シグネラ・アーケミア
洋館の廃墟。その一つの前に到着してシグネラは立ち入り禁止のチェーンを我関せずという具合で飛び越えてしまう。監視カメラに映ってしまっているんだけど大丈夫かな。
「気にすんな。依頼者には事前に通達されている。それに、今からゴーレム退治しているところが映れば仕方がないと思うだろ」
「魔女の痕跡は残しちゃ駄目なんじゃ」
「そう。だから見せて納得させた上で薬で忘れてもらう。それはもう綺麗さっぱりと。ゴーレム退治の依頼を出したことすら忘れるように」
「それって脳機能に障害は残らないんですか?」
「今のところそういった報告は極めて稀な例でしかないな。忘却薬は古くより使われ、研究され続けてきた魔女の専売特許だ。テメェも一週間に一度、抵抗薬を飲んでるだろ? あれは誤って服薬した場合、そして魔女から狙って飲まされた場合において効能を発揮させないようにするためだ」
そう言われて私は慌てて鞄の中から薬を取り出し、ペットボトルの水で急いで薬を飲む。
「まさかサボっていたか?」
「毎週飲むの面倒臭くて」
「テメェは年取ってから苦労するタイプだ。薬を飲み忘れて痛い目を見るタイプでの苦労だな」
でもまだお年寄りになるまで時間があるし、それまで私が生きているかも分かんないし。
「長生きしろよ? 刹那的な生き方はしねぇ方がいい。俺みたいになる」
それは嫌だな。
シグネラがドアノッカーで扉を叩く。反応がないのは分かり切っているので一応、誰かが中で生活していないかを確かめている。こういった廃墟は浮浪者が密かに使っていたり悪ぶっている若者がたむろしていたりする……らしい。実際に見たことがないからネットの知識だけで物を言っているけど。
「ま、ここの洋館は割と有名ではあるから廃墟であっても見回りぐらいはして――」
全てを言い切る前にシグネラはドアごと吹っ飛んだ。一瞬なにが起こったのか分からなかったが内部からドアを叩き壊したか、蹴破ったか、それとももっと別の力か。その破壊の威力はドアを破壊するだけでは収まることなく彼女までをも巻き込んだのだ。
人語を話しているようで人語を話せていない。なにを言いたのか口の動きでは全く分からない。異形でも人間でもない。そんな中途半端な化け物がノッシノッシと洋館の外へと出てくる。
「シグネラさん!」
現れたゴーレムから視線は外さず名前を呼ぶ。返事をしてくれれば無事だと分かる。ともかく生存確認だけはしておきたい。
「ちっ……だ~りぃ。人の顔を見る前に人を殺そうとしやがって。礼儀がなってないなぁ~、礼儀が」
服に付いた塵や砂を払いながらシグネラは私の隣まで歩いて戻ってくる。
「大丈夫ですか?」
「んなもん聞かなくてもいいだろ。喋れる内は無事なんだよ。喋れないぐらいヤバかったらそれはヤバい」
ちょっと後半の言葉はよく分からない。
「この服、気に入っていたんだけどな。まぁ傷やほつれはほとんどねぇから洗えばいいけどよぉ。やっぱ仕事用にダサい服を着るべきだったわ」
ゴーレムは雄叫びを上げながらシグネラに拳を振り下ろす。
「ミイナ、このゴーレムの特徴はなにか分かるか?」
「特徴? えーっと、えーっと」
無骨な男性っぽい風貌。魔力で肉体に岩を張り付けて強化している。だから筋骨隆々には見える。見えるだけで実際は違うと思う。背は高い。あと、腕に対して拳があまりにも大きい。フルスイングすればバランスが崩れてしまうだろう。
「見た目は物凄く物理攻撃力が高そうです」
「そりゃそうだ。だが気付いてほしいのはそこじゃない。もっとよく見ろ、こいつは見た目通りの特徴を持っている」
シグネラが大きな声で喋っているのでゴーレムからしてみれば耳障りで目立つのだろう。私のことは後回しにして彼女へと粘着するように接近し、ひたすらに拳を振るっている。
固そうだ。とにかく体中が岩に覆われていて固そうに見える。あれじゃ私の打撃武器ではなんにも。
「あ、そっか。もしかして物理が利かない?」
「そうだ。正確には魔法を伴う物理だな。この硬度は人間や魔女が用意した武器では切っても叩いてもほとんどダメージを与えることはできねぇ。属性問わず、つぶてでの打撃を伴う魔法はほぼ通用しないと思っていい」
火球、つらら、石つぶて。それに類する攻撃要素を持つ魔法は通用しないらしい。
「あと言葉や口の動きからなにかを得ようとするな。マスターを喪って、意識の共有ができなくなったホムンクルスは徐々に言語と思考を喪失する。魔物に利用されているゴーレムはもはや思考もなにも残ってねぇ。共感することなく始末しろ」
「はい!」
ゴーレムの拳を避けながら、シグネラは私の質問に答えてくれる。それにしたって一見して紙一重な避け方だけど、最小限しか体を動かしていないからそう見えるだけで間一髪なわけじゃない。声にも余裕がある。だから私も安心して応答することができた。
拳の乱打をシグネラはやはり紙一重で避ける。目が良いのと反射神経が優れている。殴られるのを想定するのではなく殴られない想定で動けているのだ。向かってくる拳の恐怖を抑え込んだ上での立ち回りだ。度胸がありすぎる。私なんかじゃ絶対に真似できない。
「刻印よ、悔やめ」
惹き付けている間に雷撃を放つ。自然生成された岩を魔力で繋ぎ合わせていて、その根源は岩の内側にある。だから私の目でも魔力塊を見ようとしても岩が邪魔して見ることができない。でも岩と岩の継ぎ目を狙えば、内部には届かなくても繋ぎ合わせている魔力に衝撃を与えることはできるはず。
ただし、土に対して雷は属性的に相性が悪い。エネルギーという暴力で岩を砕くことさえあるけれど、私の魔法はまだその威力に到達できていない。
それでも多少なりとも不快感を与えることにはなったらしくゴーレムは一向に拳が当たらないシグネラから狙いを変更して私へとにじり寄ってくる。私は視線でまた惹き付けてほしい旨を伝えるも、彼女は分かっていて視線を外す。
「なににビビってる? テメェは人に助けられたがる性格か?」
ゴーレムの拳を一気に後退して避ける。セルバーチカのときは武器を持っていたけど今の私は距離を詰められれば圧倒的に不利。とにかく離れてゴーレムの攻撃範囲から逃れることが最重要だ。
「バックアップは魔女狩りに共感可能な魔女が選ばれる。それ以外では戦っている連中がどうしても敵わない魔物と遭遇した際に救出するために待機する。テメェはまだピンチには陥っていねぇ。俺に助けを求めてどうするんだ?」
「でも!」
「淫魔、魔女狩りの『氷姫』、魔女との対戦。そのどれもテメェはどっかで失敗したって思ってんだろ?」
「それは」
「言い訳するな。思ってんなら思っていると言え」
シグネラの言葉に動揺してゴーレムの動きを見誤る。致命的ではないにせよ、下手をすれば直撃していたところだ。ただ意思や思考を持っていないというのは本当らしく、ただ拳を振るってくるだけでなにか圧倒的で驚異的な力を用いてくるわけじゃない。だから私が突破しなければならないのは拳ではなく強固さだ。雷撃ですら貫通できなかったのだから、もっと別の魔法を使わなきゃならない。
「どうした? 自分の心の叫びすら言葉にできねぇか?」
「……思ってますよ。そりゃそうじゃないですか。だって、私は淫魔に捕まって、『氷姫』に殺されかけて、対戦では周りの声に耳を傾けることをしなかった。そのどれも失敗。私にとっての大きな失敗です」
「淫魔に捕まろうが倒せたんなら万々歳、『氷姫』に殺されかけたが生きている、対戦は殺す前に気付けてよかった。そういう風には捉えられねぇか?」
「そんなポジティブシンキングができたら私は魔女になろうなんて思ってません」
「そりゃそうだ。だがな、ミイナ? 魔女ってのは自分に都合の良いように物事を考える生物だ。どいつもこいつも自分本位で自分中心で生きている。なにをするにも他人重視ではなく自分重視。自分が好きか嫌いか、自分がやりたいかやりたくないか。他人ってのはそのあとに考えりゃいい。だが、テメェは今、自分の判断にビビってる。自分でやったことが悪いことに繋がらねぇかどうかビクビクしている。だから魔力も抑えている。俺にアシストしてほしいと目線を送る。自分一人で対処することを嫌がっている」
「だって!」
「だから言い訳してんじゃねぇよ。自分に正直になれ、感情を抑え付けるな。感情を出せ。感情こそが俺たち魔女の原動力だ」
「…………うるさい」
「なんだぁ? 聞こえないな」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい!!」
偉そうに説教して、本当のところは魔力を使いたくないだけ。楽をしたいだけ。それを私のことを分かった気になって、気持ちよくなっているだけ。
「あなたは私のことをなにも知らないクセに!!」
叫びながら刻印に手を当てる。
「刻印よ、悔やめ!!」
雷撃は岩を貫通し、内部のホムンクルスの肩を貫く。思いもよらぬ威力の増加に私は呆気に取られ、そして損傷を受けたことでゴーレムの怒りを受けたらしく真正面から来る拳に反応できない。
「良い叫びだ」
木々の枝がゴーレムの拳を邪魔して軌道を逸らし、私を僅かに掠めて地面が破裂する。石つぶての全てを木の葉の嵐が妨げ、どれも私の体には届かない。
「ミイナ・サオトメ。テメェが失敗体験だと勝手に決め付けたもんはどうにもならねぇが、これから俺がテメェに成功体験を与えてやる」
ツタとツルがゴーレムに巻き付いて、絞め上げる。
「刻印よ、」
シグネラは五指の爪にある五つの刻印に触れる。
「震えろ」
樹木が四方八方から生えてゴーレムを完全に拘束する。その絞め上げる力は強烈で、纏っていた岩すらもひび割れ、そして砕けていく。
「なにも考えるな。目の前のそれはサンドバッグだ。あとから思考は回せばいい。必要なのは感情だ。テメェの感情を押し付けろ、ミイナ。テメェの後悔を力に変えろ」
「刻印よ」
感情の波を起こす。いつもよりずっとずっと胸の痛みを、昂りを、衝動を、それら全てが脳内に描き出す後悔を糧にする。
「悔やめ!!」
絞りに絞り、狙い済ました雷撃はゴーレムの胸部を貫通する。岩を繋ぎ止めていた魔力の流れは断絶し、雷撃は留まってひたすらに魔物の体を焦がす。
「今のが単体への収束、そして到達点の一致だ。止まっている目標ならテメェでも出来るじゃねぇか。一から学び直す必要はねぇな」
雑にシグネラが私の頭を撫で回す。
「つっても魔力魂をまだ貫いただけ。まぁそれでもうゴーレムは自壊していくんだが、残ってる魔力で動こうとはする」
その手を嫌そうに私は頭を動かして振り払うと彼女はゆっくりとゴーレムに近付きながら五指の刻印に触れる。
「テメェが愛した魔女とこの世界じゃねぇどこかで会ってこい」
そのままゴーレムに触れると、枝木が岩の隙間に入り込み、肉を貫き引き裂く音が内部で響き渡る。数分後、崩れた岩の向こう側には人の形を保っていない肉塊が地面に散らばっていた。
「よーしよしよしよし、よくやったよくやった」
振り返り、私をまるで犬でも褒めるかのごとく滅茶苦茶に撫でてくる。
「やめてください! それにトドメを刺したのはシグネラさんじゃないですか」
「は? ちげーし。俺はテメェが倒したゴーレムの後始末をしただけだ。言っただろ、魔力魂を貫かれてあとは自壊するだけだって。あの時点でテメェが倒してんだよ。俺がやったのは形を残したままだった死骸を処理しただけ。だから誇れ。テメェは確かに魔物を倒したんだ」
「なんか……釈然としません」
「俺は傷付いてない、テメェも傷付いてない。これ以上ない戦果だろう? これ以上の成功体験はないぞ。もう一度言う、ミイナはよくやった。感情の波を起こした最初の一発で決める魔女候補生なんてそうはいねぇぞ」
「でもシグネラさんのアシストがあったからで」
「んだよ、分かってんじゃねぇか。そりゃ、バックアップがいてもサポートしねぇわけじゃねぇ。特に今回はテメェがあまりにも不甲斐ない戦い方をしているもんだから俺がサポートをしてやると決めたんだ。そこについてなにか思う理由はねぇよ」
「……ありがとうございます」
「おーおー言えるんだな。もっと噛みついてくるタイプだし心の中でひたすら罵倒してんだろ、テメェ。そんな奴から聞く感謝の言葉が俺は一番気持ちがいい。あんまり人に懐かない大型犬や猫を手懐けたみたいな興奮がある」
とても憎たらしいのだが、この人はちょっとだけ信用できるかもしれない。そんな風に思ってしまう。これもまた甘えだろうか? 自分自身の感情に寄り添ってしまうのは避けたいけど、でも、ここでこの人の優しさを突っぱねるのもそれはそれでどうなんだろう。
「この肉塊はどうなるんですか?」
「俺の魔法で生み出した植物がそのまま土に還す。で、植物はそのあとに枯れてここにはほとんどなにも残らない。扉は……まぁ仕方がないわな。廃墟の洋館がぶっ壊れてねぇんだから」
物的損傷があるとそれの後始末には時間が掛かる。それはアミューゼが高校で根回しやらなんやらしていて『魔女の大釜』に帰るのが遅くなったところからなんとなく察している。だから今回は私たちは特に分かれることなく『魔女の大釜』に帰れるってことだ。
「しっかし、『魔女の大釜』を俺を選ぶのはいいが、わざわざゴーレムごときに俺を出すか……? しかもさっきのゴーレムは完全に物理。まぁ切ってくるようなもんじゃねぇからマシか」
「切る?」
ぶつくさと文句を言うシグネラさんの言葉に少しばかり気になる部分があったため、反芻するように無意識に呟いてしまった。
「逆鱗なんだよ。俺は殴られたら止まらなくなる。テメェが武器を持ったらスイッチが入っちまうのと似たようなもんだ。テメェが知っている魔女ならとルルルは切られたらあいつがキレて止まらなくなる。ああ、本当に参ったもんだ」
最後の辺りは見えない誰かに言い聞かせているみたいな感じだったな。抑揚があんまりなかったし、言わされていたりするのかも。
「私だけが持っていると思っていました、トラウマ」
「バーカ。誰にだってトラウマはある。俺たちみてぇな地獄を見た連中も、上で人生謳歌していた連中も、それぞれ別々のトラウマを持っている。テメェだけが感情を抑え切れなくなるわけじゃねぇし、テメェだけが特別に辛い思いをしているわけでもねぇよ。そこを忘れんな」
「……面倒見が良いって言われません?」
「俺を『魔女の大釜』で育ててくれた先輩魔女の真似をしてるだけだ。テメェに愛着を持って接してはいない。魔女候補生は捻くれ者ばかりだから、たまぁに俺みてぇのが駆り出されることがある。どいつもこいつも恩を仇で返してばっかだが、ミイナは違いそうだな」
「さぁ、どうでしょう? 私は私の師匠が教えてくれたことが絶対なので」
けれど感謝はしている。随分と気持ちが楽になった。それになんだか壁を一つ乗り越えたような気さえある。胸の中にある昂りはきっと喜びで、人に評価してもらえたことへの嬉しさも混ざっている。これが成功体験で得られる感覚か。確かに物事を失敗と思うよりずっとずっと気持ちがいい。
「んじゃ、帰りにゲームショップに寄って帰るぞ」
「PCゲームって基本的にダウンロードなんじゃ」
「家庭用ゲーム機で遊びたいときぐらいあんだろ。最近は家電量販店がゲーム屋みてぇになってるけどここのショッピングモールにはちゃんとゲームショップがある」
「なんで午前中の買い物にやっておかなかったんですか?」
「俺は仕事を乗り越えたあとにご褒美を用意しておかないとメンタルが落ちるんだよ」
なんか良いな、それ。私も魔女になれたらその方式で頑張ろう。
「言っとくが今回はゴーレムだったから共感しないで倒せた。次にテメェがやるべき訓練は魔物や魔女狩りと共感しながらさっきの勢いで戦えるようにすることだ。テメェの魔法はナンセンスに片足突っ込んでるが分析はハイセンスだ。魔女らしくない立ち回りも含めて、すぐにはくたばらねぇだろうが重々に注意しろ」
「はい」
いつもより分かりやすく機嫌の良い返事をしつつ、私はその後のシグネラのショッピングに付き合った。ただ、販売されているパッケージを手にするたびに横から解説役のようにペラペラとゲームの評価を語り出すところは、イラっとしたけれど。
ちなみに『魔女の大釜』のChatBotに暴言を吐いたログが残されていたためシグネラの垢はBANされた。いい気味だと思う。




