第14話 高校二年生 冬4 yui
結衣 yui
失恋というものが、こんなに苦しいものだとは思わなかった。
クリスマスイブ。
お話ししたいことがあるから、いつもみたいに20時過ぎから通話できるかな。
レイくんは快く受け入れてくれた、はずだった。
『ごめんね』
約束の時間に現れなかったレイくんは、そのひと言だけを残して、連絡がつかなくなった。
もう季節は春になりかけている。
花粉症のパパが苦しみはじめたら、もうじき春がやってくる合図なのだ。
私はレイくんが送った言葉の意味を考え続けていた。
なにも手につかず、抜け殻のようになってしまった私を、家族や学校のみんなが心配してくれていた。
失恋が原因とは言いにくかった。
病気とかではないから大丈夫だと言って、私はみんなを安心させようとした。
ママは私を心配し、会社に掛け合って、在宅勤務に切り替えたりしていた。
手取りは少し減ってしまうけど、そんなことは心配しなくていいからねと言ってくれた。
申し訳ない気持ちだった。
自分が情けなくもあった。
どう奮い立たせればいいのか、わからなかった。
器用にできない自分と向き合うのは、はじめてのことだった。
ママが晩御飯の仕度をしている音を聞きながら、妹の部屋のベッドに寝転んで、私は今日も同じことを考えている。
自分の部屋にこもってひとりで考えていると、気が滅入ってしまうから、家族の温もりに包まれながら、考えるんだ。
あの日。
約束の時間に入ってこないレイくんのことを考えたとき、レイくんは私の想いに気がついていて、それでも受け入れることは難しいから、どう断ったものかわからなくて、入ってこれないのだと思った。
だから、私はレイくんが私のことを恋愛的な意味で好きじゃなくても構わないよって伝えたくて、あの日の最後のメッセージを送ったのだった。
告白した結果、振られてしまったとしても、レイくんとの関係を、あの日で終わらせるつもりなんてなかったから。
余計なことをしなければよかったという後悔と、レイくんの心に負担を強いてしまったのではないかという後悔と、その両方があった。
レイくんは、私を傷つけたくなかったのだと思う。
あの人はいつも、私の気持ちに寄り添ってくれる人だったから。
「単純にリアルで女ができたんじゃない? タイミング的にも」
ゲーミングチェアに胡座をかいて、地下アイドルらしい男性ユニットのSNSをパトロールして回っている妹が、ぶっきらぼうに言う。
妹にはデリカシーというものがない。
「闘争」ばかりに明け暮れているせいだ。
唯一、事情を知っている妹は、まったく頼りにならなかった。
「女と通話するの、禁止させられたんでしょ。彼女さんきびしーみたいな」
「うるせえ口だな。ふさいだろか」
「やーだ。怒んないで」
この女に、恋はまだ早すぎるんだ。
私だって、ちょっと早かったのかもしれないって、自覚しているくらいだから。
「推し変すればいいだけでしょ。人類の半分は男なんだから」
もう最近では、彼女なりの励ましなのかなって、思いはじめてもいる。
「おまえさん、他に言い方ってもんはないのかい」
他の人って言われても、あんなに完全無欠に理想の人は見つかる気がしない。
誰だって失恋したときには、そう思うのかもしれないけどさ。
「レイくんのなにがそんなにいいの? おもろい人だなとは思うけどさあ」
「そのおもろいところも、いいところでしょうよ」
「へー。お姉ちゃんって、そういう人が好きなんだ」
なんか心外だな。
生意気な口聞きやがってからに。
レイくんを小馬鹿にしてないか。
「やさしいんだよ。うまく言えないけど」
「うーん」
妹は納得いっていない様子だった。
私も言葉にすると、陳腐になるのを感じていた。
やさしいと言えば、そういうことになるんだけど、なんか違うんだよなあ。
「人って、だいたい、やさしくない?」
地下アイドルのパトロールを終え、お気に入りのアニメの二次創作サイトを漁りはじめながら、妹は言う。
「まあ、確かに。だけど、私が言いたいのは、そういうのじゃないんだよ」
「どういうのよ」
「遠回りなやさしさ? 気を遣われてるのとも違うんだよね」
「空気を読むの上手ってこと? お姉ちゃんじゃん。同属嫌悪の逆?」
「それがいちばん近い表現なのかなあ」
議論の末、たどり着いた落としどころがそこなのは、なんか納得いかないものがあるが、そんな気もするのだった。
「そもそも、レイくんってさあ、ずっと思ってたんだけど」
「なに?」
重要なことを言いだす気配を感じた私は、思わず身体を起こす。
びっくりしたのか、妹はゲーミングチェアを回転させて私の顔を覗き込む。
「え、やっぱいいや。夢、壊しそう」
私は妹が言いたいことを呑み込んだことより、画面に映っているものに気を取られた。
「おまえ、それ、えっちなやつ見てるだろ」
「あー」
妹は大慌てで胡座をかくのをやめ、振り返ってブラウザを閉じた。
私は立ちあがって、ゲーミングチェアの背中を掴み、画面を覗き込む。
「おっぱい見えたぞ、おっぱい」
「いやいや」
妹は半笑いでごまかそうとしている。
「乳首は出てなかったんじゃないかなあ」
首を傾げている妹に、私がにやけると、妹がどっと笑った。
私もつられて笑ってしまった。
妹といっしょにいると、こうやって、いつの間にか、元気が出たりもするのだった。




