悪役令嬢に転生したので、婚約者として正しく振る舞った結果
……お、おい……こんな事が信じられるか……?
目の前に、昨日までやってたゲームの登場人物が居るぞ……!!
王太子とアイラをぽかんと見ていると、向こうもこちらに気づいた。
王太子の表情が、わずかに引き締まる。
「……フィーネ。何か問題でもあるのか」
声音が冷たい。
明らかに警戒されている。
――え? 既にハードモード?
隣のアイラが小さく身を引く。
そして、王太子の後ろに隠れるような位置へ。
「……大丈夫、ですか」
妙に遠慮がちで、妙に胸をざわつかせる声。
というか、なんで怯えてるのよ。
……あれ?
今、呼ばれた名前――。
ばっと自分の制服を見る。
見覚えのある意匠。
胸元の紋章。
――王太子婚約者の証。
「えっ……ええっ……嘘でしょう!?」
思わず叫んだ声が廊下に響いた。
周囲の生徒たちが一斉にこちらを見る。
ひそひそとした空気が、波のように広がっていく。
「また何か……」
「殿下の前で……」
「本当に困った方ね……」
王太子が静かに息をついた。
「フィーネ、落ち着け」
感情のない声。
澄んだ声、素敵……じゃなくて!!
その言葉に、アイラが不安そうに王太子を見上げる。
「殿下……」
「大丈夫だ」
まるで彼女を安心させるような声色。
――ああ。
間違いない。
ここは乙女ゲームの世界で、
私は王太子の婚約者で、
そして――
私は“悪役令嬢”だ。
「課金までしたのに……なんでよ!?」
◆
「よりによってフィーネに転生……普通ここはアイラでしょ……」
部屋のベッドで、ごろごろと転がる。
「しかも既に嫌われてるじゃん……というか学園生活後半だしぃ……」
天井を見上げたまま、ゲームのフィーネを思い出す。
学園の廊下で声を荒げ、
王太子の前でアイラを責め立て、
感情的に取り乱す姿。
「いや、気持ちはわからんでもないけど……」
確かに、アイラと王太子の距離感は近すぎる。
ゲームだから仕方ないけど、フィーネから見たら許されないわよね。
「どうしよう……このままでは虐めを突きつけられて、婚約破棄→修道院行き……」
よくある悪役令嬢転生ものって、
だいたい二人に関わらなかったりするのよね……。
それが正解かもしれない。
……でも。
「殿下とアイラのいちゃついた姿、見たくない……」
ゲームで操作する分には楽しいのに。
第三者視点になると、胃がきゅっと縮む。
アイラは平民だったが、聖女の才覚を認められ、特別枠で学園に入った――という設定だ。
人懐っこくて、善意で動く。
誰かが困っていれば迷わず手を差し伸べる。
でも同時に、
自分の正しさを疑わない。
感情を優先し、距離感は近い。
相手の立場や周囲の視線より、
「今、こうしたい」を選ぶ。
ゲームの中では、それが魅力だった。
けれど、現実で見ると、
少し違って見える。
……いや、かなり違う。
「……そういえば……」
今まで色々小説やらゲームで見てきたけど――
「アイラみたいな子って、変わるの?」
◆
翌日。学園の中庭は、いつも通りの賑わいだった。
石畳の道を歩きながら、私は周囲をそれとなく見回す。
――いるはずだ。この時間、あの場所に。
そしてすぐに見つかった。
大きな噴水のそば。
王太子とアイラが並んで立っている。
何度も見た光景だった。
王太子は手にした本を開き、
アイラは少し背伸びをしてそのページを覗き込んでいた。
「この魔法理論、難しくて……」
「基礎式を分解すれば分かる。ほら、ここだ」
王太子が指で文字をなぞる。
アイラの肩が自然に王太子の腕に触れた。
――近っ。
距離近すぎ!
普通なら、ここはスルーが鉄板。
しかし――
私は一歩踏み込み、二人の間に立つ。
「――この距離なら問題ありませんわ!」
王太子とアイラを交互に見て、静かに微笑む。
「では、失礼いたします」
それだけ言って、そのまま去る。
「……え?」
背後で、アイラが首を傾げた気配がした。
「……怒ってたのかな?」
王太子が、苦笑する。
「いや。あれは怒っているわけじゃない」
「そうなんだ。よかった」
アイラは素直に笑う。
「びっくりしちゃった。急に来るんだもん」
王太子は、少しだけ視線を逸らした。
離れた場所で、生徒達が小声で呟く。
「……なんだ今のは」
「今日は叫ばなかったわね」
そう。
私は堂々と注意することにした。
ただし、感情的にならず、事務的に。
アイラと王太子が、私の介入によりどう変化するかを。
◆
後日。
王太子の周囲には男生徒たちが集まっていた。
そして当然のように、アイラ。
私は、その輪に割り込んだ。
「私が入れば問題ありませんわね」
にっこり微笑む。
「殿下のお話の場に女性が一人では、誤解を招きますもの。婚約者としてご一緒いたしますわ」
男生徒たちは一瞬だけ顔を見合わせる。
「フィーネ様も一緒にお話しするんですか?」
アイラは少し驚いた顔をしていた。
「なんだ、怒ってるのかと思った」
……こいつ。
怒りが喉元までせり上がる。
けれど私は呑み込む。
「ご心配なく。私は正しに来ただけですから」
誰も、笑わない。
そして王太子は、何も言わなかった。
◆
ある日。
アイラが王太子の腕に触れるのを、目撃した。
「それで――」
話の途中に、
私は一礼して割り込む。
「失礼します」
そして、王太子の腕に触れる。
内心で叫ぶ。
触ってしまった! 触ってしまった!!
でも顔は無表情を貫く。
「どう思います?」
アイラは驚いて、それから――笑った。
「仲良しなんですね!」
そう来るか……。
私は視線を外さず、淡々と言う。
「あなたがしていたのは、こういうことです。
客観的には、そう見えるのですよ」
「……え?」
アイラは王太子と私を交互に見る。
「違います、私はそんなつもりじゃ……!」
慌てて続ける。
「殿下は友達で、私、ただ話していただけで……」
私はそれ以上言わない。
言えば言うほど、彼女は自分の常識に逃げる。
だから、切る!
「ええ。なら、距離を考えてくださいませ」
それだけ残して、私は去る。
周囲の学生たちから小さな声が落ちる。
「……気づかなかったの?」
「いや、見ようとしてなかったんだろ」
◆
それでもアイラは変わらない。
なんなの、鋼の心すぎない?
ただ、周囲の私への評価は、じわじわ変わっていくのがわかった。
逆に、今まで曖昧だったものが可視化される。
――この距離感は、異常だ。
――婚約者が黙って耐えるものじゃない。
――王太子は、なぜ止めない、と。
そして私は、小さく会釈を返されることが増えた。
気づけば、生徒たちは私を避けなくなっていた。
――ある日の放課後。
学園の回廊で、王太子が一人で歩いているのを見つけ、私は呼び止めた。
「殿下。よろしいでしょうか」
「……なんだ」
「わたくしと、婚約破棄なさらないのですか?」
王太子は眉をひそめた。
「……何を言っている」
「アイラさんがお好きなのでしょう?」
王太子は息を吐く。
「婚約は王家のものだ。
軽々しく扱える話ではない」
……えっ。
なんで否定するの。
学園での行動は、あんなに軽々しいのに。
「では、彼女を遠ざけてください」
王太子の言葉が、詰まる。
「……それは、彼女は何もしていない」
ああ、この人も、何も変わらない。
「それでは困るのです」
一礼し、踵を返した。
――これでわかった。
頑張っても、状況は変わらない。
ゲームのストーリーには逆らえない。
「そっか……」
目を伏せかけたが、
私は前を向き、背筋を伸ばした。
◆
卒業の日。
王太子が、周囲を見ながら呟いた。
「……もう終わりか」
隣でアイラが笑う。
「早かったですね」
王太子が口を開きかけて、閉じる。
「卒業したら、どうするんだ」
「家に帰ります。
父が迎えに来るんです」
「そうか」
アイラが少し照れたように笑う。
「殿下と会えなくなるの、ちょっと寂しいです」
王太子の指先がわずかに動く。
「……俺もだ」
アイラは嬉しそうに笑う。
「また会えますよね?」
「……ああ」
「よかった」
頬を染め、目を伏せる。
「私、殿下とお話しする時間、好きでした」
ここで王太子は一歩踏み出しかける。
「アイラ――」
言いかけたその時、足音が近づく。
私は二人の前に近づき、殿下に言う。
「殿下、お幸せに」
王太子の表情が、そこで初めて固まった。
「……どういう意味だ」
「国王陛下に証言を提出して、婚約破棄をお願いしているの」
生徒たちが私を避けなくなった頃、
私は証言を集め始めていた。
学園内における不適切な接触、
誤解を招く行動、
注意の経緯――
驚くほど簡単に集まった。
王太子は、息を止めたように動かない。
「父上が承知したのか」
「はい」
「そうか……」
隣で、アイラが小さく呟く。
「……え? 婚約破棄?」
そして王太子を見る。
「どうして?」
王太子は目を伏せた。
「私のせいですか?」
周囲の生徒たちが、小さく囁く。
「……やっぱり」
「惜しい方だったわ」
「フィーネ様、まともだったのに」
「そんなつもりじゃなかったのに……」
アイラは、泣きそうな顔で首を振る。
「私、何もしてないのに……!
誤解です……!」
――誰も何も言わない。
私は振り返らず、
そのまま学園を去っていく。
春の風だけが、静かに吹いていた。
スピンオフです。お暇な時にどうぞ。
『聖女と私』
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