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プライド


「許さない許さない許さない」

「だから言ったじゃないですか、レギンスかタイツは持ってきた方がいいですよって」

 その二種で尊厳を守れているとは思えない。

「『レギンスだろうとタイツだろうと見えることには変わりないんだから、見た奴は死刑』って言って強気に持ってこなかったからな」

 私の呪詛に対してアミューゼとファルシュが分かりやすいくらいに私に失望と呆れの溜め息をつく。

「はははははっ、事前に服装指定はされていると伝えていたのに対策を練らないとはさすがはミイナ・サオトメ」

「あなたは平気なんですか?」

「君と違って私はどんな服装も似合うからね」

 女の貴公子はスカートを履くことへの羞恥心はないらしい。

「中学では制服指定ではなかったのかい?」

「そうでしたけど制服のスカートとこの手の丈の短いスカートでは話が違います」

 なんだこの膝より上のラインは。ヒラヒラ過ぎる。これで転んだらアスファルトだと肌が削れる。考えた奴は頭がおかしいんじゃないの? 見せる相手もいないのになんで肌を見せなきゃならないんだか本気で頭がどうにかなってしまいそうだ。

「ですが、このような魅せる服の指定があるのは一体……?」

 アミューゼは私よりは恥ずかしがっていないが相応の恥じらいを見せながらアンテオに尋ねる。

「男を惑わせなければならないのさ」

 終わった、最悪だ。


 『境界鬼』の討伐を報告したあと二日間の休みを怠惰に過ごした私はアミューゼと共にアンテオの部屋を訪れた。彼女は私たちを一瞥したのち「明日、出掛けなければならない。付いてきてくれ」とだけ言うとホムンクルスに命じて私たちを追い出した。そしてその日の正午にホムンクルスから衣服についての注釈有りの指令書が手渡された。一瞬、アンテオが偽装したものかと疑ったのだが、しっかりと『魔女の大釜』の判は押されていたので正式な指令書であることを知り、次の日に指定された場所へと向かった。そこではアンテオだけでなく彼女の付き人が十人ほどいて、ワケが分からないままに私とアミューゼはまだ開店すらしていないラグジュアリーショップの試着室に押し込められて、現在の丈の短いスカートと理解不能な構造をしていて生地が薄いようで厚いようで、けれど肌見せ率が高い服に着替えさせられた。なんなら髪も整えられて結い方も変えられた。なんか普段使わない香水を身に纏わされたし、なんか手にしたこともないようなブランド物のバッグを持たされた。


「今からでもラグジュアリーショップに戻ってタイツかレギンスを用意してもらうのはいかがでしょうか?」

 何度も思うんだけど、タイツやレギンスで尊厳を死守できているだろうか? 私としてはこんなスカートを履かされた時点で終わっているんだけど。なに? 気休めでもあった方が良いみたいなパターン? 今すぐこんなスカートからスラックス系のボトムスに変えるのが一番の解決策だと思うんだけど?

「そんなお金ないし」

「出しますから」

「お金の貸し借りは嫌だから」

「そんな、私は気にしませんよ」

「私が気にするから」

「だったら気にされても私がお金を出します」

 泣きそう。アミューゼの優しい言葉が沁みる。

「悪いけれどミイナ・サオトメにはそのままでいてもらうよ。対象が一体、どのような格好に興味を示すのか分からないからね。属性が違う方が事が上手く進む」

 それに比べてこのアンテオって貴公子は一回ぶん殴っていいかな。

「属性ってなんですか?」

 あとついでに聞いておきたいことは聞いておく。

「君の方が大衆の言葉は耳に入っているだろう? 私は男っぽさ、胸の大きさ、レギンス。アミューゼ・ドライトはお淑やかさ、丁度良い背丈、タイツ。そしてミイナ・サオトメには攻撃的、貧相、油断した生足で挑んでもらう。要は誰がどのように対象に刺さるのか。それともこの三人では刺さらないのかを調べなければならない」

「私だけおかしくないですか?」

 全部悪口だった気がする。なんだ、油断した生足って。このニーハイソックスが見えないのか? 属性とか言っちゃうのが気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。あと胸の大きさは自負している辺りも嫌いだ。

「男を誘惑することにどのような意味があるのでしょうか?」

「ある男にアフターに誘われたキャバ嬢が二人ほど死んでいるのさ」

「よくあることでは? 精神の状態によっては偶然が重なったとも言えます。友人関係であったならメンタルケアができていなければ後追いだって起こるでしょう」

 凄い淡々とアミューゼが言い切ってしまうのがちょっと嫌だな。この子はもっと情に厚くあってほしい。かなり願望が乗り始めてしまっている。入れ込み過ぎると魔女としては致命的だ。なんとかして感情の向きを正さないと。

「その男が魔女と組んでいるとしたら?」

 私たちにアンテオは写真を見せてくる。

「男と魔女の逢瀬の証拠写真だ。こちらはホテルに入る前の写真、そしてこっちは、」

「見せなくていいです!」

 生々しいものを見せてきそうだったので拒否る。

「一体なにを想像したんだい? 死んだ二人のキャバ嬢の写真だけれど」

 私に周囲から冷たい視線が突き刺さる。なんでファルシュやキルトまで私を『どうしようもない』って具合で見ているわけ? 最初にホテルの写真が出されたらその次はそういうことじゃん。出す順番が悪いし言葉が足りない方が悪いじゃん!

「男に連れられたキャバ嬢は同じホテルに入っている。男と魔女が入ったホテルにさ。そしてその後、死んでいる」

「死因は?」

「話が早い。最初に会った頃より要領が良くなったじゃないか、アミューゼ・ドライト。死因はオーバードーズ。そのように司法解剖では出ているが、僅かだが魔力の残滓があったのさ。即ち、なんらかの実験を受けて死んでいる可能性が高いわけさ」

「どのような薬を飲まされたかで色々と足取りを追えるような気もいたしますが」

 キルトがアンテオへと問い掛ける。


 薬というのは違法薬物だったり脱法薬物でない限り必ずドラッグストアや薬局を通す。そこを通さない闇商人も密かに存在するだのしないだの言われているけど、基本はその二つ。そして購入記録が絶対に残される。薬局で処方箋を用いるなら患者の情報も残る。処方箋を出した病院やクリニックの記録も残る。だから必ず足がつくようになっている。監視カメラだってあるだろうし、捕まえられないわけがない。


「もう一度言う。死因はオーバードーズ。けれどどんな薬で死に至ったか分からなければ……どう思う?」

「まさか、魔女が人体実験しているとでも言うんですか?」

 アンテオは私に肯いてみせる。

 違法でも脱法でもないけれど、魔女以外が用いれば話が変わる。それが魔女の薬だ。そんなものを流通させてはならないし流通させないように『魔女の大釜』は監視しているが、それでも暴走する魔女はいるということか。

「でもなんでキャバ嬢? この世の中、日本ですら浮浪者や薬物依存で頭がおかしくなっている人はいます。そういった、すぐいなくなっても誰も気付かないような人で実験する方が……え、まさか」

「言いながら気付いたようだね。キャバ嬢で死んだのは二名。けれど、既にこの魔女の実験で十何人が犠牲になっているのさ。今回、キャバ嬢が二人死んだことでようやく足取りが掴めたというわけさ」

 まったく、とアンテオは最後にぼそりと呟く。

「……妙だな。だったら魔女候補生だけではなく魔女も指令書が出されて俺たちのバックアップに付くはずだ。なのに一向にその気配がない。なぜこの三人なんだ?」

「君は君の主と違って気付きが早い。今回の件は私が頼んだのさ」

 私も結構、気付けている方だと思うんだけどなんでそういう言い方するわけ? そういう風にしか人を評価できないのは良くない。でも、ここで噛み付いたら話が逸れるから我慢するしかない。

「この写真に写っている魔女は私の親戚なのさ。まぁ直系血族ではなく傍系血族の遠いところだから、新年の挨拶で二、三度しか顔を見たことはないけれど」

 ……なんだ? どこかで嘘をついているな。アンテオにしては嘘がヘタクソだった。どこに嘘があったかまでは分からないけど。

「キーングレントから外れているとはいえ、キーングレントの家系図には連なる者。そんな者の失態をこれ以上見過ごしてはおけないのさ。私が捕らえる。捕らえられないようなら殺す。アイリス・ブロワも気付いていたらしく、私が願い出たらすぐに指令書を用意してくれたよ」

 家柄の事情に巻き込まれたってこと? どんなに気を付けていようと巻き込まれ体質からこのままじゃ脱せそうにない。私はうんうんと唸ってなんとか状況を嚥下(えんげ)する。

「なにも男と寝ろと言っているわけではない。男に興味を持たれるようにしてほしいだけさ。パンツまで見せなくていい」

「見せる気なんてないです。なにその言わなきゃ見せるだろうと思われている感じ。嫌なんですけど」

 幸いなことに普段使いしている下着じゃない方を身に付けていることだろうか。いやなんにも幸いじゃないけど、ダメージは小さい。小さいだけでダメージであることには変わりないけど。

「あと、魔女と面識があるのならアンテオさんがいるのはなにかと危険なのでは?」

「だからこうして女性用の衣服を着ているのさ。あの魔女の頭には私がこんな格好で出歩いているイメージなどない」

 胸を張って言うことでもないだろう。


 でも、女はメイクで化ける。顔の雰囲気が違い、普段の髪型も異なっていれば別人に思われる可能性は高い。特に今回はアンテオも仕方なくウィッグを付けてショートボブから長めのワンレングスになっているし、まぁアンテオって最初に分かっていなければ私たちでも気付かないぐらいには化けることができている。アンテオは全体的に大人びているから男を魅了することなど造作もないだろう。アミューゼだって一見して高級品ばかりで着飾っているいわゆる高い物を持っている自分が大好きな女性っぽいが、所作が綺麗だ。お淑やかさが服を着て歩いているみたいなもので、不意に見せる無邪気な笑顔は大抵の男を射止めるだろう。それに比べて私は一体なにが男のどこに響くのか全く分からない。


「でも男を尾行するならともかく、誘惑してどうするんですか?」

「男は女を口説いているとき、一番馬鹿になると親に教わっているのさ。あいつらは酒を飲んで気を良くしていると自然と所属している会社の上司や部下の悪口を愚痴という二文字を免罪符にして吐き捨てるらしい」

 それは別に男に限らず女性もやることだろうと思う。なんなら私はお酒なんて飲んだこともないのに普段から文句しか出してない。でも、異性を口説いている最中は思考力が低下するという話はなんだか一理あるような気がする。いや男を馬鹿だと思っているわけじゃなくて、女だって異性を好きになったら脳内にお花畑が出来上がるし。

「私たちはまだ未成年なのですが、キャバクラで働けば店が潰れるのでは?」

「安心してほしい。私たちが潜入するのはキャバクラではない。男も同じ店で二人も死んだとなれば怪しまれると思い、もう一ヶ月は顔を見せていないそうだ。これらは秘匿事項であるが、男が訪れた店舗を一時的に買収して聞き出した」

 えげつないことをなにサラッと言っているんだろうなこの人。

「この件が終われば店舗も経営権も返却するさ。言ってしまえば金の力でレンタルしたに過ぎない」

 客の名簿を手に入れるためだけに買収している点にビビってるのであってそこをフォローされてもなんにも嬉しくない。

「コンカフェを知っているかな? 正式名称はコンセプトカフェ」

「メイド喫茶みたいな?」

 私の返答にアンテオが肯く。

「場合によっては酒を提供する店もあるが、潜入するところでは酒の提供を行っていない。この格好である理由も、もう分かるな?」

「分かりませんが」

 なに気付くのが当たり前みたいな感じで話を進めているんだ。

「高級ブランドに身を包んだ女性をコンセプトとしたお店でしょうか」

「その通りだ、アミューゼ嬢。あくまでコンセプトであって実際にそうである必要はないが、高級ブランドの偽物はそれそのものを所有することはなにも問題ないのだが、偽物であると分かっていて売り物として出せば違法であり摘発される。コンカフェで偽物を身に纏っての接客はある意味でブランドイメージを損ね、更には売り物としてのPRにもなりかねないため違法な可能性がある。だからただのコンカフェではなく私たちは会員制の高級コンセプトカフェに入ることになる。本物の高級ブランドを所有しているコンカフェ嬢による接客というわけだ」

 それをお酒の提供無しで成立させるのは不可能な気がする。本物のブランド物の服やバッグを接客に利用したら採算が取れない。汚れ一つで物凄い額のお金が飛ぶんだから。

 でも、そういう店が成立して生き残っているのなら需要があるということだ。高い物を身に付けた女性に接客されたい欲ってイマイチ分かんない。

「それにコンカフェはカウンター越しでの接客が絶対だ。カウンター越しではない接客は摘発される。だから触られる余地がない」

 18歳未満の私が潜入であっても一時的に働く時点でアウトなんだけどな。バレなきゃいいってこと? あとは『魔女の大釜』の後ろ盾があるから? なんにしたってグレーなところを歩かなきゃならないのは怖い。

「知らない男性とお話をするのは得意ではありません」

 不安そうにアミューゼが言う。もじもじしている感じがどうにも可愛らしい。本当に男と一度も喋ったことがないんじゃないかと思ってしまうくらいには清廉潔白なイメージがある。

「そこのところも抜かりない。私の付き人を演者として付ける。君たちは事前に用意された台本の通りに動くだけさ」

 本当に抜かりないか?

「男に俺と話せと言われたら?」

「なぁに上手くやる。上手くやるさ」

 これなんにも考えてないだろ。その場の勢いでなんとかしようとか考えるメンタル強者には付き合い切れない。

 私は不安しかないので気力が失せて、アンテオと付き人たちのあとを付いていくだけで一杯一杯だった。それでも嫌なことは遠くには行ってくれないわけで、私なんかには不釣り合いな世界の入り口を通る。


 店の雰囲気、照明、流れているメロディ。そのどれもが私の見てきた世界と全く異なる。コンカフェってこんなに圧が凄いんだな。こんなところに居続けられる器じゃない。ただ演じるだけにしても覚悟なんて出来ていないし、むしろそっちの世界で生き抜いてきている人たちに失礼な状況だ。アンテオがお金で買収した店員やコンカフェ嬢たちからの視線もあまりよろしくない。そりゃそうだ。異端が向こうからやってきたのだからそういう目にもなる。本当の本当に申し訳ないので、出来る限り邪魔にならないようにだけはしたい。

 私たちと付き人の座席位置のセッティングが始まる。開店時間は午後一時からなので、それまではコンカフェでの所作など学びたくないことを学ばされ、正午の休憩時間に食事をしてその後はひたすら休憩室でボケーッと天井を見上げていた。開店前で(せわ)しなくは見えるものの、店員もコンカフェ嬢も落ち着いた雰囲気がある。やはり慣れてくると心にも余裕が生まれるんだろう。中には太客の名前をチェキを撮った日にちと合わせて暗唱さえしている。多分だけど来る曜日や来店時間も把握している。仕事への意欲が私に比べて段違いだ。

 にしても調理場に入らないとはいえ、食品衛生法的に事前の検査もなにもしていない私が飲食物を提供するのはこれまた法律的にヤバいとしか言いようがなく、18歳未満も相まってかなり無茶な潜入と言える。こんな無茶を通してまでキーングレントのプライドを守らなきゃならないらしい。それはそれでアンテオに同情しかないな。

 午後一時を回ってお店が開く。私たちの出番は男が来店してきてからだ。アンテオの付き人が対象を発見したときに彼女のスマホに連絡が入る段取りとなっている。


 まぁ、本当に接客するわけじゃない分、気は楽だ。楽だけどこの店で働くコンカフェ嬢の演技など一切ないガチの仕事を見ることになるので、あまり思考にはよろしくない。働いてもいないのに「私、この仕事向いてない」と呟いたくらいだ。


「付き人から連絡が来た。行こう」

 アンテオからそう言われて急に緊張感が高まる。私とアミューゼは彼女の付き人とカウンター越しに向き合う。そして付き人はさながらずっと接客していたかのような演技を始める。凄まじいのは全員が全員、命懸けのような本気の演技なところだ。どんな無茶な命令でもアンテオに言われたなら従わざるを得ない。ある意味で一番かわいそうなのはこの人たちか。


 男の来店をコンカフェ嬢たちが迎え入れる。「今日は新顔が多いな」という声がやや遠くの席で聞こえた。恐らくは常連客である男が真っ直ぐに席に座る。多分だけどいつもその席に座っているから迷いがなかったんだと思う。あとはお気に入りの嬢が働いていない日には来店していないだろうな。

 カウンター越しでの男とのやり取りで特に気になる言動はなかった。純粋に楽しんでいるようにも見えるし金払いもケチ臭くない。ただ視線は度々、こちらに向けられることがあって女性を物色していることは嫌々ながら肌で感じ取ることができた。


「テオちゃ~ん、お客様が呼んでま~す」

 ビックリするくらいの甘い声が響く。私たちの中からアンテオが選ばれたのだ。そりゃ彼女ぐらい胸が大きければ見た目のインパクトと派手さがあるのだから新顔の中で真っ先に指名が入るのは当然だ。

「へ?」

 ただし、アンテオがそれを考慮に入れていないことが問題だった。多分だけど私かアミューゼが初指名されること前提で彼女の脳内シミュは進んでいて、きっとこのあとの展開なんかも考えていたに違いない。しかしそこに自分自身が指名された場合だけが抜け落ちていた。


 そこからはもう、グダグダだった。男に対して全く免疫のないアンテオが――私たちに対しては絶対的な強者感を崩さなかったあのアンテオが、それはもうお腹の底から笑い転げて死んでしまいそうなほどのグダグダっぷりを見せてくれたのだが、彼女の名誉のためにグダグダな内容については触れないことにした。誰だって想定外のことが起こればグダるし、そういう失態をいつまでも笑うのは良くない。当分、思い出し笑いはするだろうけどそれだけは許してほしい。だってあんまりにも面白いんだから。


 でもそういう完璧な風貌の中のみっともない部分が男のなにかに刺さったんだろう。アンテオはそのまま店外デートへともつれ込んだ。コンカフェではあるまじきNG行為なのだが、店側が黙認している以上はサービスの一環として行っていることらしいので私たちに妨げることはできない。そもそも初指名で店外デートもあり得ない。男のやっていることは出禁レベルのことなのだが、アンテオはアンテオでこのままコンカフェ嬢として生きる場合はそれはもう酷いイジメを受けかねない。つくづく、これが潜入で良かったと思う。

「やっぱり写真と同じホテルですね」

 店外デートの先がホテルって安直すぎる。頭の中、性欲しかないじゃん。アンテオも断れる状況なら断っているだろう。断れない状況だから断れないだけで。それとも意外とチョロいのか? 押しに弱くて、あれが男に普段から見せる彼女の態度か? 女の貴公子なら貴公子らしくもうちょっと耐性を付けておけって話だ。

「でもキャバクラの次はコンカフェって、この男は女性と話がしたくて仕方がないのかな」

「お金を払うことでしか会話が交わせないのはどうなんでしょう?」

 凄い攻撃力の高いことをたまに言うよね、アミューゼって。意思が強そうだから男が寄るには寄っても実際に話すと逃げて行きそう。そういう意味では自衛できていないようで自衛できているのか。

「見た目もそこまで悪くないと思うけどね。自信が無いから自信を付けようとして、そのまま沼にハマった感じなのかも」

「沼?」

「お金を払って会話をすること自体に意味を見出してしまったってこと」

 自信を付けるどころかお金を払えば誰であれ話を聞いてくれる状況にハマった。

「それでしたらマッチングアプリの方が支払う額も抑えられると思うのですが」

「容姿も分からない女性とアプリ上でやり取りするのも実際に会うのも怖いんじゃない?」

「まぁリスクはありそうですよね。でも異性同性問わず、人と交流すること自体がリスクですから」

「そりゃそうだけど」

 究極的なことを言われたって私たちは自分が怖いと思うことはやらないようにするわけで、あの男にとってマッチングアプリは未知の領域で手を出し辛いんだろう。でもこの男の行動力なら最初の壁を乗り越えたら一気に溺れてしまいそうだけど。

「もう三分ぐらい経ったし、行こうか」

 このホテルは従業員がいないタイプのビジネスホテルで、事前予約をしていればフロントの端末にお客様情報を入力しSMSに届いた暗証番号を入力してカードキーを電子ロックされたロッカーから取り出す。すぐにホテルに入るとその手間で時間を掛けていた場合、男とアンテオに鉢合わせてしまう。女性二人と付き人十数人はさすがに言い逃れ不可能なので、気を付けなければならない。


 しかし、ホテルの自動ドアを開いた直後に私たちは違和感から足を止める。


「付き人の皆さんはここで待機していてください」

 アミューゼは後方で待機するアンテオの付き人たちに警告する。

「ホテルの外側ではなく内側全体に強い魔力の反応がある。魔女がこんなことする? それとも、魔?」

 とにかくホテル内部を魔力が覆っていることは確かだ。こんなところに付き人たち一般人を入れるわけにはいかない。魔女なのか魔なのかが不明なままでは死人が出かねない。

「キルト」

「お呼びでしょうか」

 付き人に紛れていたキルトがアミューゼに呼ばれて前に出る。

「『魔女の大釜』に協力要請を」

「了解致しました」

「俺はどうすればいい?」

 呼んでもいないのにファルシュが近くの塀を飛び越えて私の元に来る。

「ここで付き人たちが入らないように見張っていて……って言いたいところだけど、一緒に来てくれた方が私は安心できる」

「だろうな」

「私も連絡を終え次第、マスターのあとを追います。それまで自身のマスターのみならず私のマスターもお守りくださいませ」

 キルトはファルシュにそう願い出て、彼は力強く肯いた。

「アンテオは分かっていて入ったのかしら」

「分かってはいたでしょう。分からないはずがありません」

 私たちはアンテオの魔女候補生としての一面を試験のとき以外に見ていない。けれど、あのジルヴァラが一目置くのだ。間違いなく私たちよりも才能に秀でている。そんな彼女が男のせいでテンパっているとはいえ……いやあれは演技かもしれないけど、とにかく演技だろうとなかろうとそれだけでこの魔力に気付けないわけがない。

 だったら甘んじて入ることを選んだ。自らそれを選んだ。そこにはちゃんと理由があるはずだ。キーングレントのプライドだのなんだのじゃない。承知の上で危険に飛び込むだけの強い強い理由が。

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