた顔をした。

 クレーマーの「店長を呼べ」的なことだと思ったみたいだった。


「あ、呼び出しボタン押してもらえればいいんで」


 私は、店長がいることは知っていた。

 なぜなら、お店の裏に店長の車が停まっているのを、確認した上で入店したから。


「え、こわ」


 私はらちがあかないと思って、レジの女の子ではなく、忙しそうに品出ししている男の子のほうに声をかけることにした。


「ねえねえ、三上ってやつが呼んでるって、店長に言ってきてくんない」


 しゃがんで、お菓子の品出しをしていた男の子は、私の顔を見上げ、うんともすんとも言わないまま、バックルームに消えていった。


「なんか、このお店も変わったな」


 思わず、そう声が漏れた。


 竹丸さんの罵声も、中野さんの人を小馬鹿にした下品な笑い声も、もはや聞こえないのだった。


 ◇


「中野さん、辞めちゃったんですねえ」


 事務所の椅子に腰かけ、知らない名前がずらっと並ぶシフト表に目をやりながら、私はパソコンを操作する店長の背中に声をかけた。


「『来年はもう店長に会いたくないんで』とか言って、年末で辞めてったよ」

「へー。じゃあ、割と最近までいたんですね」

「最近ってほどでもねえと思うけど。就職決まって、卒業も見えて、バイトとかしなくてもよくなったからって」


 家計を助けるためって言ってたから、好きでやってたわけじゃないんだろうな。

 私だって、好きでやってたわけではないけれども。


「最後の仕事終わりにさ、せっかく長く務めてくれたから、なんかケーキでも持たせようかと思ったんだけど、『私、店長のこと、ほんと無理でした。きもくて』って言われて、その気失せたわ。そんなやついる?」


 怒涛のごとく話す店長に、私はげらげらと笑った。


「中野さんの言う『きもい』は、気さくな挨拶みたいなもんですよ」


 画面を見つめる店長の肩が揺れ、笑い声が聞こえた。


「性格悪いし、口も悪いけど、いい子だったよね。親孝行でさ。俺、ああいうのに弱いんだよなあ」

「きれいな人でしたよね」

「まあ、確かに」

「全然、人、定着しませんでしたね、中野さんが来てから」


 取っ替え引っ替え、いろんな新人さんが、出たり入ったりはしたものの。


「中野さんが無理なんで辞めます、ばっかり。バックれたやつを除けばね」

「あ、そうだったんですね」

「バイト辞める理由なんて、オブラートに包まず言えば、無理なやついるんで辞めますばっかりだからね。だから、俺、変なやつ入れたくないんだよね」

「中野さんの、なにがそんなに無理なんでしょうね」

「ああ」


 店長は少し考えてから、その考察を披露してくる。


「なんか、メンタルに来るみたいよ。遅効性の毒なんだよ、中野さんの呪力って。竹丸みたいな瞬間湯沸かし器じゃなくて。じわじわと時間をかけて、弱めの毒を継続的に盛って、確実に体内に浸透させる感じの。あっても、ちょっとした言い合いくらいで、大喧嘩になったりとかはしないんだけど、いつの間にか、顔を合わせるの憂鬱になってきて、辞めたくなるっていう」


「さすが、蠱毒を操る呪い師の考察ですね」


 当たってるのかもわからないけど、私はとりあえず持ち上げておく。

 店長がははっと声を出して笑った。


「そういや、試験どうだったの? 前期試験、今くらいの時期じゃなかったっけ」

「つい先日でした。さっぱりでしたねえ」

「だめじゃねえかよ」


 そう言って、店長はふっと笑った。

 私はその理由を説明する。


「あ、いや、試験の出来栄えっていうか、あれで受かるのかなって手応えがさっぱり」

「わかるなあ」


 店長は納得したように、後ろにのけぞってから、続ける。


「受かるかどうかは、まわりの出来にも左右されるからねえ。俺も同じこと感じたの、いま思い出したわ。懐かしい」


 私は二次試験の思い出を饒舌に話して聞かせる。


「後ろの席に、私と同じくらいの、なんなら、私より小さいかもしれない男子がいたんですよ。眼鏡かけた。勉強できそうな。なんか中学生みたいな。その子と、朝から試験の合間に、ずっと雑談してたんですけど」


「好きだねえ、雑談。盛り上がったの?」


「どうだったって聞くと、毎回、『簡単だった』とか、『え、もしかしてわからないとこありました?』とか、『一年生が習う範囲で解けますけど』とか、『ただの暗記じゃないです?』とか、煽り散らかしてくるから、お昼休み、コンビニで買ってきたサンドイッチむしゃつきながら、むしゃくしゃしてきて、言ってやりましたよ」


「おまえ、そんなこと言ってっけど、フェイスアップとかできんのって。私、超絶うまいからねって。竹丸さんの次くらいにはうまいから舐めんなよって。怒涛のようにまくし立てたら、なんも言えなくなってましたわ」


「でしょうねえ」


「しまいには、『ふひひ』とか言っちゃって、語彙力失ってましたわ」


 店長はキーボードを叩く手を止めて、笑っていた。


「あいつはたぶん受かりましたね。ぜんぶ、簡単だったって言ってたんで。おかげで、手応え見失いましたわ」


 苦々しく思い出している私に、店長が応じる。


「大学行くと、確かにいるんだよなあ。信じられないくらい勉強できるやつ。でも、そいつと会話が成立したなら、三上さんも受かってるんじゃない。IQに差ありすぎると会話成立しないとも言うし。大学って、案外、似たようなやつが集まるんだよね」


 あいつと同じ人種だと思われたら不本意だけど、一理はあるのか。


「問題は合格した後、なんですよねえ」

「どういうこと?」


 店長が仕事を中断して、私のほうを振り向いた。


 ◇


「ルームシェアとかはどう?」


 家賃が高いという不満をとうとうと述べる私に、店長が言う。


「俺の時代もさ、男同士で住んでるやつ、何人かいたよ」


 家賃が半分になるってことか。

 名案だと思った。


「女と同棲してるやつも、いたけどね」


 店長がにやっと笑ってから続ける。


「家賃とか光熱費とか初期費用とか、もろもろ折半したらいいじゃん。最終的にどこまで安くあがるかはわからないけど、払う家賃が増えるおかげで、相対的に物件の質もよくなるよ。主に共同で使う部分の」


「いいことばっかりですねえ」


 やっぱり、店長の知恵を借りるのが、いちばんだと実感した。

 ひとりだったら、その発想は、出てこなかった。


「ひとつ、問題があるとすれば、相手探しだけどね。今の時代なら、ネットでいくらでも繋がれそうだけど。信用できるやつ、選ばないといけないから」


 店長に言われるまでもなく、私は、ゆいちゃんのことしか考えていなかった。


 なぜなら、私には、ゆいちゃんしか、まともに連絡の取れる同級生がいなかったから。


 ◇


「パパとママを説得してみる」


 私の提案に、ゆいちゃんはそう答えた。


 その日、私は物件探しをしながら、そわそわした気持ちで、ゆいちゃんの返事を待った。


 ゆいちゃん本人は、私とのルームシェアを快諾どころか、なんかもう、最初からそういう前提だったみたいに、すんなり受け入れてくれた。


 心なしか、うきうきしている気配さえ、感じられた。


 親御さんに断られる可能性は、正直、あるなと思った。


 私は自分が世間から受け入れられるような、価値のある人間だとは思わないし、ゆいちゃんのご家庭はなんとなく、厳しいお家なのかなって、想像していたからだ。


 ゆいちゃんが、とてもしっかりした、お嬢さんだからだ。

 常識に詳しくて、私と違い、よく教育されているなと感じていた。


「いいって」


 私はそのひと言を聞いて、人生の道が開けたと思った。

 ドアが開く、イメージがした。


「ただし」


 条件があることを知り、またドアが閉まるのを感じた。


「きちんと会ってご挨拶して、お互いの意思を確認しあってから、決めなさいって」


 それは、そうだなと、私は思った。


 前期試験の合格発表を待つ間。


 私は、東京へ出向き、ゆいちゃんのご家族にご挨拶をすることになった。

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