第13話 高校二年生 冬3 reika
玲香 reika
クリスマス。
私はいつもの時間に出勤し、ロッカーを開けて制服を羽織ると、防犯カメラの映像をぼんやりと眺めながら、始業時間を待つ。
バックルームの扉が開いた音がして振り返ると、中野さんの姿が目に入った。
いつもどおりの様子だった。
「体調はよくなった?」
私は声をかける。
「え? なんでですか?」
中野さんはロッカーから制服を取り出しながら言う。
こっちを向いた顔はきょとんとしていた。
「昨日、店長から中野さんが体調崩したから、シフト変わってくれって」
「あ、まじっすか」
私が代わりにシフトを埋めたことは、知らなかったみたいだった。
「体調不良っていうか、浮気調査? 探偵? とりあえず、身体は大丈夫です。メンタルは最悪ですけどね」
「え、どういうこと?」
意味がわからず、私は訊ねた。
中野さんは苦笑いを浮かべながら、説明をはじめる。
「出張とか言って、いないはずの彼氏が普通に街を歩いてたんで、尾行しただけです。案の定でしたわ。泳がせてラブホ入ったところで、とっ捕まえてやりました」
「え、修羅場じゃん」
それって、えっち漫画だよね、もはや。
三人ではじまっちゃうやつ。
「ですです」
私が代わりにシフトを埋めたことで、いろいろな人が助かったことは事実だ。
ゆいちゃんにだけ、ひどい目にあわせてしまったなと、私は考える。
中野さんの彼氏とその浮気相手は、知らない人だから、不幸になった人間にはカウントしないことにするとして、だけど。
「既婚者とかじゃなくてよかったあ」
「ん?」
意味がわからないでいると、中野さんが付け加える。
「あ、彼氏のほうね。女はどうでもいいっす。いや、むしろ既婚者でいてくれたほうが報復としてはありだったか」
「そういうことね」
結婚詐欺の被害にあうおそれを懸念していたみたいだ。
男女の関係は経験がないから、いまひとつ、すぐにはピンとこないものがある。
「結婚を前提として、付き合ってたんだね」
「いや、当たり前でしょ」
中野さんは呆れ半分という感じで笑った。
呼び出し音が鳴り、中野さんが舌打ちする。
お店に出て仕事をしながら、私はもやもやした気持ちがわきあがるのを感じた。
中野さんと彼氏との関係なんて、私にはどうでもいい話だ。
中野さんはバイトを休めて助かったのかもしれないけれど、じゃあ、私はどうして、ゆいちゃんとあんなことにならなければいけなかったのだろう。
体調不良は嘘なのに。
本来、シフトを埋めなければならなかったのは、中野さんのほうなのに。
「まじっすか」じゃなくないか。
ほんとうは春休みが終わるまで、ゆいちゃんと遊んでいても、いいはずだったのに。
ゆいちゃん、ゆいちゃん、ゆいちゃん。
なんだか、とても、もやもやしていた。
◇
バイト終わり。
制服をロッカーにしまう順番を譲り合っていると、中野さんが声を弾ませながら話しかけてきた。
「ほんと、先輩が暇で助かりましたわ」
「あのね、私にも予定があるんだよ」
私はもやもやをふっとばす勢いで、中野さんの毒を払い除けた。
制服をしまって、ロッカーを譲ると、中野さんは制服を握りしめて固まっていた。
「彼氏できたんすか?」
彼氏彼氏としつこいなあ。
それしか頭にないのだろうかと、私は思う。
はやくロッカーに制服をしまえと思って無視していると、中野さんはさらに口を開く。
「えー、やだ。もしかして、友だち?」
「フ・レ・ン・ド!」
ぽかんと口を開ける中野さんに、私はロッカーを指さして促す。
中野さんは握りしめた制服に目をやってから、はっとした顔をしてロッカーにしまい込む。
「なんで英語? 友だちですよね?」
「友だちじゃない」
中野さんは疑問符だらけの顔で私を見ながら、また口を開く。
「friendくらい私だってわかりますよ。馬鹿にしてません? 友だちって意味ですよね?」
「いや、しつこいよ。中野さん」
「え」
中野さんはスマホを取り出して、なにやら調べる。
そして、スマホの画面を私に突きつけてくる。
「ほら、フレンドって友だちって意味じゃないですか。ふざけてないで、ちゃんと教えてください」
「ゆいちゃんは友だちじゃなくて、フレンドなの」
「ゆいちゃん?」
中野さんが、バックルームに響き渡るほどのでかい声でその名を叫ぶ。
勢い余って、ゆいちゃんの名前を教えてしまった。
中野さんは、とても面倒くさい女だ。
隠しごとをしようものなら、ねちっこく吐くまで食い下がってくる。
好奇心を抑えられない人間なんだ。
逃げていった竹丸さんの顔をわざわざ拝みに行くし、探偵ごっこまでして、彼氏のひみつを暴く女でもあるんだ。
「え、むかつく」
中野さんは、普段から全方位にむかついているが、今まで見たことがないレベルのむかつきが顔に出ていた。
なにがそんなにむかつくのか。
私がわからないでいると、中野さんは私を睨みながら言う。
「彼氏いらないとか、友だちいないとか、そんなこと言いながら、それって」
中野さんはきれいに手入れされたサラサラの髪を、自らわしゃわしゃに掻きむしって続ける。
「先輩、『偏屈』って言葉知ってます?」
「知ってるわ」
「いや、もう一回、意味を調べたほうがいいです。騙されたと思って」
私が偏屈な人間だと言いたいわけだ。
私はただ、自分の考えを素直に話しているだけであって、偏屈呼ばわれるされるいわれはない。
「じゃあ、あなたは『エゴ』という言葉の意味を調べてきてね」
私は中野さんに宿題をつっ返す。
「はあい」
意味がわかっていないらしい中野さんは、にこりと笑って、奇妙なほど素直な返事を返してきた。




