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それはそれ、これはこれ


『今回、サオトメとドライトには交換留学生として二日間ほど日本の高校の授業に参加してもらう段取りとなっています。たった二日と思われがちですが三日目からは課外授業と偽って校外活動に移り、残りの二日をホームステイ先での意見交換会及び交歓会を行い、最終日に関西へと発つ流れとなっています。これで月火水木金を可もなく不可もなく消費して怪しまれることなくその高校を出ることができるでしょう』

「あの、なんで私たちがバックアップじゃないんですか?」

『魔女の仕事が実際にどんなものか経験しないと次の段階に移ることは困難ですから』

 だからって今や過度にやり過ぎるとパワハラにすら該当しかねないOJTを魔女界隈で経験することになるなんて思わなかったんだけど。

「淫魔が私たちの手に負えなかったらどうしたらいいんでしょうか」

 アミューゼが不安げに私のスマホへと声を掛ける。

『問題ありません。今回の事案については把握しています。淫魔ごときに遅れを取ることなんてあり得ませんが、お二人の手に負えない事態に発展した場合は私が問題なく共感可能です。でなければ私がバックアップに選ばれることはありませんのでご安心ください』

「ですが、ルルル・ラウドさんは、」

 先輩魔女の名を出すと、スマホ越しに「シーッ」と静かにすることを求められる。口元で人差し指を立てている様子が脳内で簡単に想像できる。

『もうすぐ高校に着くのでは? よそよそしい会話は怪しまれます。スマホで連絡する際、私のことは『先輩』又は『先生』とお呼びください。高校にはお二人のホムンクルスも潜入に成功しております。多少の不整合はどうとでもなりますが、念には念を入れてください』

「分かりました」

『では、ご武運を。私は推しの配信を見なければなりませんので』

 通話が切れて私はスマホを鞄に納める。


 最後、不穏なこと言ったな。もし私の手に負えない相手がいたとして、それが推しの配信とやらと時間が重なったらあの人は私たちを選ぶだろうか? 魔女の特質性から鑑みると選ばない気がしてならない。なんとしても私たちの手に負える相手であることを願うしかないじゃん。


「私、上手く偽装できていますか?」

 制服姿のアミューゼは落ち着きがない。だが、私も私で制服姿なので同じように落ち着きがない。

「似合ってるよ。私なんて全然」


 あの試験以降、取り繕っていた私の化けの皮は剥がれてしまったため、アミューゼの了承を得た上で敬語はやめた。ちなみにアンテオとジルヴァラには鼻で笑われたのであの二人には敬語は継続している。多分だけど庶民が一生懸命に敬語を使おうとしている様が滑稽だから拒否ったんだと思う。っていうかそうに違いない。


「そんなことありませんよ。ミイナさんの方がずっとずっとお似合いです」

「やめよ、お互いに虚しいだけだから」

 互いに互いを褒め合っても虚無なのでさっさとこの流れは断つ。


 この私が制服に身を包んで高校に潜入しているなんて師匠が見たら爆笑されることだろう。いや多分、どこかで見て爆笑していそうだけど。

 でもなんか、ウキウキしてしまうな。私とは縁遠いと思っていた高校に、しかもその制服を着ることができるなんて。ある種の憧れだったんだよね、こういうの。今時、学校で指定されている制服着用が義務付けられているなんて古臭いかもしれないけど、私は羨ましいと思ってた。両親が夜逃げなんかしなかったらここの高校じゃないけど通えていたと思うけどね。私、馬鹿ではない方だったしもし馬鹿でも馬鹿なりの高校には通えてた。まぁ夜逃げなんてするぐらいだからきっとお金無かっただろうし、合格しても無理だったかもだけど。そもそも入試費用が工面できていたかも怪しいか。


「でも良かったです。初めてのお仕事がミイナさんと一緒で」

 アミューゼはお淑やかに、それでいて愛想良く私へ微笑みながら言う。和んでしまいそうになる。割と火力高いな、この子の制服姿は。

「そこは同感。私も師匠とは魔法の勉強しかしてこなかったし」

 それ以外のこと全然教えてくれなかったもんな。

「やっぱりそうですよね。私も母に厳しく……才能が無いと言われたくらいなので」

 これは私が地雷を踏んだわけじゃない。自分から地雷を踏みに行っただけだ。だから私は悪くない。

「『魔女の大釜』で手続きを済ませたら師匠のところに帰れると思ったのに」

「え、そうなんですか? 私は母から聞かされていましたよ? 『魔女の大釜』に入ったらしばらくは帰ってこられないと」

 やっぱりわざと私にそういった情報を秘匿していたんだな。全部面白いものを見るためだったり? そこまで酔狂な人だったのかな、私の師匠は。なにか意図があったならいいけどなんにもなかったらショック……か? ショックではないか、物凄く軽蔑はするだろうけど。


 高校には先に話が通っていたため、交換留学生としての潜入に支障はなかった。全てがスムーズに進み、クラスでの自己紹介も終えてから授業を受ける。正直、どの教科もなんのこっちゃだったので寝ないようにする方が大変だった。昼休みにはアミューゼと共に食堂でランチを済ませ、声を掛けてくるほぼ同い年の生徒への対応にも追われた。なんだか忘れかけていた青春を思い出しかけたが、五時間目の授業終わりと共に教師から呼び出され、職員室を通って校長室へと案内された。


「我が校はどうでしたか? 魔女の皆様」

 随分とお堅そうな男性だ。髪、体格、声色、それらを分析しておよそ五十代後半から六十代前半といったところだろうか。さすがに挨拶もなく魔女の単語を使ってきたので身構える。

「ご安心ください、この高校の校長は『魔女の大釜』を認知しており、こちらもまた彼を認知しています」

「ここにいたんですね、キルト」

 校長の隣に立つ個人秘書の装いをし、眼鏡を掛けた高身長イケ女にアミューゼが反応する。

「ご主人様の潜入のみならず一切合切を(よど)みなく進ませるため、こちらの方の傍に付いております。この高校で起きている事態に対処しようとすれば魔が彼を操ろうと近付くやもしれません」

 あのキルトと呼ばれたイケ女がアミューゼのホムンクルスらしい。やはりファルシュと随分と異なる体格と性格を持っているようだ。それは置いておいて、キルトが校長を警護しているのは正しい。だってこの高校を掌握するのならやはりこの閉鎖空間において一番地位が高いと思われる人物を手駒にしようとする。校長自身に実行力が無いとしても、高校で起こる性被害の数々を揉み消す動きを取らせることは可能だろう。どうせそんなことをしたって教師陣が告発して炎上するけど、時間稼ぎにはなる。

「あまり聞くものではありませんが、この高校で起きた性被害の件数は?」

「私が把握しているものでもおよそ二十人」

 馬鹿げた数字が出てきた。そんなもの揉み消すどころではなく生徒間のSNSで簡単に世に出るだろうに。

「その中で被害を受けたと思っている女子生徒は五人にも満たないのです」

 私の口をあんぐりと開けた驚きから察するものがあったらしく校長は事態がそんな簡単なものではないと伝えてくる。

「つまり十五人は性被害に遭っていても、そう思っていないんですか?」

「夢の中での出来事だと思い込んでいるのです。私は男ですので直接話を聞くわけには参りませんでしたので『魔女の大釜』からカウンセラーということで魔女の方々にヒアリングをしてもらいました。すると……」


「五人は確実に肉体が穢されたという確証を持っているものの、残りの十五人は淫らな夢を見ただけと思い込んでいるのです」

 言いにくそうにしている校長の代わりにキルトが言葉を続ける。

「つまり、大多数は体を穢されているにも関わらずそのことに対して思う節が見当たらない状態にあります。ですが十五人には確かに魔の痕跡がありました。痕跡とは魔力の残滓を現し、性交渉によって生じるいかなる体液とも異なります。なので目視で被害に遭ったかは魔女や私たちにしか判別不可能です。なので、それでも五人が被害に遭ったと思う理由は一つしかありません。このことから推測するに十五人は既に性経験を、」


「それ以上は言わないでください」

 キルトが物凄くプライバシーに関わることをハキハキと喋り切ってしまいそうだったためアミューゼが止めた。

「こんなことで自らの大切な物を奪われるなんて、あってはなりません」

 彼女は心苦しそうに呟いた。


「五人はショックで未だ高校に復帰できないままです。このまま自宅に引きこもり、中退になるやもしれません。私は教育者として引き止めたいと思う一方で、そのような苦しみに遭った生徒をどのような言葉で支えられるのかと、どれほどに考えても思いつかないのです」

「本心で言っていますか? 高校という閉鎖空間では常にマウントの取り合い、意地の張り合い、生存競争の連続。そこには勝者と敗者が常に存在し、勝者の心のケアは手厚く敗者の心のケアは見て見ぬふりをしていませんと誓えますか?」

「ちょっとキルト!」

「私は自らを教育者と名乗る者を信じてはおりません。信じるのはご主人様の言い付けと『魔女の大釜』の指令のみ。ですから私だからこそ聞けるのです。この空間に、この異常な空間に、一つとして魔が起こす事案以外の歪みはないと言い切れますか?」

 無茶苦茶を言う。魔女の思考が極端であることを如実に表している。ホムンクルスですらこれなのだから、私たちが一般的に見て社会性を持っていないことなど即座に分かることだろう。

「歪みを正し切ることはできません。どれほどに考えても問題は幾らでもあちらからやってくる。私ができるのはそれを抑え込むことだけ。どうにか、どうにか必死に抑え込むことだけ。ですが、一部の生徒や一部の教師の言動一つがトリガーとなり、形を保っていたものは割れて砕け、元通りには戻らなくなります。ですが、それとこれとは別問題。それは私の時間稼ぎが起こす失態。でもこれは、私の失態となんら関係のないものです。私がこの事案によって高校を去るのならそれも運命と受け入れましょう。ですがその前に、あなた方にどうか私となんら関わりのない部分で起きた事案を切除していただきたい」

「実に耳心地の良いお言葉です。まさに言葉と生徒、他の教師を盾にしていることの表れとも言えます。なんなら自らの言葉に酔っているのでは? しかし、確かにそれらはあなた方の問題であり、今回の性被害とは別物であると言えます」

 キルトが視線をアミューゼに向ける。

「私たちは魔が生み出した膿を切除します。その後に起こる高校のありとあらゆるいざこざと私たちは無関係。それで構いませんか?」

「ええ、はい。とにもかくにも、これ以上の被害を出さないことがまずは優先すべきことですので」

 なんともよく分からない着地点だ。良いことを言っているようで責任逃れを滔々(とうとう)と垂れ流しただけにも思える。だけど校長の言い分については私もちょっとだけ分かる。

 それはそれ、これはこれ。高校で起きている問題が二つあるとして、片方がこの空間の問題だとしてももう一方の淫魔による性被害はこの空間が引き起こした問題ではない。だからこそ私たちは後者を切り取らなければならない。蹴落とし、蹴落とされ、人間同士のいざこざで引き起こされる様々な問題と向き合いながら送る当たり前の高校生活を取り戻してあげなければならない。

「キルトはこのまま校長先生の傍に付いていてください。やはりなにかしらの干渉を行ってくるかもしれません」

「承知いたしました」

「あとは生徒への聞き込みか」

 そう言うとアミューゼが首を縦に振った。このあと、生徒たちは六時間目の授業を受けてその後、クラスで帰りのSTを済ませて部活動に移る。六時間目のあとでは遅い。このタイミングじゃないと時間を取っての話し合いの場は作れなかっただろう。

「こういったことってどのように聞き込むのが正しいのでしょう?」

「さっき掲示板を見てきたけど、面白い部活動があったよ」

「部活動?」

「オカルト研究会。いわゆるオカ研」

「……オカ、なんです?」

「私たちみたいな魔女とか未確認生物、もしくは霊的な存在、そういった様々なものについて調べている感じかな」

 オカルトの発祥なんてそれこそ欧州辺りだろうと勝手に睨んでいるんだけどアミューゼはそもそも魔女の血筋なのだから気にしたことがないのかもしれない。だって自分自身がオカルトそのものみたいなものだから。

「私たちみたいなのが行って、変に思われることはないんでしょうか」

「むしろ喜ばれると思うよ。私は日本生まれで日本育ちだけどここでは日系ってことになっているし、あなたはお父さんが日本のハーフで翻訳の仕事をしていた。つまり私たちが日本語を流暢に話せても不思議じゃないから、カタコトの日本語を使わなくていいし向こうも慣れていない英語で話しかける必要もない。私はともかくアミューゼはオカルトの本場を知っているから絶対に受け入れられる」

「そうでしょうか」

「だから聞き込みはアミューゼに任せて、私は校舎の中を歩いてみようと思う」

「事案内容から次に狙われそうな生徒には目を付けないといけませんからね……被害を訴えた五人の特徴は確か、えーっと…………キョロ充? すみません、キョロ充ってなんですか?」

 そのワードは最近だと陽キャ陰キャに合わせてどんな言葉になってるんだろ。コバンザメ……はもっと古いのかな。あれかな、中間だから中キャ? 面倒臭いからキョロ充でいいや。

「陽キャのグループには入っているけど完全な陽キャじゃないって感じ。無理して陽キャと一緒にいる人とか、あとは高校デビューしてなんとか陽キャと仲良くなろうと意気込んでいるみたいな」

「高校デビュー……ああ、あの痛いやつですね」

 ストレートで真っ直ぐに物凄く人の心を抉るのが上手くね、アミューゼは。

「私、そっちに割と近いから。案外、喰い付くかもしれない」

 ヒラッとスカートの裾を摘まんでみたりするが、そういえばここは校長室だったんだと思い出してすぐさま行動を正す。やっぱり年長者に見られていると落ち着かないものなんだな。師匠や試験のときにいた魔女からは一切そんなこと思わなかったのに。


 私が未だに高校に未練を持っている表れかもしれない。なんだかんだで中学時代は楽しかったからな。まだあの楽しさを味わいたいと思っているのだ。そんな延長線上で高校に行ったところで、惰性でしかないから将来の目標の一つも見つけられないのに。


「じゃ、アミューゼはこの手書きのチラシの案内でオカルト研究室に行ってきて」

「あ、はい」

 掲示板から取っておいたチラシを彼女に渡す。方針は決まったので校長室から職員室を経由して廊下へと出る。

「あの、ミイナさん」

「なに?」

「なんだか、いつになく張り切ってますね」

「そりゃ張り切るよ。私の憧れの高校っていう空間を淫魔が穢しているんだから。あっちゃならないんだよ、こんなこと。アミューゼも分かるよね?」

「……はい。だから私も頑張ります。なにかあったらスマホで連絡をしてください」

「うん」

 廊下でアミューゼと別れる。

「ここからどう出ようかな。そして、どう出てくるのかな……下級悪魔は私たちみたいな候補生の魔力すら掴めないはず。交換留学生という肩書きは奴らにとってそそるものなのか。私みたいな女は奴らにとってどう見えているのか」

 キョロ充の立ち回りは分かってる。周りの雰囲気に迎合しているようで行き過ぎたウェーイには付いて行けない感じ。顔は笑っても目は笑ってない。心の奥底でそういう勢いめいた陽キャを貶してる。陰キャとは違うんだと心掛け、陰キャみたいにはならないぞと意気込み過ぎて空回りする。そうして陽キャのグループでちょっとよく分かんない立ち位置になって日々、どうやったら打ち解けられるんだろうかと悩んだ果てに違うグループで安定し始める。丸っきり中学に入りたての私だけど。

「あの時は陽キャが輝いて見えたんだよなぁ」

 ファッションの最先端を知っていて、男を惑わすテクニックをなんとはなしに知っていてそういう仕草も取り入れていて、SNSでちょっとバズったり。なんかすっごい格好良かった。


 それとは正反対のところに身を置いているから、その頃の自分をバカバカしいと思えるようにはなったけど、でも多分、魔女なんてやらずに高校に通っていいとなったら私はそれを受け入れるし、またスクールカーストトップのグループに入るために試行錯誤すると思う。自分のそういった行いをバカバカしいと思っても、陽キャの勢いを力強く否定できるほど私はこの環境に満足感を得ていないから。


「なら隙がある女子がタイプなのかな。いやでも、そうじゃない。多分もっと分かりやすいくらいに……キョロ充以外の共通点はなにかあるかな」

 資料には目を通しておいたのでほとんどは頭に入っている。顔立ち、身長、体重、スリーサイズ。頭の中で照合を続けてみるが四十人全員の顔まではさすがに覚えているわけがないので、あんまり意味がないかもしれないと思い立つ。

「中学校の卒業式、行きたかったな……」

 中庭で休み時間終わりのチャイムが鳴り響き、慌ただしく教室へと戻ろうとしている生徒たちを見て、ほんのりと後悔が満ちる。けれどこの後悔は私にとって大事なものだ。これがあるから私は魔法が使える。ありがたいことにまだ私の感情は生きているようだ。

「ん……卒業?」

 立ち止まる。立ち止まって考える。

「まさか、ね」

 私はキルトが持っているであろう資料をもう一度見ようと思い、踵を返す。


 目の前に立つ黒い影が私の視界を遮り、そして唐突に訪れた睡魔が私の筋肉を弛緩させ、緩やかな眠りに誘われた。

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