第16話 高校二年生 春休み2 reika
玲香 reika
「あれ、今日って店長じゃなかったっけ」
「昨日、先輩が今日で最後になるって聞いて、シフト変わってもらっちゃいました」
中野さんは、そそくさと制服をロッカーから出しながら話す。
「この間、全然、話し足りなくて、言いたいこと言えなかったなって後悔したので、もっかい」
時として、物足りない雑談になってしまう日があるのは、わかる。
「取り合いになるかと思ったら、そんなことなかったわ。あの人、薄情じゃないですか?」
制服を羽織った中野さんが、防犯カメラの映像を見ながら突っ立っていた私のそばまで来て言う。
「くたびれてるだけで、薄情ではないよ。養育費払ってるから」
中野さんは、げらげらと笑う。
「シフトは週4までしか、絶対入らないんじゃなかったの?」
中野さんは、ぽかんとしてから、口を動かす。
「まあ、基本はそうですけど。そんな小さなルールにこだわっても、人生つまんなくなるだけですよ」
「自分がそう決めてるって、言ったんじゃない」
なんか約束を破られた気持ちになって、私は抗議した。
「だったら、余計いいじゃないですか。自分との約束なんか、いくら裏切っても、誰にも咎められないですよね?」
私は返す言葉が見当たらなかった。
「なんか、納得してないですね。私より店長が好きでしたか」
「好きじゃないけど」
「じゃあ、私のこと嫌いですか」
「嫌いじゃないよ」
中野さんは、胸に両手をやって、にこりと微笑んだ。
「え、好きってこと?」
「どうかな」
「そこは、嘘でも好きって言えばでいいでしょうが」
ふたりで笑うと、呼び出し音が鳴り響いた。
「最後までうるさいなあ、あのおばさん」
「あの人にも生活があるんだよ」
「知ってます。あの人の愚痴はよく聞かされてるので」
「え、そうなの。いつの間に」
事実か、嘘か、中野さんもこのお店が長くなっているので、わからなかった。
「しゃべってないで行きますよ」
はじめてくらいに、中野さんに先導されて、私は店に躍り出る。
「いらっしゃいませー」
「いらっしゃいませー」
はじめて、中野さんのバックルームを出る時の「いらっしゃいませ」を聞いた。
今日は特別な日だと、言っているみたいだった。
◇
バイト終わり。
特に感慨もなく、いつもの仕事を終えた私は、中野さんとバックルームに引き揚げる。
「あ、それ回収しますね」
「ん?」
中野さんが、私の胸に手を伸ばしてきたので、私は思わず、のけぞってしまう。
「いやいや」
中野さんが苦笑いをして、私の胸につけられた「みかみ」のネームプレートをもぎ取る。
「こっちですよ。乳は揉みません。揉まれたかったっすか」
私は苦笑いで、中野さんをひと睨みしてから応じる。
「そういう事務仕事も、できるようになったんだねえ」
今日で最後だから、ネームプレートはお店に返さないといけないのだった。
「えー。まあ、いいや」
ロッカーに制服をしまう私に、中野さんが言う。
中野さんもロッカーに自分の制服をしまう。
「先輩がいなくなったら、しばらく店長と二人かあ」
私はロッカーにもたれかかり、中野さんは在庫の段ボールに堂々と座る。
いつもの雑談の姿勢に、いつの間にか、なっている。
「最悪。私、あのおじさん嫌いなんですよね」
あなたはすべての人が嫌いでしょと思いつつ、私は訊ねる。
「たとえば、どんなところが?」
「なんか、浅いところで私のこと舐めてるんですよね、あの人。深いところで舐めてくる先輩みたいな人はいいんですけど」
私は思わず、笑った。
舐められてしかるべき、人間性だと、私は思ったりする。
中野さん側が、すべてを舐めているから、きっとそれが返ってきている。
「あの人、案外かっこいい大人だよ」
私のフォローに、中野さんは信じられないという顔をする。
「嘘でしょ。あのバツイチのキモおじが?」
「こんな田舎のコンビニの雇われ店長なのに?」
「絶対、年収低いですよ?」
「男の趣味、最悪って言われません?」
中野さんの暴言は、あらゆる方面に対し、留まるところを知らない。
「まあ、あの人の趣味趣向は、受け入れ難いものがあるけど」
夜な夜なVRで女子高生に扮している姿を、見たくはない。
「そんなふうに思ってるの、はじめて知りました。え、今日、店長がよかったですか」
「どっちでもいいわ」
私は苦笑いする。
彼氏候補みたいに思われるのは違う。
「しばらく店長とふたりきりだから、変わってあげたいくらい。私も辞めようかな」
そうなったら、蠱毒の最終勝利者は、店長ってことになるなあ。
王座奪還だ。
雑魚には負けるわけがねえと言ってたとおり。
「でも、家計が。まだ卒業まで、一年もある」
中野さんは大げさに頭を抱えてみせた。
本気で辞める気はないんだなって、私はわかった。
「家計を助けるために、バイトしてたんだ」
中野さんは、鳩が豆鉄砲のあれって顔をした。
「ほかに、なにがあるんですか」
私はしばし考えてから、答える。
「遊ぶ金欲しさとか?」
「それ犯行動機でしょ。バイトの志望動機ってより」
即座に応じた中野さんの鋭い指摘に、私は笑った。
中野さんも、ふふっと微笑んだ。
「先輩と同じですよ。大学行くためではないですけどね。私、勉強嫌いなんで」
中野さんは、にこりと笑って続ける。
「うちは無理して私立入っちゃったんで、家計、苦しいみたいで」
天を仰いだ中野さんが、私の目を見て続ける。
「母子家庭なんですよ、あたしんち」
「そうなんだ」
なんと答えればいいのかわからなくて、私はそれだけ答えた。
「母はバツイチ。店長といっしょっすね」
中野さんは、けらけらと笑ってみせた。
私は笑っていいのかよくわからないから、話題を変えようとした。
「なんで無理してまで私立?」
「制服かわいいから」
中野さんは真顔で答えた。
「え、ほかにあると思います?」
「ないと思います」
「でしょ。やっぱこの世で先輩だけだわ。私の気持ちを理解してくれる女。別れるには惜しすぎる」
中野さんは、そうやって、たまに私を持ちあげることもある。
「私なんて、そんな価値ないよ」
「またそれっすか。自己肯定感低いですよね、先輩って」
中野さんの自己肯定感が高すぎるだけ、とも言うのではと、私は思う。
「謙遜じゃなくて、本心からそう思ってそうなのが、きもいっすわ」
私はいったい、中野さんという人から、通算、何回くらい、きもがられているのか。
「もっといい人が入ってくるかもよ。店長、早く人を補充しなきゃ、俺が過労死するって嘆いてたし」
「うける。なんでこの店って、人が定着しないんでしょうね」
「あ、自覚なかったんだ」
一瞬、会話が止まる。
中野さんが再開する。
「いや、私じゃなくて、あの人がきもすぎるせいでしょ。朝から深夜まで、あらゆるシフトに登場してるし。あのおやじに、一定の耐性を持つ個体しか、生き残れない店なんだわ」
「ウイルスみたいに言わないであげて」
ぎゃははと、中野さんは下品に笑った。
配送のお兄さんが、台車に商品をいっぱい積んで入ってきた。
深夜バイトのお兄さんもバックルームに入ってくる。
「邪魔になるから帰ろう」
いつものように私がそう告げると、
「あ、最後なんでケーキでも買ってあげますよ」
中野さんは、なぜかケーキを奢ってくれた。
◇
中野さんからケーキの入った買い物袋を受け取り、軽く会釈を返す。
深夜バイトのお兄さんに「おつかれさまでした」と挨拶して、お店を出る。
私は照明のない自転車置き場へと向かい、錆びついた自転車に近寄る。
いただいたケーキの入った買い物袋を、傾かないよう、おそるおそる、かごに入れる。
ポケットから鍵を取り出す。
鍵を開けると、がちゃんという音がする。
「いや、もう帰るとかないでしょ」
私は声のするほうを振り返る。
夜のコンビニから発せられる明かりの下で、中野さんが呆然と立ち尽くしている。
「いや、ないわー。過去いちびっくりした」
「え、なんか話したいことある?」
「あるに決まってるでしょ」
私は自転車に乗ろうとする姿勢を解いて、中野さんと向かい合う。
「今日を最後に、二度と会わない関係なんだからさ」
中野さんは、信じられないという顔で続ける。
「先輩って、たまに異常なほどそっけないことありますよね。彼氏も友だちもできないのって、そういうとこですよ」
「無意識でした」
私は自分の異常性を弁明してみせる。
ケーキを受け取った時点で、お別れしたつもりになっていた。
「じゃあ、私の前では、気を抜かないでくださいね」
中野さんは、にこりと笑う。
「わかったらこっちくる」
「はい」
いつものポジションに、中野さんが私を招待してきた。




