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第1話 高校一年生 春~夏 yui

  結衣 yui


 東京都文京区にそびえ立つ、タワーマンション。


 私はそこで暮らし、近所にある、中高一貫の私立の女子校に通っていた。


 なにをやらせても、平均点くらいしか取れない、ぱっとしない人間が私だ。


 専業主婦だったママは、私が幼い頃、教育にとても熱心だった。

 数々の習いごとをやらされたけど、そのどれもが、最初のうちは、楽しくて仕方なかった。


 私はあっという間に、平均点くらいの成績を取れるようになる。

 その短い成長期間を終えてしまうと、今度は嘘みたいに伸び悩んで、最終的に、ぱっとしない私が出来上がる。

 そこで、辞めてしまう。

 どんな習いごとも、その繰り返しだった。


 ママが最も力を入れていた中学受験も、第一志望にはもちろん落ちて、第二志望にすべり込む結果になった。


 私はそれで満足だった。

 第二志望のほうが、家から近かったから。

 家族と過ごす時間がなによりの楽しみで、遠くの学校に通うのは、その大切な時間を奪われるみたいで、苦痛に感じていたのだ。


 第一志望の不合格通知を見て、ママはがっかりしていた。

 私はがっかりする必要がないことを、ママに伝えた。

 ママは涙を流して、喜んでくれた。


 それから、ママは職場復帰し、教育に熱心なママではなくなった。

 代わりに、仕事に熱心なママが誕生した。

 ママはきっと、なにか打ち込めるものが欲しかったのだと思う。


 専業主婦ではなくなったママの代わりに、私が家事の多くを担当するようにした。

 家族のお世話のすることは、単純に好きだった。

 あっという間に平均点を取れる能力を活かして、私はお料理だって、すぐに覚えられた。


 なんの因果か、かつての私の第一志望には、三学年下の妹が合格し、この春から通っている。

 妹の学校も、中高一貫の女子校だ。


 妹は私ほど熱心な教育を受けていないのにもかかわらず、いつだって私より優れた成果を掴み取る。

 我が妹ながら、天才だなと私は思う。

 妹に比べたら、私は凡庸もいいところの鈍才だ。

 そんな私の特徴を、妹は器用貧乏と評したりする。

 生意気な妹だけど、私にはかわいくて仕方がない。


 そのゲームをはじめた理由に深い意味はない。


 身体が強くなるからと、習いごとの延長で、なんとなく続けていた水泳部。

 中学最後の大会を、ぱっとしない成績のまま終えた私は、それを最後に、才能はなかったものと判断して、水泳部を引退した。

 高校では、文化部に入ることにした。


 要するに、私は暇だったのだ。


 高校生になった私は、学校から帰ると、家族のために、晩御飯の仕度をする。

 食事を終えたら、片付けは、ママや妹に任せる。

 だらだらと漫画や小説を読んだり、スマホで動画を見たりしながら、ぼんやりと毎日を過ごしていた。

 中学までの忙しい日々が、嘘みたいにのんびりした時間だった。


 学校の成績は、200人中、100番前後を、私らしく推移した。


 中高一貫の、もはや見飽きた顔の女たちに囲まれながら、「高校生って退屈だなあ」と、漠然と思っていた。


 暇を持て余した私は、家族にかまってもらいたくて、誰彼構わず、つきまとった。

 そんなある日、パパがとても楽しそうに画面の前で笑っているのを目撃した。

 ゲームをしているらしいことは、すぐにわかった。


 パパと妹は、ゲームが趣味のひとつで、よく画面の前で、ああだこうだ言いながらコントローラーを握ったり、マウスを握ったり、キーボードを叩いたりして遊んでいる。

 私はそれを後ろから眺めて楽しむ。


 妹が好むゲームをひと言で表現するなら「闘争」だ。

 ヘッドセットをして、時折、画面に向かって怒声を浴びせながら遊んでいる。

 すごく教育に悪いと思う。

 その絵面を後ろで眺める分には、とても笑えるし大好きだけど。


 リアルでは人見知りのくせに、ネット上ではオラオラしている妹には、ネット上だけの付き合いの友だちがたくさんいる。

 妹は彼らのことを「フレンド」とか「フレ」とか呼んだりする。

 リアルの友だちよりも、カジュアルな関係ってことなのだろう。


 妹のような「闘争」をしたいとは思わなかった。

 人に怒声を浴びせる側の人間には、なりたくなかったからだ。

 それには、人として大切なものを、なにか引き換えにしないといけない気がした。

 妹はすでに、それを差し出した側というわけだ。


 一方で、パパがたまに遊んでいるゲームは、とても穏やかだった。

 ひと言で表現するなら「余生」だ。

 これなら、私にもできそうだと感じた。


 聞けば、何十年も前、スマホさえなかったような時代に流行ったゲームなのだという。


「ナローバンド時代のゲームだから、現代で考えるとゲームスピードがゆっくりなんだよ。当時はこれでも速く感じてたんだけどねえ」


 パパがなにを言っているのかは、正直わからなかったけれど、確かに妹のやっているゲームと比べたら、キャラクターの動きはスローモーションみたいだ。


「いつサービス終了してもおかしくないし、新規でこのゲームをやろうなんて人は、もうほとんどいないよ」

「パパは誰と遊んでいるの?」

「今でも残っている昔の仲間。二十年来の付き合い。だいぶ減っちゃったけどね」


 そんなに遊べるゲームなら、今からでもやってみたいなと思った。

 なんとなく、私にもできそうだし。

 ただ、それだけの理由だった。

 夏休みになったら、何もすることのない昼間、パパのパソコンを借りてやってみようと思った。


 ◇


 高校一年の夏休み。


 簡単な操作だけを事前にパパから教わり、私は家でひとり、そのゲームにログインした。

 そして、その人と出会った。

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