人工の生命
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『魔女の大釜』に所属することを認められた魔女候補生は特別棟に案内され、個人の研究室を与えられる。そこは寝室等も兼ねており、私たちはしばしの間、『魔女の大釜』の管轄内で生活しなければならない。全寮制の学校に入学したような気分だ。いや、全寮制の学校になんて入ったことがないから知らないけど。
「野良魔女にならないために魔女候補生になって登録しようとしているのにふるいに掛けられて落とされるとか高校受験や大学入試と変わらないじゃん。そりゃ野良魔女がいなくならないわけだよ」
研究室に設置されている簡素なベッドに身を委ね、不満を口にする。私は別に養成所で送れなかった学生生活を求めているわけじゃない。さっさと手続きを済ませて、さっさと魔女として認められ、そして師匠の元に帰りたかった。師匠も養成所は学習機関ではないと言っていたし……ああでも私に嘘の機関名を伝えていたんだったっけ。じゃぁこの前の話もほとんど嘘ってことを前提に考えなきゃならないってわけか。
「『魔女の大釜』って名称があるのに別名が養成所で私たちは候補生。統一感がないのはそれっぽいけど」
あれやこれやと名称を付け足していったら収拾がつかなくなった感がありありで、その辺りに魔女の非日常性を感じる。私の師匠もそうだけど、纏まりがない。纏まれないのかはともかくとして様々な情報をひたすらに掻い摘まみはするものの後片付けをせずに散らかしたままにする。そうすると文字通り『魔女の大釜』らしく、様々なものが放り込まれ、煮詰められたカオスを生み出すのだ。
「そして私もそのカオス側……まぁ、分かっていたことだけど」
コンッコンッとドアをノックする音がしたのでベッドから起き上がって向かうも、既にその扉は開かれていた。開かれた上でノックをされていた。
「私たちにプライバシーはないのか」
「嘆かれても困る。ドアが閉まっていた状態でノックしている。だが反応がなかったからドアノブを回したところ開いてしまった。女の一人暮らしなら施錠ぐらいはちゃんとした方がいい」
「女……女?」
魔女という言葉の通り、この場所にいるのは女性だけだろう。なのに女という単語をわざわざ強調する意味が分からない。
「俺の担当魔女は馬鹿なのか? 『魔女の大釜』という組織は確かに魔女を中心にして成り立っているがそれを支えるのは女だけじゃない」
なぜだか知らないが明らかに私より背が低い年下にしか見えない男の子に呆れられている。そう、男に私は呆れられている。
「なんで男が!?」
「そこはさっき説明した」
「だからなんで男が私のところに来るわけ?」
そんな経験、これまで一度も……いや、さらわれそうになったときにあるか。でもあれって経験に入れていいものじゃないだろ。
「実際のところ、俺は男と呼べる人間でもない。かといって、女と呼べる人間でもない」
男の子は言いながらおもむろに胸元をはだけさせ、左胸の刻印を見せてくる。
「なぜ目を逸らしている?」
いや、だって、異性の上裸をまともに見たことがないから。
心の中で言い訳したって仕方がない。私は恐る恐る男の子へと向き直る。
「ホムンクルス?」
「残念ながらフラスコの中に入れるほど小さくはないがな。俺に生殖器はない。よって、担当魔女に手を出す性欲もなければどうこうする術もない。俺の命は常に『魔女の大釜』の管理下にあり、少しでも手を出そうものならこの肉体は刻印によって弾け飛ぶ」
だから男の子の容姿をしていても気にするなと言いたそうだが、そんなことで気にならないなら世の中の女性はショタにメロつかない。でも私はその属性を有してはいないし、出来れば高身長イケメンの方がずっとメロつくんだけど。
「ホムンクルスの見た目は敢えて担当する魔女の好みから外される。当然だろう? ホムンクルスに理想を求めるなど人形遊びとなんら変わらない」
辛辣なことを言う。これも私の好みから外されているということらしい。まぁ、確かに高身長イケメンに優しい言葉を投げかけられたら私は私じゃいられなくなりそうだ。にしたってこの年下の男の子でありながら西洋人形のような顔立ちは世のお姉さま方からしてみればそそるものがあるんじゃなかろうか。それでいて口調が生意気なのだから、需要は満たせそうだ。大体、金髪碧眼ってところがズルい。
「話を戻そう。俺は名はファルシュ。いわゆるイミテーション――模造品だ。他のところのホムンクルスはどいつもこいつも自分の好きな名前を付けるようだが、俺は面倒臭いから最初に与えられた名前を使っている」
「面倒臭い?」
「名ばかりが広がったところで実力が伴わなければ意味がない。大それた名を付けるよりは実力を身に付けることを優先するべきじゃないか?」
「……そうだね、それはそう思う。でも、名前は面倒臭いものじゃない。名前は私たちを構成する要素の一つだから。この世に名前のないものなんてないからね。あるとしたら未確認生物だったり、あとは」
「魔女狩りが操る異形の者」
ファルシュには私たちと同じ知識が頭に入っているようだ。
「だが、かの有名なフランケンも読み解けば名無しの怪物だ。しかも俺と同じ人工生命体。やはり名前はさほど重要じゃないのでは?」
この捻くれホムンクルスめ。
「ああ、悪い。どうやら担当魔女を困らせてしまったみたいだ」
謎の勝利宣言をされる。ムカつくを通り越して苛立つ。魔法を一発お見舞いしたいくらいだ。なんなら今すぐ『魔女の大釜』に頼んでその命を散らしてもらったって構わない。私は容姿になど惑わされない。ムカつくし苛立つ相手は消えてくれて構わない。
問題は消えてほしいと思う奴らがどいつもこいつも実力を伴っていること。アンテオもジルヴァラもさっさと私の前から消えてくれないだろうか。とはいえ、私の目の前で消えられると良心の呵責が起きるため、目の届かないところで不運に見舞われないかと思う。だが、そんな他人の不幸を願っている時点で終わっている。順序の逆転になるが、こんなことを思っているんなら私の人生が終わりかけたことは物凄く妥当だったと言える。
「ってか担当魔女ってなに?」
「魔女候補生には原則としてホムンクルスが一人――一匹か? とにかく遣わされる。それは『魔女の大釜』が魔女候補生を監視するのと同時に、怠慢や堕落を防ぐためだ」
「堕落? 怠慢? それって七つの大罪的な?」
「いいや、単純に生活能力を指す。魔女もそうだが魔女候補生はどいつもこいつも生活能力に欠けている。食事を忘れて研究に夢中になり餓死しかけたり服薬実験で自分自身を使って死にかけたり、耐衝撃実験と称して自分から車に突っ込みに行く。そういった、モラルどころか人として終わっている部分を俺たちが補佐する。生活環境を整え、実験には俺たちを使うかモルモットのように小動物を用いることを提案し、画期的な手術などという聞こえはいいがただの肉体改造及び人体実験を未然に防ぐ」
「そんなイカれた人たちがいるの?」
「まるで自分はイカれてないみたいな物言いだな」
なんで私の担当になったホムンクルスなのにこいつは主人に攻撃的なんだろう。ちょっとは主人を立てることを言えないものかな。
「チェンジで」
「なにが?」
「いや、言いたかっただけ」
世の男どもが使う言葉の真意を垣間見た気もする。だがそれでも理不尽だけど。
「なにはともあれ、よろしくミイナ・サオトメ。俺のご主人様。以後、どちらで呼ばれたい? 或いは提案があるなら聞くだけは聞くが」
「マスターでいいよ。私はあなたをファルシュと呼ぶ。時々、腹が立ってあんたとか言い出すけど」
「了解だ」
ファルシュが差し出した手を私も同じように手を伸ばし、握手を交わす。手から伝わる体温は人間と変わりなく、本当に人工生命体であるかどうかすら分からなくなってしまうが、無駄な感情を抱かない。それはきっと今後において邪魔になる。
「早速だが『魔女の大釜』から連絡がある。二日後の月曜日から某所の高校に潜入してもらいたい」
「なんでこんな全寮制の学校に入学したみたいな状況で次は高校に行かなきゃならないのよ」
「そこに魔女狩りの痕跡がある――などと嘘八百でマスターを騙してしまいたいが、言ってしまおう。某所の高校にて女子生徒が性被害に遭っている」
「……大問題だね。それは教師? それとも生徒間?」
「恐らくは生徒間。だが教師の線も捨て切れない。だが、これはただその高校で起きている問題を表沙汰にする内部告発のために情報収集をするのではない。調査によると性被害に遭った女子生徒より魔力の痕跡が残っている。曰く、『夢の中で悪魔に誘われた』。しかしそれは夢ではなく、現実に身を穢されていた」
「じゃぁ淫魔か」
わざわざここまで説明するのだから推測できる。性被害と聞いた時点で答えには行き着いていたようなものだけど。
「何者かに憑依している可能性が高い。見つけ次第、処分しろとのことだ」
ファルシュは随分と物騒なことを淡々と告げてくる。
「捕縛じゃないの?」
「人間に害を成している魔に慈悲を与えるべきか?」
「……いいえ、内容が卑劣の極みだから死んで然るべき」
「女を玩具にしたのなら女に玩具にされる覚悟はしているものだ。していないのなら滑稽の極みだろう。ん? どうした? 俺の顔になにか付いているか?」
「随分と現代的な考え方をしているなと思っただけ」
「公平性を保つのならば、やられたらやり返される。目には目を、歯には歯を。ハムラビ法典にもそう記されている」
「復讐を煽っているわけではないけどね、ハムラビ法典は」
「性被害とは魂の殺人だ。殺してきたのなら殺し返す。違うか?」
「違わない。私はあなたのその考え方を支持するよ。行き過ぎたら反対するけど」
ファルシュは私のことをマスターと呼んではいるけど、そこに主従関係を求めていないことが言葉から伝わってくる。きっと、どちらが上とか下とかが嫌なんだ。
「解決にどれくらい掛かる? 上に報告して期日が設定される」
「二日ぐらいじゃない?」
「だろうな。淫魔などという下級悪魔に割く時間などそれぐらいで十分だ」
そう言ってファルシュは「すぐ戻る」と言って退室した。
「あの子、担当が私じゃなかったら初手で死んでそうだったな……」
あんな不遜な態度を取ったらアンテオもジルヴァラも許さないだろうし、アミューゼは逆に支配されるから『魔女の大釜』がホムンクルスの行き過ぎた言動を理由に処分しただろう。じゃぁ私にあの子が合っているかって言うと別にそうでもない。ああいう性格な時点で衝突や軋轢は目に見えている。
だから、ただただ面倒臭いホムンクルスをあてがわれただけって感じ。
「師匠が今の私を見ていたら爆笑ものだろうな」
もう既に笑い死にしているかもしれないけど。絶対に許さないからな、MGBIの件は。そう思いながら私は再びベッドに横になって、未だ綺麗なままの研究台の上を体を横にして眺めながら、訪れる眠気に身を委ねた。




