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堕ちてくる


「しーかし運が良いっちゃのーあんたは。貫かれたところがすーべて掠めとうだけで、ちーっとも内臓は傷付いちょらんき。しゃーから血は出まくったろーが治療魔法のおかげで傷の塞がり方がダンチじゃけぇの」

 この方言か造語かそれともその二つを合わせた言語を話す魔女は私の塞がっている傷口を触診し、うんうんと肯きながらカルテに記述を足していく。

「もー大丈夫じゃき。無理はすんな。若い内が花だで。もー全力で動いても問題なきねー。たーしみなさい」

「あ、はい」

 反応に困る。なんとなく言っていることは分かるけど、本当に私が受け取っている内容で合っているかの自信はない。

「ホームンクルスに比べっと人間の体なんざぜーんぜん治るもんじゃなき。あっちこっちバラしていーんなら別だがねー」

「いえ、普通の治療を受けさせていただいてありがとうございました」

 このままだと手足のどこかを取られてしまいそうだ。私はお礼を言ってそそくさと医務室を出た。

「どうだった?」

「もう激しい運動もオッケーだって」

「なら良いが」

 私の報告を受けてファルシュが柔らかな笑みを浮かべる。なんだかんだで心配はしてくれていたのだから良い子だ。


 アンテオと魔女狩りを討伐して一週間弱が経った。私はその間に『魔女の大釜』での治療を受け続け、今日ようやく活動の制限が解かれた。正直、一週間で自分の体に空いた穴が塞がっていることに驚きを隠せないが、あの魔女に様々なポーションを飲まされたので、恐らくはそれで快癒が早まった。体に無茶をさせているのでこれの弊害は何十年後かに出てきそうではある。そういう副作用が無ければ便利過ぎるし。


 部屋に戻ると封のされていない手紙がテーブルに置いてあった。手に取って中身を読む。アンテオから私とアミューゼへの感謝の手紙のようだ。改めて面と向かってお礼を言うのが照れ臭かったんだろう。或いはキーングレントのプライドを維持するために仕方なく手紙という形にしたか。なんにせよ、治療を受けている私への心配やあのホテルの後始末についてなど様々なことが記されていた。憧れていた魔女をその手で殺したわけではないが死なせることになったのでメンタルがやられてはいるんだろうけど、文章からはそれを感じさせないよう努めているのが分かる。こういうのを読むと私が盗み聞きしたあの話も決して口外しないでおこうと思える。

「ジルヴァラと違ってアンテオはまだまともだな」

 ファルシュの評価も私と変わらないようだ。ジルヴァラの変化球によるセルバーチカとの一戦は本当の本当にまだ納得できていない。資金面での援助が無かったら本当の本当に無意味なことをしただけだし。セルバーチカと仲良くなれたことだけがプラスという結果にはならなくてよかったけど。

「服、くれるんだって」

 血で塗れた服をクリーニングしたとかではなく、新たに買い直された衣服がテーブルに置かれている袋に入っていた。

「使う場面はあるか?」

「どうだろ、無いかも? いや、でもちょっと待って」

 中身を確認するとスカートの丈だけはしっかりと長いものへと変えられている。

「動きやすかっただろうが、あれはドレスコード的に合ってないからな」

 ちょっとフワフワというかフリフリだったのも気にはなっていたので少しどころかかなり嬉しい。

「ジャケットもある。これなら高い店やパーティに行くことになっても大丈夫だね」

「パーティに呼ばれるような性格か?」

「なにその言い方? 分からないじゃない」

 そりゃパーティに誘われても『えー行かなきゃなんないのー』とはなるタイプだけど。それでも新しい服が貰えるのは嬉しいものだ。寸法もラグジュアリーショップで嫌になるくらい取られたし、サイズが合わないってことはないはずだ。もしあったとしてもアンテオに抗議したらどうにでもなりそう。けれどいつまでも今回の件を擦り続けたくはない。彼女も一つの恩だけであれやこれやと要求することを望んでないだろう。そんな乞食みたいな真似、私もしたくないし。

「こんな高いの、私じゃ絶対買えないから嬉しいな。クリーニングはファルシュに任せればいいし」

 洗い方だとか管理や維持の仕方なんてサッパリだから全部丸投げしてやろう。

「俺を使いっぱしりにできる使用人だと思ってないか?」

「違うの?」

「違わないが、ホムンクルスでも家出ぐらいはやろうと思えばできる」

「冗談なのに」

「冗談には聞こえなかったが?」

 綺麗に衣服を畳み直して袋に戻し、ファルシュにそれを預けて私は椅子に座ってスマホの画面を覗き込む。セルバーチカやアミューゼからの連絡に返事をしつつ、何気なくネットサーフィンをして余暇を過ごす。でもこれじゃ自宅待機や療養中となんにも変わらない。アウトドア派や陽キャは部屋から飛び出して外でリフレッシュするんだろうけど、私はやっぱり部屋でゆっくりするのが居心地が良いな。ファルシュがいるのはもう日常の一つになっているから気にならないし、誰にも見張られていないというか誰の視線も向けられない環境は最も自分自身を曝け出すことのできる空間だと思う。

「ん……? 明後日に合同食事会? そんなのあったっけ?」

 私はセルバーチカから送られてきたトークを見て呟き、慌ててスケジュールアプリを開く。

「毎年、『魔女の大釜』が開催している食事会だな。この時期まで辞めたり死んだりせずに魔女候補生を続けている者たちを(ねぎら)うんだとかなんとか」

「メールでは届いていたし、スケジュールにも入れていたのに忘れて……いや、なにをするかまではちゃんとメールに書かれてない。予定は空けていたけどさ」

「予定なんて最初からないだろ」

「うるさいな。予定があった感じの方がなんか格好良いじゃん。予定が詰まっている人、忙しい人、食事中に電話が掛かってきて仕事の話をする人。そういうのってクールじゃない?」

「予定を詰め過ぎている人と忙しい人は体調管理とスケジューリングをないがしろにして体かメンタルを壊すだろ。食事中に電話が掛かってくるのはスマホの電源を切る、通知をオフにするなどのマナーを守れない人。それのどこが格好良いんだ?」

「ん、あれ? そう言われてみると格好良くないように思えてきたな」

 ファルシュの意見で流される私の中の格好良さやクールの価値観はあまりにも弱い。

「この食事会ってドレスコードある?」

「あるにはあるが、アンテオから貰った服を着るほどのことはない。『魔女の大釜』から支給されている外套を着るだけだ」

 あのいかにも魔女ですよとアピールする黒いローブのことか。食事に向き不向きの服は沢山あるけど、ローブで食事はどうなんだろ。ものすっごく食べにくそう。ならローブの内側にあの高い服を着るのはやめておこう。

「しかし、合同食事会って合同コンパとなにが違うんだ?」

「さぁ?」

「男も来るのだろうか」

「来ないでしょ」

「来たらどうする?」

「どうもしない」

 まさか、そんな、合同食事会って『魔女の大釜』内での親交を深めるものでしょ? よそから男を入れるなんてことあるはずない。もしそうならセルバーチカもトークに注意事項で色々と書いてくれるはずだ。けれど気にはなるので私はスマホでセルバーチカに『男も来るの?』と入力して送信しておいた。

「浮かれているのか動揺しているのかどっちだ?」

「どっちでもない。男は別に居てもいいけど、私の傍には近寄らないでほしいなって思っただけ」

 嫌悪しているだとか、男と関わりたくないからとかじゃなく、単純にコミュニケーション方法が分からない。『継ぎ接ぎの王』と同じだ。私もまた異性との正しい交流方法を導き出せていない。それもこれも中学時代に女子グループでしか活動していなかったのが悪い。いや悪くはないか。楽しかったし。でもなんかそういう男への免疫みたいな、異性と話すことで蓄えられる経験値みたいなものはあんまり得られなかったなって。

「マスターは男と仲良くなったら付き合うとか、そういう人並みな感情は持っているのか?」

「分かんないよ。顔が良いなーとか外側から眺めている分には格好良いなーって思ったりもしたけど、あれって初恋の範疇のものだし実際のガチ恋はしたことない。だから好きになって付き合って幸せになりたいって思うのかどうかは未経験かな」

「そうか」

「……なに? やたらと気になっているけど、もしかして妬いていたり?」

「そんなんじゃない」

「はいはい、そういうことにしておくから。そっか、ヤキモチか」

「だから違う」

 ホムンクルスは容姿でマスターを選ぶ。つまり、自身が好意を寄せるマスターを選ぶ。あのおばちゃんの魔女が言っていた通りなら、ファルシュは私が異性と交流を持つかどうかを気にしている。彼自身は性欲やらなんやらは一切ないが、好んだマスターが男という存在と仲良くするのは思うところがあるのだろう。なにも言えない立場でありながら、なにかを言いたくなるのだろう。

「ファルシュは可愛いねぇ」

「馬鹿にしてるだろ」

「ううん、馬鹿にしてない」

 こんな風にマスターを想ってくれるホムンクルスでいてくれて感謝しかない。私のストライクゾーンからは確実に外れてはいるんだけど、愛でたい気持ちはいつもある。それはファルシュがちゃんと私のために頑張ってくれているからだ。

「あ、セルバーチカから返事が来たよ。『男が来るわけないでしょ、来たら焼き尽くしてやるわよ』だってさ。良かったね、ファルシュ」

「なんだその言い方は」

 癪に障る言い方を自分でもしたが、彼はどこか一安心しているようだった。


 あれ? でも男がどうこうでこんな態度を取るなら、私がもし同性を愛するようになったらファルシュはどういう反応を見せるんだろう? まぁ、無いと思うけど。無いよね? 幾ら魔女だらけの花園とはいえ、私にそっちの感情が芽生えることは……ない、よね?


 ファルシュと小さなヤキモチやら私の男に対する感情の行方など様々あったものの、その後の二日間は比較的穏やかな日々だった。特段、誰かに呼び出しを喰らうわけでもなにかしら魔を討伐しに行くことを強制されるなどもなく、そしてなによりお茶会に誘われないのはノーストレスになって気分が良かった。ファルシュには「ぼっち一直線だぞ」と釘を刺されたけど聞こえないフリをして乗り越えた。とにかく自分の生活を別の誰かに脅かされるような事態は無く、『魔女の大釜』に来てから久方振りのなにもない日々だった。これまでもそういう日が無かったわけじゃないけど、罰としての待機だったり重傷のための治療だったりで正しくなにもない日々とは呼べないものだったので、リフレッシュのレベルは段違いだ。


「ねーファルシュ。このローブの丈、ちょっと長くない?」

「そんなものだろ」

「でも足に引っ掛かりそう」

「それは歩き方の問題かもしれない。ドレスと同じで所作でどうにでもなる」

「そうかな?」

 いつまでも納得できていない私にファルシュが丈を確認する。

「少し長いかもしれないな」

「ほら、ほらほらほら! 言った通りじゃん!」

「だがこれくらいなら腰の細帯の結び方で調節できる。段々とズレるかもしれないが、それでなにかしら見せてはいけないものが見えるわけでもない」

 ローブはあくまでローブ。その下には普通に服を着ている。なのでローブが多少ズレたところで、ちょっとだらしなさはあるだろうけど大問題には発展しない。

「今日の食事会が終わったら調節するか?」

「うーん、次に着るってなったときがいいかも」

「まだまだ成長するか?」

「希望的観測ぐらいはしておきたいからね」

 女性らしい肉付きになることは諦めているけど、せめてもう少しだけ胸が育ってほしい。それが女性らしさかって言われたら黙るしかないけど、でも私の中で成長という言葉でまず浮かび上がるのが身長と胸部装甲だから仕方がない。

「早くしろ、遅れるぞ」

「まだ大丈夫でしょ」

「席を取るのでもう戦いは始まっている」

「なにそれ」

 花見の場所取りじゃないんだから、席の取り合いなんてしたところでなんの意味もないと思うけど。


 ファルシュに急かされる形で私は部屋から出て、『魔女の大釜』内にあるバンケットホールへと向かう。私以外にも魔女候補生たちが続々と向かっていてみんなが同じ方向へと歩いているので迷うことなく辿り着きそうだ。さすがにここから外に出かけるような子はいないでしょ。それに私もバンケットホールは前日に確認しているから途中で人の流れが分かれても困らない。


 バンケットホール――いわゆる大宴会場と呼ばれる場所だが、とにかく広い。天井も高い。大小の丸テーブルが幾つも用意され、小さいテーブルで二、三人ほど。大きなテーブルなら五、六人が食を囲うことになるみたいだ。驚くべきは『魔女の大釜』にこんなにも魔女候補生がいたことだ。私と同じタイミングで『魔女の大釜』に来た子もいれば、一年前や二年前――要するに中学や高校で言うところの先輩魔女候補生の姿も見える。彼女たちは既にお茶会によって派閥が出来上がっているようで座る席にも迷いがない。そういった上級生みたいな人たちが多くいるエリアに一人で入るほどの勇気はないので、なんとなく試験のときに見掛けた魔女候補生たちの集団近くで様子を窺う。


「だから席を取るときから戦いは始まっていると言ったんだ」

「私、まだどこの派閥にも入ってないからどうしようかな」

 魔女候補生たちは次第にお茶会などで顔を合わせた間柄同士でのグループ分けを進めていく。派閥も少しずつ出来上がっているようで、あとは指令書などで協力した関係でもペアになったりしているようだ。

「このままだと余り者同士という流れになりそうだな」

「いっつもそう。二人組作ってって言われたらいっつも余る」

 そして先生と一緒に柔軟体操をすることになるのだ。

「ミイナさん」

「アミューゼ」

 普段の彼女からは想像できない黒いローブを纏ったアミューゼを見て、少し安心する。しかし、彼女は彼女で家柄の関係上、私を誘い辛いだろう。なんだか後ろで待っている人もいるみたいだし。

「私のことは気にしないで」

「そう、ですか。すみません」

 彼女も良いところのお嬢様でなければ私と一緒に食事したかったのだろうが、付き合いというものがある。私はそれに理解を示し、彼女の謝罪に「気にしないで」と伝え、見送る。

「この感じだとセルバーチカやアンテオも無理そう。ジルヴァラは論外だし。エリナは……もうお茶会に属しているっぽいか」

 思えば知り合いと言えばエリナ以外は家柄持ちばかりだ。もっと同じ境遇の子たちとも親交を深めておくべきだった。いやでも、早い内にジルヴァラのお茶会に参加してしまったこともあって、向こうから私に干渉しにくくなったのも確かだ。

 孤独感……があるな。仕方がないことだけど。


「暗い顔をしてると飯がマズくなるだろ」

 頭の上にポンッと手を置かれる。

「なんだ? 除け者にされたか? 名前を言ってみろ。俺が殴って言い聞かせてやるよ」

 シグネラが物騒なことを言うが、その言葉でちょっとだけ救われた気にもなる。

「やめてください」

 私は内心では嫌がっていないが取り敢えず嫌そうにシグネラの手を払う。

「付いて来い。座るところに迷ってんならな」

 迷っているというか居場所がないというか。でもシグネラの言う通りにしたらまた先生と組む余り者みたいになってしまいそうだ。

「なにがテメェの心にブレーキを掛ける? 晒し台に立つわけでもなし、好きなようにしろ。っつーか、ここじゃ誰も先生と組む余り者みてぇには思われねぇよ」

「なんで心を読んで、」

「俺だって同じだよ。余り者の気持ちは余り者がよく分かる」

 なんだか腑に落ちてしまい、他に誘われているわけでもないのでシグネラに付いて行く。


「……? おや、おやおやおや? なにやら物騒な言葉を連日連夜、PCに向かって叫ぶ野蛮人のような魔女が見えるのですが気のせいでしょうか」

 ルルルはイヤホンを取り、スマホから視線を外してシグネラを見て(あざけ)る。

「はははは、連日連夜推しのVの配信を見て目に(くま)を蓄えている女がなんか言ってらぁ」

「廃課金者」

「推しに貢ぎ過ぎる女」

 どっちも似たような部分を持ち合わせているのは笑いどころなんだろうか。

「喧嘩はおやめください。これから食べる料理が不味くなります」

「なに弟子如きが常識人ぶってんだよ」

「あなたは自身の師が一番狂っている点から目を逸らすのをやめるべきでしょう」

 丸テーブルの反対側に着席しているのはウェンディ、そしてその弟子だろうか。そういえば試験でちょっとだけ目にした覚えがある。

「私が? 狂っている? 貴様たちに比べれば可愛いものだが?」

 本を閉じ、ウェンディはルルルとシグネラを一瞥して鼻で笑う。


「魔女候補生になる前に催眠実験で同期を二十数名、廃人にさせたことを俺は忘れてねぇぜ?」

「その後の投薬によって回復し、あなたは一ヶ月の自室待機。それが解かれた数日後に十人の同期を催眠に陥らせ、全裸に剥いたことを忘れていません。なぜなら私もその被害者なので」


「シグネラが言ったことに反論するなら、あの催眠実験で抵抗薬は新たな一歩を刻んだ。ルルルの言ったことに反論するならば、美しい肢体はこの目に一度でもいいから収めておかないと気が済まないので仕方がなかった」

「……お二人とも申し訳ありません。弟子として謝罪します。ウチの師匠が一番狂ってます」

 なんだろうな、付いて来ちゃいけなかったかもしれない。そうだよ、昔から言われてるじゃん。変な人のあとに付いて行っちゃいけませんって。シグネラは変人じゃん。駄目じゃん。

「おーい、どこに行こうとしている?」

 踵を返してゆっくりと離れようとする私の背中にシグネラの声が掛けられる。振り返ると彼女はもう席に着き、その隣の席を引いて私に座るように促している。ルルルは隣にあった皿をシグネラが動かした席の前へと移し、ウェンディの弟子がカトラリーを整えている。


 逃げられない。


「観念しよう」

 そう呟いたファルシュの言う通りにする。私は胃がキリキリと痛くなってきつつも小さく頭をペコペコと下げ「すみません」と「ありがとうございます」と「失礼します」を使い分けて席に着く。ファルシュも私の隣に座った。

「ルルル、テメェのホムンクルスは?」

「あの子は人が多いところが苦手なのでパスしました。普段から本の虫ですので」

「ならばまた本を寄越そうか? この本もじきに読み終わる」

「助かります。それで、シグネラ? あなたのホムンクルスは?」

「バンケットホールに虫のホムンクルスがいるだけで不快感ヤバいだろ。ネズミやコウモリのホムンクルスを持つ連中と一緒だ。自室待機させている」

「未だホムンクルスなどと言う都合の良い人工生命を使っているのか。今の流行りは弟子だぞ」

「その弟子をホムンクルスみたいに扱っている師匠が偉そうに言える立場ですか?」

 この四人のテーブルの雰囲気、すっごい重たい。私には荷が重すぎる。しかし助け船が来るわけもなく、私は早く食事が運ばれてくることを心の底から願う。


 司会の魔女がなにかを言っている。なにを言っているかは頭に入ってこない。それよりウェンディの弟子を抜いた三人の昔話なのか互いを牽制しているのかそれとも直球に脅しているのか分からない会話のせいで思考を放棄している。


「テメェの両腕が消し飛んだときは笑ったな」

「嘘ですね。あのとき今にも泣き叫びそうな顔をしていたのを憶えています」

「は? 泣いてねぇし」

「泣き叫びそうな、と言ったはずですが」

「二人ともそのぐらいにしたらどうだ?」

「テメェはテメェで催眠世界で何人殺してんだよ」

「メンタル面はただのシリアルキラーとなにも変わらないですからね、あなたは」

 ルルルとシグネラが争い、それを諫めるウェンディに対してとんでもない暴露話が飛ぶ。これをひたすらに繰り返している。腕が飛んだだの足が切断されただの魔女裁判に掛けられて精神鑑定を受けさせられただのとにかく私から見てもあり得ないような話をするものだから司会の乾杯が終わってから食事を始めたのに食べた料理の味がしない。

「ミイナ・サオトメさんも苦労されているようですね」

「え、あ、えっと……まぁ」

「ああ、失礼しました。私はウェンディ・カーペンターの弟子をしているカルカ・ラポラです」

 話す相手がいなかったからなんとなく近くにいた私を標的にしたって感じだろうけど、これはこれで助け船なのかもしれない。黙々と料理を食べているよりはずっとずっと周囲の音が気にならない。

「なにか気になることがありましたら遠慮なく質問してください」

 まぁ質問形式の方が初対面だとありがたい。その場の勢いがないと自由に会話しろと言われても難しいが、質問だと最悪、『はい』か『いいえ』だけで済むし、気のない返事でも相手はあんまり不快感を抱きにくい。初対面で緊張しているのはどちらも同じだから。

「えっと、あなたのお師匠さんのホムンクルスが見当たらないのは?」

「魔女は弟子を取るとホムンクルスを『魔女の大釜』へ返却しなければなりません。ホムンクルスが弟子に嫉妬してしまって魔に共感されやすくなるそうです」

 チラッと私はファルシュを見る。

「俺たちはマスターにとっての一番を求める。ストイックであるせいで、心が囚われてしまいがちなようだ」

 そりゃ男の話が出ただけでファルシュが妬いた辺りからそういう傾向があるんだろうなとは思っていたけど弟子に対しても嫉妬するのは狭量ではないだろうか。

「あなたのお師匠様もホムンクルスを連れていらっしゃらなかったでしょう?」

「あの人はもっと別の理由で取り上げられていそうな気がしますけど」

 私と会った時点でホムンクルスをどうしたかまでは知らない。もし居たとしても返却したんだろうか。してないだろうな。でもそれだと一年間もホムンクルスを私が見ていなかったのも不思議な話になる。


「黒雷の魔女、ニャーシィ・フェネット」

 私たちの会話にウェンディが入ってくる。

「稀代の天才魔女。『常に最強を更新し続けている女』と言った直後に『常に最悪を更新し続けている女』と言われたと聞いている」

「『やめて、私のせいで争わないで』と言うと『やめろ、テメェのせいで死人が出る』と総ツッコミされた女だ」

「『私が責任を取る』と言った五分後に『それ私の責任じゃなくない?』とキレた女ですね」

 心象最悪だ。


「ですが、実力は確かです」

「嫉妬していたのは事実だしな」

「実力主義なら間違いなく『魔女の大釜』でトップだ」

 けれど人望という面では最悪でも能力値という部分だけを見れば高い評価を受けている。感情の落差が激しいからもうちょっと安定した評価を他者から受けてもらいたいな。

 師匠の話が出て私は頬が綻んで、溜め込んでいた緊張が一気に解けた。ちょっとだけ居心地も良くなって食べている料理の味も分かり始めた。なにか話さなきゃ、話を聞いておかなきゃ、所作に気を付けなきゃ。そういうのを放り出していいんだと思えてきたかな。この四人は多分、そういうの気にしない。普段からそれを言われ続けて嫌になっている側の魔女だろうから。


 司会進行によって様々な催しが始まり、なんだかんだで盛り上がっている。その中に飛び込むのは嫌いだけどそれを傍目で見るのは嫌いじゃない。圧倒的傍観者の立場でいたい。要は配信者や投稿者にはなりたくなくてコンテンツを消費する側で居続けたいみたいな感覚だ。


「ミイナ・サオトメ」

「ん……どうかしましたか、ジルヴァラさん」

 催し事の最中は席を立っての交流も認められている。特にそういうの求めてないけど魔女候補生の中で私だけが座りっ放しは目立つので周囲に紛れ込む意味で歩き回っていたんだけど、最悪な人物に声を掛けられてしまった。

「私を視界に収めた途端に露骨に態度を変えましたわね」

「ええ、なにか問題ありますか?」

「いえ、特には。それで、セルバーチカと連絡先を交換したのであれば私とも連絡先を交換することはできますわね?」

「…………えー」

「どうしてそう嫌そうな顔をなさりますの?」

「嫌だからですけど」

 この子と正常な人間関係を築けるイメージが湧かない。なんかトークでも滅茶苦茶な命令をしてきそう。私のこと使える駒だとか最悪パシリぐらいにしか思ってなさそうだし。

「以前にも仰ったようにわたくしの連絡先を知りたがる人間は世界中に、」

「あーはいはい、分かりました。交換しましょう」

 これ交換するまでずっと粘着されるやつだ。だったらもうさっさと交換してしまおう。私はローブに入っているスマホを取り出して面倒臭さを全身で表現しながらジルヴァラと連絡先を交換する。

「これからよろしくお願いしますわ」

「よろしくお願いします」

 さてと、これで用事は終わりだろう。

「待ちなさい」

「なんでですか?」

「どうしてそそくさと離れたがるのでしょうか?」

「離れたいからですけど」

 あとでなんやかんやと噂されそうだし。ジルヴァラのせいで……いや、ジルヴァラの責任は六割くらいあるんだけど彼女と関わっているせいで私と同じ境遇の子たちと交流できてないし、あんまり周りの目があるところで話をしたくない。

「よく分かりませんわ」

「そうですか」

 テキトーに相槌を打って離れようとすると腕を掴まれる。

「なんなんですか」

「待ちなさい」

「もー、ちょっとしつこくないですか?」


「まだ分かりませんの? 待ちなさいと言ったのは別の理由ですわ」


 彼女に言われ、私は明らかに異常な魔力の流れが周囲で発生していることに気付く。


夜会(ミサ)は終わりか? では、魔宴(サバト)を始めよう」

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