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憂い


「四人の内、三人がオカルトに傾倒。しかもカニバリズムに憧れているなどあってはならないことだな」

「三人に共感した魔女狩りを討てたのは、やはりウェンディさんのおかげでしょうか?」

 私はアイリスに報告ついでに尋ねる。

「奴の暗示は強烈だ。他人に自身が魔女狩りに抱いた共感を付与できる。ただし、自身に共感されていないことが前提だ。魔法が効かなければバフの影響下には置けない。そんなバフを三人の候補生が受けたのだから討てないわけがない。『境界鬼』は知能を持たなければ大した脅威ではないからな」

「確かに、私が遭遇して絶望した『氷姫』は人の言葉を話していました。『境界鬼』が話せなかったのは共感した内容に問題が?」

「共感した魔の知能が低かった。淫魔よりは上の中級悪魔とでも言っておこうか。だが中級であっても話せる悪魔はいる」

「今回は運が良かった……と?」

 アイリスは読んでいた書類を机の上に放り投げ、頬杖をつく。

「確かにこちらにとっては運が良かった。だが、四人組にとっては運が悪かった。いや、運をわざわざ悪くさせたのか。まぁカニバリズムなど考えるのだから当然と言えば当然。最も運が悪かったのは喰われた男性だ」

 ベンチの下に三人の鞄。木の下に一人の鞄。あれは大きく捉えれば仲間外れを表していた。そして加害者と犠牲者。エリナの推理はほとんど当たっていたのだ。

「画像は見たか?」

「はい、一応は」

「なかなかのイケメンだっただろう?」

「そう、ですか? そう、だったかもしれません」

 ハッキリと見たわけじゃない。だってスマホに残されていた画像に写っている人たちがもう死んでいるかもと思ったらマジマジと見ることが失礼なんじゃないかと思ってできなかったのだ。

「美形とはそれだけで得をしているものだが、同時に狂気すらも引き起こしかねない。あれほどの中性的で顔立ちの良い男は男性女性問わず、感情を狂わされる。食べれば同じように美しい顔立ちや体を得ることができるのではないか、などと妄想するほどには。すると美形は本当に得なのか、という話になってくる。しかし得かどうかを私たちは議論する立場にない。美醜の語り合いは心を荒ませる」

 私もアイリスの意見に賛成であり、多くを語ることを抑える。

「あの木の根の深くに一人の遺体があった。腐敗が進んでいて、死体損壊が分からないほどには。だが検死解剖は真実を明るみにする。警察はほどなく事故ではなく事件とするだろう。だが、そのままではあまりにも犠牲者が浮かばれない。『魔女の大釜』の方から魔女狩りによる被害を受けたことにし、事故として処理させる」

「情報を歪めるんですか?」

「猟奇的殺人事件にしてしまうと遺族が矢面に立たされる。四人は山で行方不明になり、その後発見された。その方が遺族側で対立は起きず、また遺族側への取材も一過性のものとなる。ここにカニバリズムなど明かされれば、絶対に遺族に取材ではないそこらの野次馬連中が嫌がらせを始めてしまう」

「……確かに」

 最近では動画投稿者や生配信者がSNSで炎上した店や学校に凸する問題が後を絶たない。店の場合はネットで調べるだけで住所や電話番号まで出てくる。そこに迷惑電話が掛かり続けることもあるらしい。遺族の友人知人親戚を特定し、そこから電話番号を手に入れて晒し行為をやる野蛮な連中までいる。


 一番の被害者は三人に殺され、体の一部を喰われた男性だ。三人が魔女狩りに殺されたのは当然の帰結とすら思える。その狂気さが際立つからこそ、殺された男性が不憫でならない。もし遺族が知れば憤怒の限りをもって三人の遺族を殺しに回るかもしれない。


「波風を立たせない方がいい。魔女と魔女狩りが関わっていれば、私たちはこの事件に連なる関連死を防ぐことができるかもしれない。あくまで最小限に、だが。息子や娘を喪った悲しみは、自身の寿命を縮めさせるほどの激しい痛みだ。傷が抉れたまま、治ることもないまま生き続けるのだから死が近付きやすいのは仕方のないではあるものの、だからと言ってそれを受け入れて心が穏やかになるわけでもない」

 四人は仲睦まじいまま、運悪く山で行方不明になって死んだ。その情報だけならば遺族たちは悲しみという感情に纏まることができる。誰が誘ったか、誰が日程を決めたかなどが判明して、責任の押し付け合いと罵り合いが始まるかもしれないけれど。

「けれど、隠蔽したものはいつかは表に出ることです。そのときの世間による炎上は身を焼くほどの業火になります」

「分かっている。だが、隠蔽しなければならないこともある。今回はそれに該当する」

「……分かりました」

「不服そうだな」

「全てを打ち明けることが私は正しいと思うので。でも『魔女の大釜』がそうじゃないと言うのなら、その方針を受け入れます」

「これは驚いた。随分と大人な対応だ」

 茶化すようにアイリスは言って、面倒臭そうに書類に判子を押す。

「私が魔女になったあと、隠蔽体質なんてなくしてやる」

「ほう? 面白い。やれるものならやってみろ。言っておくが、魔女は一枚岩ではないが権利を脅かされれば相応に抵抗するぞ?」

 そんなこと、嫌なほど分かっている。けれど私は違うと言わなければ体制に飲み込まれてしまう。


 自分は違うんだと心の中で唱えての責任転嫁。逃げ道を用意して、他責思考で切り抜ける。知らない誰かを守るためとかじゃない。ただ自分のメンタルを守りたいためだけの言い訳だ。


 私はアイリスにお辞儀をしてから踵を返す。

「ミイナ・サオトメ」

「はい?」

 呼び止められたので振り返る。

「ニャーシィ・フェネットは貴様に色を与えたか?」

「色?」

 師匠の名前は久し振りに耳にした。本人が「私はあなたの師匠だから名前で呼ぶのは禁止だからね」とか言っていたし。あと本人からではなくアイリスから聞くことになったのも驚きだ。あの人、ちゃんと『魔女の大釜』に所属していたことがあったんだな、と。

「いや、良い。気にしないでくれ。休みを取り次第、キーングレントの様子を見に行け」

「なんで私が?」

「ジルヴァラ・テイラーが認めた貴様が適任だ」

「私は認めていませんけど」

 だって私はジルヴァラのせいで青い炎に焼かれたけど、あの子は催眠世界で人を焼き殺している。私怨云々も含めて、親交を深めることに戸惑いと疑いを感じざるを得ない。私は同じように焼かれないだろうか、と。あの銀色の眼も炎も嫌いだ。親友すらも焼き払いそうな、あの銀色が。

「富豪とは繋がりを持っていた方がなにかと便利だぞ?」

「生活費の支援を受けた点は感謝しています。でも、あれは単に報酬であって仲良くなったから工面してもらったわけではありませんので」

 それはそれ、これはこれ。ちゃんと切り替えて物事を見据えていないと面倒事に巻き込まれやすくなる。そうでなくとも巻き込まれているのだからもっと慎重になりたいって思っているんだから。

「ウェンディ・カーペンターが貴様は誰とでも共感できると言っていたものでな」

「ああ……誰とでも共感なんてできませんよ」

 するしないは互いのコミュニケーションの果てにある。相手がこっちに共感する気がないのなら不可能だし、する気があるのなら互いの感情から共通点を引っ張り出す。これぐらいは誰だってやっていることなんじゃないかと思っているんだけど違うんだろうか。物凄く当たり前のことで、物凄く自然なことで誰しもが持ち合わせているものなんだけどな。

「どうして魔女狩りとは共感できない?」

「……私がまだまともだから、だと思っています。観念が逸脱していないから共感できないんです。でもこれは魔女として致命傷なことなので、どうにかして折り合いを付けていこうとは考えています」

 今はまだ魔女候補生だから許されているが、魔女として選ばれるには魔女狩りと共感することが必須だ。その項目をクリアしなければ私は一生、魔女候補生のままだ。

「先ほど言ったと思うが、キーングレントの様子を見に行け」

「だから嫌なんですけど」

 アンテオはアンテオで隠し事が多いし、催眠世界でペアを殺すようにジルヴァラへとけしかけている。間接的に人を殺しているのと同義だ。声を掛けられても無視したいくらいには近付きたくない。

「ならば命令とする。キーングレントの様子を見に行け」

「……分かりました」

 不満を露わにしながら仕方なく言う通りにするという旨を伝える。反抗的な態度にアイリスは顔をしかめるのではなく「面白い」と呟き、笑みを零すほどの余裕さを見せてくる。見ていて癪に障るので改めてお辞儀をして、執務室の扉を開ける。


「共感できるようになるかもしれないぞ」


 その一言がキーングレントになのか魔女狩りになのかは不明だが、なんとも意味深なことを耳に残したまま私は執務室を出ることになった。腹の立つ話だ。そうやって言いたいことがあるならさっさと全部吐き出しておいてほしい。なんで魔女って演出を気にしているみたいな言動を取ることがあるんだろ。人生は演劇でもなんでもないだろ。


 面と向かって言えない不満をたらたらと心の中で垂れ流しながら私はひとまず自室に帰る。

「事後報告はどうだった?」

「もー最悪だよー。なんで私ばっかりアイリスさんのところに報告しに行かなきゃなんないのー」

 ファルシュの問い掛けに対し、完全に気を緩ませて私はウジウジとした部分を表に出しつつベッドに倒れ込む。

「寝るなら化粧は落とせ」

「肌荒れなんて気にしなーい」

「数時間後に後悔することを宣言するな」

 よく分かっている。さすがは私のホムンクルスだ。なんにも考えたくないしこのまま寝てしまいたいけど、化粧落としも着替えもしなきゃならない。気分転換にお風呂に入ってもいいけど、湯船で寝てしまいそうで不安だ。

「ねぇファルシュ~」

「なんだ?」

「魔女は魔女狩りに共感することが必須って言うけどさぁ、逆に聞くけど魔女ってどうやって魔女狩りに共感しているわけ?」

「さぁな」

「一言で済まさないでよ」

「俺が知っているとでも? ルルル・ラウドとウェンディ・カーペンターはどうやって共感していた? そこにヒントはあるんじゃないか?」

「あるもなにも、二人とも自分の経験に当てはめて……当てはめてた、ってこと?」

 自分が答えを持っていることに気付き、同じ言葉を二回続けて声に出してしまった。言ってから気付くことってたまにあるけど今回は本当にビックリしてしまった。気付いてるじゃん、なに悩んでんのって自分にツッコミを入れてしまいそうだった。

「魔女狩りの感情と自分の経験を当てはめる。現在進行形の感情じゃなくて、まだ胸の中に残っている部分から引っ張り出してくる、ってこと?」

「さぁな」

 でもそれだとルルルもウェンディも共感した部分があまりにも怖い。片方は物凄いマゾヒストだしもう片方は美しいものなら食してしまいたいという欲だし……あそこまで極端な感情じゃないと魔女狩りと共感できないことはアイリスとの問答の中で教えてもらったけどさ。

「私の中にあるか? あんな極端な感情……」

 無いかもしれない。だけど有るかもしれない。比率で言うと9:1ぐらいでほぼ無いに等しいと思ってる。でも壁抜けの確率も決して0とは言い切れないらしいから、それに倣うなら有る可能性は0じゃないってことになるはず。

「どんな魔女狩りなら私の過去の経験で共感できるのよ」

 色々と嫌な記憶を掘り返してみたが、どれもこれも魔女狩りが持つ極端な感情に一歩及んでいない。いや本当に一歩かな? 二歩、三歩ぐらい及んでない気がしてる。


 洗面所でメイクを落とし、顔を丁寧に洗って、手や顔にクリームを塗って伸ばす。こんなこと毎日やるのは面倒なんだけどやらないと顔面の攻撃力の部分で損をする。でもこれくらいの面倒臭さなら大丈夫。私は可愛いや綺麗と思われるためなら面倒を容認できる…………いや、できないけど。面倒臭いけど! 面倒臭いから全自動コスメを発明してほしいって思っているくらいだけど! そうでも思わなきゃメイクなんて続けらんないから。

 これがルーチンワークや自然体になっていくのにはまだ時間が掛かる。中学のときからメイクなんて学んどけって話だけど、私、お小遣いほとんど貰えてなかったから師匠からメイクのやり方を教わるまで本当の本当になんにも持ってなかったからな……高いし。でも、そういうのを言い訳にしてダサい格好はしたくない。


 扉をノックする音がしたので「どうぞ」と言って促す。「失礼します」と言いながらアミューゼがゆっくりと部屋へと入ってきた。


「どうかした?」

「あの、アイリスさんにキーングレントの様子を見に行けと言われまして、でも一人だと心細いのでミイナさんに付き添ってもらいたくて」

「……奇遇ね、私も同じことを言われたわ」

 アイリスはアミューゼが私のところに相談しに行くと踏んで敢えて私の名前はそこで出さなかったんだろう。

「なんでキーングレントに拘るんだろう」

「さ……ぁ? 私は家では除け者扱いでしたので、噂話に聞く程度にしかキーングレントを知らないので。その噂も名家というぐらいしか」

 だったら私たちが持っている情報は共通のものでこれ以上に見つけられないってことか。

「なーんか嫌な予感がするんだよなぁ」

「遠回しに探れって言われているみたいなものですからね……」

 やっぱりアミューゼもアイリスの半ば強引な命令に疑念を抱いているようだ。

「今すぐじゃないでしょ? 私、昨日の報告をしたばかりで全然休めてないから」

「はい、二日ほど休んだあとで構わないと仰っていました」

 そこも考慮済みってわけか。

「じゃ、トークの連絡先交換しよ」

「え、あ、はい。今までしてなかったのが不思議なくらいですね」

 アミューゼはどこかソワソワしながらスマホを取り出した。私もスマホを手に取って連絡先を交換する。

「それでは明日くらいから時間の調整をしていきましょう」

「うん」

「あ、あとミイナさん。着替えている最中ぐらいは扉の鍵を掛けてください。気を付けておかないと『魔女の大釜』の外では大変なことになりますから」

 私にそう忠告して彼女は部屋をあとにした。


 えー…………あー、忘れてた。着替えていたんじゃなくて脱いでいる最中なんだった。かなり怠惰な姿を見せてしまったけど、あれくらいの反応で済まされて逆に良かったまである。


「男の視線がないと女は全員そうなるのか?」

 ファルシュは呆れながら私の脱ぎっ放しの服を拾ってランドリーバッグに詰めている。

「ううん、視線があるとかないとかじゃなくって、家の中では大体こういう感じだよ」

 まだ比較的暖かい時期に外出しているときのような完璧な格好を求められても困る。家の中でぐらい好きな格好でいたいし、暑かったら服だって脱いで活動したい。男もそうじゃないの?

「俺も容姿は男だろというツッコミは出なかったな、残念だ」

 男じゃなくて男の子だし。ホムンクルスは性欲がないから人畜無害だから気にしてないってところもある。ぬいぐるみの前で着崩してもなんとも思わないのとおんなじ感じ。

「いつかどこかでやらかしそうで俺は怖い」

「だいじょぶだいじょぶ、なんとかなってるから」

「頼むから服を着るのを忘れたまま出掛けるようなことはしないでくれ」

 私ってどう思われてんの? そこまで心配されるのはよっぽどでしょ。あと時間に追われていたり、まだお酒は飲めないけど酔い潰れていない限りそんなの起こりっこない。


 ファルシュの行き過ぎた心配に対して反抗的になりつつも私はベッドに寝転がった。

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