第15話 高校二年生 春休み1 reika
玲香 reika
高校二年生の春休み。
私は中学を卒業してから続けてきた、コンビニのアルバイトを辞めようとしていた。
三年になったら辞めることは、以前から店長には伝えていた。
高校に進学するときから、私と店長の間では、そういう話になっていた。
「ネカマのおじさん元気?」
バイト終わり。
事務所でパソコンの前に座る店長が、椅子に座って雑談の姿勢になっている私に、いつもどおり、振り返らずに話しかけてくる。
「わかんない」
「最近、遊んでないの?」
「あんまり、ゲームやる気しないんですよね」
「倦怠期ね、わかるわ」
店長からいただいたパソコン。
クリスマス以降、一度も起動すらしていない。
せっかくいただいたのに、悪いような気もしてくる。
「受験勉強はじめる前に、パーっと遊べばいいのに」
遊ぶことよりも、いまの私には、受験勉強をどう進めるべきかのほうが、関心ある話題なのだった。
「塾とか、予備校とか、行ったほうがいいですかね?」
「三上さんの場合は、必要ないんじゃない?」
店長は即答し、付け加える。
「自己管理できるタイプだから」
私は苦笑いで応じる。
「学校、遅刻しまくりですよ」
店長は、ははっと笑って言う。
「それはそれで問題ないと、わかってるからでしょ。ここには絶対、遅れないじゃん」
私もふっと笑ってから、説明する。
「仕事なので。時給出ますし。他に働くとこ探すの大変ですし。昼間のパートさんにも、遅れたら迷惑かけてしまうし」
昼間のバイト時代。
たまに夕勤の人がバックれて現れなくて、そのまま夕方のシフトに入らされたことを、私は思い出す。
「だったら、受験勉強も大丈夫だね。三上さん、背水の陣だから」
「まあ、はい」
不本意ながら、同調する。
中学を卒業してから、すぐに高校へ行かなかったせいで、世間から遅れを取ってしまったのは事実だった。
私の中では、得たものがたくさんあるから、遅れているつもりはないんだけど。
それは、世間様が認めてはくれないのだ。
「ああいうのは、自分から勉強する気になれない人が、行ったほうがいいものなんだよ。受け身でも進んでいくからさ。金、もったいないよ」
「店長は行きました? 現役のとき」
「行ったよ。意味ねえなと思って、自習に切り替えたけど」
「受験のプロではあるわけですよね? 意味はあるんじゃないですか」
「行き帰りの時間が無駄でしかないでしょ。自宅の隣でやってるならまだいいよ? 田舎だったから、往復一時間以上かかったんだよ」
私は店長くんの学生時代に思いを馳せる。
店長の出身地は、私が暮らすこの町よりも、もっと、ど田舎だ。
同じ県内ではあるけれども。
「そんだけあったら、受験終わるまでに、トータルで何時間浮くのかって考えたらさあ。いや、どんだけ自習できるんだよって話で」
いっぱい勉強したんだろうなと、私は思った。
私もそのくらいやらないと合格できないってことだ。
「そんなに頑張って勉強して入ったのに、なんで中退」
小粋な雑談のスパイスに、チクリと刺激を与えてみると、振り返った店長は笑っていた。
「あのゲームに、人生、狂わされたんだよ。立派な廃人だったからね。それにしても、毎日遊んでたあの子、かわいかったなあ。数年後にオフ会したら、ネカマだったけど」
私は、にやにやしながら聞いた。
ゆいちゃんと出会った、あの夏を思い浮かべてしまう。
「青春の1ページ」
にやりと笑って、店長はパソコンの操作に戻る。
「この辺にもないでしょ。塾とか予備校とか。やめときな」
「はい」
「三上さんなら、自分の力で合格できるよ」
この人をがっかりさせないために、絶対、合格しないといけないなと、私は思った。
◇
春休みも終盤。
バイト終わり。
私はいつものように、中野さんとお店の外で、地べたに座って雑談していた。
真っ暗な夜の闇の中で、広大な駐車場に囲まれたこのお店は、今日も砂漠のオアシスみたいな佇まいだ。
「先輩、辞めるってほんとすか」
「うん」
「考え直す予定とか」
「ないよ」
「夏休みまではやるとか」
「ないよ」
「週1だけでも」
「ないよ」
怒涛のないよ連打に、中野さんは大きなため息を漏らす。
大変なのはわかるけど、新人さんが定着しないのは、だいたい中野さんのせいだ。
中野さんより強い毒を持つ動物は、まだこの地域では発見されていない。
「そこは、あれよ。あってくれ」
私はふふっと笑う。
中野さんが私の顔を、ちらっと覗き見た気配がする。
「極端ですよね、先輩って。受験勉強ごときで。不器用なんですかね」
「少なくとも、器用ではないねえ」
「自覚あるんすねえ」
「お舐めになられてるでしょ、私という人間を」
中野さんは、わははと笑って応じる。
「シングルタスク脳でしょ。男の脳みそらしいっすよ、その傾向。先輩が彼氏できない理由かも」
中野さんは、男性と女性についての傾向とか、占いとか、決めつけとか、科学的根拠の乏しそうな話題に、やたらと詳しい。
そして、やたらと私に彼氏を作らせようともする。
「辞める前に、私に直して欲しかったこととか」
「体調不良とか言って、嘘ついて休んだこと」
私は食い気味に答えた。
「ごめんて。修羅だったんです、あの日。しばらくメンタルにきてたわ」
中野さんの仕事ぶりは、気分屋で、好き嫌いが日毎に違うから、合わすのが大変だった。
あと、余計なことを言って、お客さんをしょっちゅう怒らせる。
ナンパもよくされてた。
連絡先書いた紙を渡されて、それを私のズボンのポケットにねじ込んでこようとする。
好意を向けられたり、敵意を向けられたり、忙しい人だなと思ったものだ。
「確かに勤怠はまじめだったね。その一回を除き」
中野さんは遅刻もしないし、私と同じで10分前くらいにはお店に来るタイプだ。
週4までなら出てくれるし、きちんとお金を稼ぎたい人って感じがする。
「ていうか、店長が行ってた大学らしいですね、志望校。東京にある国立の理系って聞きました」
「中野さんは文系?」
「ん。不真面目系」
なにそれと思って私は笑う。
「先輩って、文系だと思ってましたわ。いろいろ言葉、知ってるから」
「理系だって、言葉くらい話すでしょ」
「確かに」
中野さんはそう言って笑った。
「だいたい、なんで私の志望校、知ってるの?」
中野さんの顔を見て言うと、中野さんもこっちを見て応じる。
「あのおっさん、めちゃくちゃ口軽いっすよ。聞いてないのに自慢してきました。中退してるんだから、出身面すんなっての。出てないでしょって。出身って漢字、私でも書けるわ」
「出されたって意味なんじゃない?」
中野さんは、げはげはと下品に笑う。
「うける。前から思ってたんですけど、なんであの人、先輩のことそんなに詳しいんすか?」
「ああ」
私はどう説明したものか、一瞬考えてしまう。
答えはすぐに浮かんだ。
「私の生涯で、いちばん長い時間、雑談した人だからかな」
あのくたびれたバツイチのおじさんが、この世でいちばん私のことを知っている気がする。
それでいいのかと、思ったりもする。
私はあの人から、社会で生きるための、すべてを学んだのだ。
「うわ、むかつく」
中野さんは、この世のすべてにむかついているから、むかつくの意味が、もはや私にはわからない。
「私って、何番目っすか?」
「ん。どうだろ。生涯だとわかんないけど、このお店では二番目じゃない? 中野さん、なかなか帰らないから」
三番目はさすがに竹丸さんかな。
楽しそうにしゃべってたギャンブルの話しか、記憶に残っていないけど。
パートさんたちは、帰るの早いけど、ゲスな話題で盛り上がったなあ。
「いやいや、先輩が帰らないんでしょう」
「あ、実は帰りたかった?」
「ん?」
「ん?」
「さあ」
なんで、はぐらかすんだ。
「親が心配するから、一応、日付が変わる前には帰らないとなんでしょ? その後、彼氏と出てくけどって。バレないように、玄関からじゃなく、窓から出るんだっけ」
転落防止の柵がついた窓から、器用に身体をくねらせて出ていくあの話。
絵面を想像したら、なんか、えっちだったなあ。
中野さんって、黙ってたら、えっち漫画に出てきそうな、きれいな白ギャルだから。
他愛もない話を続けていると、着信音が鳴り響く。
「うざ」
短く毒を吐いて、中野さんがポケットから取り出したスマホの着信音を消す。
乱暴な手つきで、ポケットにスマホをしまう。
「まだ早いわ。せっかく先輩としゃべってるのに」
ついでに時間を確認したみたいだった。
親からの呼び出しじゃないなら、彼氏なんだなと、私はわかった。
「出なよ。また浮気されるよ」
「うるせー」
文句を言いながらも、中野さんは笑っていた。
「彼氏できたこともないくせに、うるせー」
わざわざ言い直したことに、私は笑った。
それを見て、中野さんも笑った。
私たちは、いつものように、真夜中のコンビニの駐車場で笑いあった。




