山へ
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二週間前、標高は低くとも登山届を提出した男女四人組が消息不明となった。登山届から身元は特定されたものの依然として捜索は続いており、しかしながら発見できたとしても生存は絶望的とされている。当時に彼らを目撃した登山客の情報によると、仲は良いように見え、特に口論することなく装備にも手を抜いていなかった。また下山の最中だった人物はこの四人組と挨拶を交わしている。そのときもなにかしら仲違いをしているようには見えず、また不審な点は見当たらなかった。四人は全員が同じ地方、同じ大学出身。この点からも顔見知りであることが考えられ、登山届を出していることからも集団自殺しようとしたとは考えにくい。この四人を山へと誘った五人目の何者かという情報も特にはなく、しかしGPSを備えた四人のスマホが入った鞄はハイキングコースの中腹地点で発見されている。滑落が起きやすい地点を地元警察やボランティアが入念に捜索したものの、彼らの痕跡を見つけることは叶わなかった。スマホの全てにはパスコードが設定されていたものの、行方不明者の母親が息子が誕生日をパスコードとしていたことを知っており、一台だけロックを外すことができた。他は未だに解析中だが、その一台に記録されている写真を見たところ山頂で記念写真を撮影していることが判明。即ち、彼らは登頂したのちの下山中になんらかのトラブルに巻き込まれたか、やはりどこかで滑落した可能性が高いとされている。地域での聞き込みによれば、四人は今年に入ってから富士登山計画を立て始め、来年の夏に初挑戦することを想定し、まずは標高の低い山から徐々に経験を積み重ねている最中だったらしい。
「この事件が魔女狩りの仕業だと?」
「調査の結果、魔女狩りの可能性が高いらしいわ。それでなんで私? 山で火の魔法を使ったらそりゃもう大変な山火事になっちゃうんだけど」
「ははは……それもそう」
「ま、唯一のメリットはあんたと一緒ってところね」
「私と一緒がなんでメリット?」
「私の口から言わせようとしないで」
セルバーチカにからかい気味に問い掛けると面倒臭そうに対応される。
「でも海の方はなんとかなるわけ? キーングレントとドライトはかなり相性悪そうだけど」
「そうなの?」
「喧嘩にはならないだろうけど、毒にも薬にもならないわよ。あの二人、どっちも本音で喋らなさそうだもん。ドライトが気を遣ってなんとかって感じかしら。それをキーングレントが見逃すように受け入れてくれるかが問題だけど」
「やっぱり家柄的にそういうの詳しい感じ?」
「まぁね、あんたよりはずっとずっとってところかしら。で? あっちの子はどうしたらいいわけ?」
彼女の視線の向くところに私も自然と視線を向ける。
「嫌だ、怖い、死にたくない。嫌だ、怖い、死にたくない」
「魔女候補生であそこまで自信の無い奴、初めて見た」
呆れてはいてもセルバーチカは彼女のことを無視して進みはせず、追い付くのを待っている。。
エリナ・トキダ。私と同じ日本人で黒髪。髪の長さは同じぐらいだけど彼女の方がちょっと長い。ブラウンの瞳に愛くるしい顔立ち。自然と人を惹き付ける魅力を持っていて、特に笑顔が強い。セルバーチカでさえ放ってはおけなくなるくらい不安そうにしていれば身の回りの人たちが心配してくれる。まだ中学に入ったばかりと言われても信じてしまいそうなくらい背丈も体型も子供っぽく、女性特有の攻撃力は薄い。そういった要因が庇護欲を刺激しやすいのかもしれない。
「本当にこの子が私たちと一緒なんだよね、ミイナ?」
「指令書にはそう書いてあったし、バックアップの魔女にも確認が取れています」
「そのバックアップって試験を担当したあの催眠の魔女でしょ? 名前は、えっと」
「トークでも昨日送ったけどウェンディ・カーペンター」
「ああ、そうそう。あの催眠世界はヤバかったわね。私はペアの子と一緒に逃げ切ったけど」
そうだよね、炎で炎を抑え込むのはジルヴァラほどに火力が高くないとできないはずだ。セルバーチカも負けず劣らずの火力を持っていると思うけど、私たちと同じ突破方法は考えないだろう。だってあれ、どう考えても力任せだもん。
「どこまで逃げたの?」
「青い炎が届かない空の果てまで。割とそういう判断を下した人たちは多かったから、ペアで協力というよりはもうグループでって感じだったけど。で、そこにエリナ・トキダもいたはずなんだけど」
再び視線はエリナへと向く。
「たまたまだったんです。私はペアが逃げ出してしまって、でも諦め切れなくて逃げている最中に空へ逃げようとしている人たちに声を掛けてもらって……運が良かっただけなんです」
「でも諦めなかったから運が寄ってきたわけでしょ? 誇りなさいよ、それくらいは」
「誇れませんよ……」
エリナの気持ちは分からなくもない。と言うか分かりやすいくらいに私は共感してしまう。指令の最中はそれで良いんだけど、普段は共感しないようにしないと。
スマホが震える。山の中でも電波って届くんだなと素直に思ってしまう。だってこれだけ緑に囲まれていると人間の叡智が入ってくる隙はないように感じたから。でも、私たちが歩いているこの山道も人間の手で整備されたものなんだよね。だから自然だけの環境ではなく、人の手が確実に入ってはいるんだ。
「『お喋りは謹んでこちらが示した場所へ向かえ』」
トークにはそう書かれていて、ついでにマップアプリで目的地がピンで刺されている。
「一体どこで私たちを見ているのかしら。でも、見られているだけ安心感はあるわね。下手を打って私たちが死んでも魔女狩りは討ってくれそうだし」
肯く。私たちは囮みたいなものだ。『魔女の大釜』の調査の結果と現場で私たちが分析することで見えてくる全容をバックアップの魔女が判断し、現れた魔女狩りを討つ。高校のときとメンバーは変わったけどやることは変わらない。ルルルのようにウェンディが気持ちよく魔女狩りを討てるようにお膳立てするだけでいい。そうすればたとえ死ぬことになったって、魔女狩りの被害がなくなる。死ぬ気はないけどね。
「四人が見つからないのは魔女狩りの空間超越かな」
「でしょうね。でも、四人組の遺失物は見つけられても空間超越の痕跡が見つけられないままなのよ。私たちはそれを見つけたらいいってわけ」
「じゃ、じゃぁ無理して戦うようなことはないんですね? 本当の本当に、死ぬようなことはないですよね?」
「絶対とは言えないけど可能性は薄いわ。だって痕跡を見つけても中に入らなければいいだけだもの」
「な、ならちょっとだけ安心できます」
エリナは胸を撫で下ろす。この子を見ているとアミューゼってまだプライドとかはちゃんとあったんだなって。発言の節々に自信の無さはあっても唱えた魔法にはしっかりと感情が乗っていたもん。
「無理して戦うことになっても別に戦わなくたっていいわ……と、言いたいところだけど無理してでも戦ってもらうわよ。自分が強ければいいって考え方はあんまりしないようにしているから、使えるならなんでも使うわ」
「ひぃっ」
怯えるエリナに反してセルバーチカは微笑みかけている構図は傍目からだとイジメの現場に見える。でもそれは一方的な角度から見た意見であって実情は異なる。この辺りが人間関係の面倒臭さだ。もっと両側の視点からでも分かりやすいようになれば世の中はもっとクリーンなのに。
「他の遺失物の分析結果は?」
「一人のスマホは調べられているけどあと三台はまだ警察の手から連絡がないみたい。データはウェンディさんから貰っているでしょ」
「これ、どうやって開くの?」
「なんでスマホ持ってるのに機械音痴みたいなこと言うのかしら」
私の手からスマホを奪い取りセルバーチカはなにやら素早くタップを続けて返却してくる。画面を見てみると四人組の一人のスマホから抽出されたデータの一覧が出ていた。
「登頂記念に四人で記念写真……スマホスタンドを使ったのかな」
「でしょうね。或いは誰かに撮ってもらったとか」
「その場合は知らない五人目がいたってことになるけど、目撃情報じゃ常に四人なんだっけ?」
「そうそう。誰も四人組に誰かが一緒にいたって言ってないのよ。だから案内役? コーチ? みたいな人と一緒には登ってないみたい。標高低いし、登山口にあった地図を見てもハイキングコースって書かれているし、難度は高くないのよ、ここ」
ネットでこの山について調べたけど地元でも高齢者が運動不足解消のために登っているとかいないとか。要は持ち物管理や服装を徹底せずとも登ろうと思えば登れる山みたいな感じか。でも登頂に二、三時間は掛かるみたいだから私は気軽に登れるとしても登りたくないけど。
男二人に女性二人。記念写真に写る四人組は誰もが笑顔で、素直に登頂を喜んでいる。とてもではないがこのあと悲劇に見舞われるグループには思えない。人生を満喫していなきゃこの満ち足りた表情はできないだろう。
「この四人の関係って同じ大学出身ってだけ? なんか誰かと誰かが付き合っていたりとか」
「トークの履歴を見てもそういうの全くないんだよね。他の三人の方になにか残っていたら別だけど」
セルバーチカは自身が見た情報はほとんど記憶しているようでわざわざ私みたいにスマホを開いて確認していない。その辺りの要領の良さが羨ましい。
「ウェブの閲覧履歴が気持ち悪いのよ。成人向けのサイトばっかり。最初はなんのことだか分からなかったから自分のスマホで調べてウゲーってなっちゃったわ」
「それはさすがに潔白過ぎない?」
「そう? 進んでるのね、ミイナは」
ウェブの閲覧履歴が成人向けサイトばかりで気持ち悪いはさすがに言い過ぎだ。最近のウェブサイトは広告でいかがわしいのが平気で出てくるし、社会人の男がその手のサイトを見るのはやむなしだ。それに別にその手のサイトばかりじゃない。資産運用だったり髪型、婚活、芸能人、ゲームや攻略サイトも閲覧している。偏っているわけではなく満遍なくである以上、これを異常とは言い切れない。
「むしろ潔白過ぎるとあとで痛い目見るよ? ある程度の知識は入れておかないと」
「そうやって女は男に騙されるのよ」
あー……言われてみればそうだ。こうやって世の純粋な女性たちは騙されてしまうのかも。でもスマホが普及している今、性知識が空っぽの女性なんていない。
「実はセルバーチカも見てるんじゃ?」
「べ、べべべべ、別に?」
怪しむ感じで尋ねたら分かりやすい反応をした。
「そう、ならもうこの手の話は無し」
ただここでひたすらにセルバーチカをつつくのは感情を乱してしまうし、なんなら私との共感関係が崩れるかもしれないのでもっと深堀りしたい欲を抑えて話題を切った。
「前日のトークのやり取りは何時に集合で何時ぐらいに登頂して、何時ぐらいに昼食……どこもおかしなところはない」
「物凄く事務的ではあるわよね」
「……そうかも。仲が良いにしては業務内容を伝えている仕事のメール? みたい」
「あの、リアルで顔を合わせるとフランクでもスマホを介してだと礼儀正しくなることってありませんか?」
エリナが恐る恐る意見を言う。
「私はいつもそんな感じで、あ、いや、普段から礼儀正しくいようとは努めているんですけど、スマホでの連絡だといつも丁寧な言葉遣いにしてしまうと言いますか」
「ふぅん? 考えたこともな…………あーでも心当たりはあるかも。私もお父様の連絡には敬語だし」
否定しようとしたが否定し切れない事例が自身の記憶から湧いて出たようだ。私も師匠からのトークでの連絡は丁寧に返していたかな。普段も敬語っぽい敬語を使っていたけど、より気を付けていた。
「じゃ、この人たちは全員、スマホを前にすると敬語になるってこと?」
「それはそれで変じゃない? 一人ぐらいはいるかもだけど四人揃って業務連絡的な文章は」
「で、ですよね……」
「でもエリナの視点はとても大事だわ。この先も変だなと思ったら言ってくれていいから」
「は、はい!」
セルバーチカって初見はあんな感じだったけど打ち解けると意外と人間が出来ている。少なくともジルヴァラはこんなこと言わないし、自分自身の意見が絶対で覆されると機嫌を悪くする。もうセルバーチカはお茶会を開くのをやめたんだっけ? それはなんか勿体無かったな。先にこの子に会っていたらジルヴァラに誘われても断っていたのに。
山道の中腹辺りで遺失物が発見された地点に着く。既に回収されており、周辺も警察が捜索し切ってしまっているため当時の状況がどうだったかまでは不明だ。二週間一度も雨が降らなかったわけもなく、足跡も完全に無くなってしまっている。あったとしても誰の足跡かまでは判別不能だろう。だってここはハイキング用に整備された道で、四人だけしか通らなかったところではない。これがちょっと道から逸れたところにあれば、まだ手の内ようもあっただろう。
「四人の鞄は纏めて置かれていたわけじゃなく、一つはあっちの木の根元で、残り三つはベンチの下……ベンチの下? なんでわざわざベンチの下? 犯罪に巻き込まれたにしても隠しにくい場所だし見つかりにくい場所じゃない。木の根元だって見つけられないわけじゃない。そういう証拠は全部、川や崖から放り投げちゃえば時間稼ぎにはなるのに」
発見場所にセルバーチカは引っ掛かりを覚えている。私もベンチの下は決して見つかりにくい場所とは言えないし、木の根元も本気で隠す気があるなら隠さない場所だと思う。ただ、その位置関係でなにか思い付けるほどの推理脳はない。
「見つけてほしかったんじゃないですか?」
「どういうこと、エリナ?」
私は彼女の発言にそう返す。
「木の根元にあった鞄は一人ぼっち、ベンチの下の三つの鞄は三人組の象徴。明るい場所で生きているのに対して三人は陰に隠れてなにか悪いことをしていたとか」
「その分析、面白くはありそうだけど根拠が弱いわ。位置関係を人間関係に置き換えたり日の差す場所と日陰っていう要素も面白いけど、いくらなんでも想像力が求められすぎる。求めすぎて妄想レベル。見つけてほしいのだとしても、関係性を知ってほしいのだとしてももっと直球でいいはずでしょ」
「セルバーチカさんの仰る通りです。でも、決してこの位置関係が無意味だとは私には、ちょっと、思えないかもです」
良い意味で言えば想像力豊か、悪い意味で言うと思い込みが激しい。ただ、エリナのおかげで別角度の視点を私たちは持つことができているから、まだ悪い意味では彼女の性格を捉えずにはいられる。これであれやこれやと言葉を差し込んでくるようだったら考え直す。ただ、言われてからになるが遺失物の位置がなにかしらに関係しているような気は私もしている。
物事には必ず理由がある。意味もなくそこに置かれることはない。たとえ無意識であったとしても深層心理が勝手にやらかすことだってある。取り敢えず、証拠隠滅を図ってはいない。見つけてほしいから山道のベンチ周りに置いている。それじゃ、これを私たちが見つけたあとどうしてほしかったのかを分析できればいいけど。
「感情論で解決できることなら私たちの得意分野なんだけど」
「魔女狩りが関わっているんだから四人組の誰かが狂って起こしたことは考えにくいからミイナの線は無いわね」
「それですと、魔女狩りが遺失物の置き場所を決めたのでしょうか?」
行方不明は事件であるが、魔女狩りとの遭遇は事故だ。でも私たちはちょっと気持ちを落ち着かせるべきだ。
だって私たちは別に未解決事件を推理しに来たわけじゃない。純粋に魔女狩りの痕跡を見つけるためだけに来ている。四人組がどこに行ったのかとか遺失物の配置がどうとか、そういうのは警察に任せればいいし、なんなら現実にいるのかは知らないけど事件に携われる探偵なんかに任せることだ。
「必要なのは魔女狩りが四人組を襲ったのかどうかと、魔女狩りがどこに行ったのか。それが判明すれば自ずと遺失物の配置の意味も分かるはず」
「ですね」
「ちょっとはりきり過ぎたわ。私たちは私たちの仕事に集中すればいいだけだもの」
エリナとセルバーチカも原点に至ったらしい。
「でも行方不明事件って聞くと自然と頭の中で色々と考えてしまうわ。被害者の気持ちに全く寄り添えていないけれど、謎を暴きたくなる衝動に駆られてしまうもの」
「私もです」
「二人と同意見。なんか想像が膨らんじゃうよね」
想像の余地などなにもないのに、私たちは無い物があったかのように物事を捉えて勝手に探偵や刑事っぽく気取りやすい。にわか知識をひけらかしたところでなんにもならない。でもアプローチの方向を変える意味では必要だとは思うけど、一人や二人ならともかく大勢から情報提供として聞かされるんだから気が滅入ってしまうだろうな。




