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ゴーレム


「日の光は俺には眩しすぎる」

「そうですか」

 もっと気の利いたことを言えたらいいのかもしれないけど日光に向けての文句にどう応じろと言うのだろう。太陽を馬鹿にしたらいい? でも私、日の光で自律神経が整う気がするからあんまり太陽をどうこう言いたくないし。

「っつーか、朝から街中に出歩くなんて俺には向いてねぇぞ」

「でも今回の指令書ではシグネラさんが適任だという判断がされたらしいので」

 もし魔女狩り関係であるのなら、この指令書の地点で出てくる魔女狩りにシグネラが共感可能ということだ。

「……テメェ、頭ん中では人のことを呼び捨てにしてんだろ?」

「え!? あ、いや、そんなことは」

「取り繕わなくていいっつーの。年上だろうと先輩だろうと誰に対しても『さん』付けしなきゃなんねぇってわけじゃねぇ。ましてや心の中で呼び捨てにするくらい誰だってやってる」

「そ、そう、そうですか」

 シグネラは恐らく気に掛けてくれているのだがアイリス以上に私は彼女の風貌に対して圧を感じているので、機嫌を損ねたのではないかとヒヤヒヤしてしまった。

「ま、あんま気負うな。指令書を見た感じじゃ魔女狩りでも魔物でもねぇ」

「まもの?」

「俺が勝手にそう呼んでるだけだ。魔ってのは一文字だと呼び辛ぇんだ。たとえ敵であっても呼称においては呼びやすい方がいいじゃねぇか」

 それは間違いない。今度から魔を呼ぶときはそう呼ぼうとすら思う。

「指令書の読み方、私はあんまり分かってなくて。集合場所と何人で活動するのかと、あと誰が一緒かぐらいしか」

「それだけ読めてたらいいんだよ、魔女候補生は。俺みたいに魔女になったら読めねぇところも炙り出し暗号で読まなきゃならなくなる」

「炙り出し暗号?」

「実際に火を炙って暗号が浮かび上がるわけじゃねぇぞ? 俺たち魔女が共通して持っている暗号が炙り出し暗号って呼ばれているだけだ」

 指令書を火に炙らせるなんて物凄くリスクが高いことだと思ったが、否定されてホッとしている。

「魔女候補生には知らせなくてもいいもんがたまに書いてあんだよ。魔女狩りが出るか出ないかは現場の魔女が伝えていいって思ったなら伝えていい。だから俺はテメェに言っておく。今回の指令で魔女狩りが出ることはほぼ無い」

「ほぼ無くてもあり得ると」

「壁抜けできる確率みてぇなもんだ。実際の確率に当てはめると限りなくゼロに近いがゼロじゃない。俺が言いてぇのはそんぐらいの確率ってことだ」

 天文学的確率は観測不可能でも、物理学的にはゼロとは必ずしも言い切れないみたいなのだっけ、壁抜け確率って。なんか歪曲して私の中に入ってきているかもだけど、シグネラも似たような記憶の仕方をしているし(かす)ってはいると思う。

「ま、俺たちは確率に縛られないで壁抜けをやろうと思えばできるけどな。代償がデカいが」

「壁抜けする魔法って上位魔法ですよね? やっぱり難しいんですか?」

「やり方による。ただ決定版みたいな魔法がまだ完成していない。まだテレポートが不安定なのと一緒だ。安定させるには肉体の一部を置いておかなきゃならない。一瞬でも肉体が消えると世界が俺たちを認めなくなる。だから肉体の一部をテレポート前のところに置いておくことでその問題を解消する」

「できてませんけど」

「だな、俺も思う。だからどんな魔女も壁抜けやテレポートは割に合わないと考えて研究分野から外す。俺も研究してねぇ、ワンチャン死ぬしな」

 研究しようにも突破方法が世界の道理を覆す以外にないんだから誰だってやらない。(ことわり)を敵に回したくはない。にしても『ワンチャン死ぬ』って物騒な言葉だな。聞き手によっては犬を連想するからより物騒になる。

「んで、まだなにか質問はあるか?」

「指令書の住所と違うところにいるのは?」

「久し振りの外出だから羽を伸ばす以外にないが?」

「……あの」

「まずはプリペイドカードを買いに行くぞ」

「なんで?」

「課金とチャージのために決まってんだろうが。クレカ支払いにして人生終わらせたことあるんだよ、俺は。月に不正利用を疑うレベルの支払いを続けて首が回らなくなってから学習した。決まった金額だけでの支払いならダメージを最小限に抑えられる」

「結局、プリペイドカードを買いすぎて終わりません?」

「買いに行く最中に冷静になれる。特にコンビニで買うのがベスト。なんでコンビニでこんな額の支払いしてんだろうと考えて虚無って震える。店員も私に『マジか?』って無表情で訴えてくる。いや、完全に思い込みだけどな」

 なんで魔女ってみんな自信満々にヤバいことを言えるんだろう。それメンタル的に病んでるやつなんだけど大丈夫かなこの人。

「シグネラさんってお金持ちじゃないんですか?」

「今は金持ち。昔はクレカで人生終わったっつったよな? 煽りか?」

「え、あ、ごめんなさい。煽りでもなんでもなくて、ルルルさんもそうなんですけど幸福側じゃないんだと思っただけです」

「幸福側は国ぐるみの繋がりがあるから『魔女の大釜』を支援してもらうために東奔西走気味で現場になんかほとんど出ねぇよ。だが、あいつらのおかげで俺たちは魔女狩りや魔物の情報を得た上で仕事に向かうことができる。適材適所だな。俺は馬鹿だから体を動かして金を稼げるんならそっちの方がいい。たとえ死ぬ危険があってもだ」

 最後の一言はシグネラが強がっているように聞こえた。だって誰だって楽な仕事がやりたい。体を動かすよりは椅子に座っての仕事の方が高尚に思えてしまうのは、心のどこかでデスクワークに羨望があるからだ。でもシグネラが自分自身を馬鹿と罵るのは、多分だけど過去にそういった事務仕事を経験しているからだろう。その経験を踏まえた上で彼女は体を動かす方を選んだ。

「まだ質問はあるか?」

「なんで海外の方がわざわざ日本の『魔女の大釜』にいるんですか?」

「テメェが考えている通り、魔女の本場は西洋だ。魔女も魔女狩りも西洋から生じた。だが、どこの国にも似たようなもんは出てくる。そうなるといつまでも西洋に留まり続けているのは悪手(あくしゅ)だ。他のところにも魔女と同義の連中がいて対処しているが、協力関係を築いた方が魔女狩りや魔物の始末は効率が良くなる。だから俺みてぇな西洋生まれ日本育ちの連中はいわば西洋という本場から派遣された連中の子孫だ。大抵は西洋に帰っちまうが、緊急事態に備えてガチの連中は日本に限らず色んなところに身を置いている。いざと言うときにすぐ対応できるようにな」

 だから私の身の回りの魔女候補生も魔女も名前がややこしいのか。

「ま、そんな子孫がクレカで人生終わらせかけたのは想定外だろうけどな」

 自虐ネタみたいに付け足してきた。相当、過去の自分の行いに恨みがあるんだろう。二度とクレカなんて使うかって勢いを感じるけど、口では言っていても便利だから使ってるだろうな。ただゲームには費やさないと決めてはいると思う。

「もう質問は終わりか?」

「大体は」

「んじゃ、まずはコンビニに寄るぞ。五万円はチャージしなきゃなんねぇからな」

 決めてはいても本来の性分を矯正できていない限り、破滅には向かいそう。シグネラの金銭感覚のヤバさを感じながら私はしかし、彼女に強く言える立場ではないために全てをただ見つめるしかできなかった。


 シグネラのかき……チャージを見届けてからも彼女の都合によるショッピングは続いた。給湯器から始まりスムージー作りのためのミキサー、夏に向けての冷感グッズ、生活用品に部屋着用の衣服、どれもこれも配達依頼で手元に商品は残らないが結構な出費だった。本人は気にも留めていないが、こういう爆買いに近い発散を高頻度に行っていたら破滅しやすい。でも破滅していないからバランス感覚はあるのだろう。あとついでにお昼ご飯も食べた。


「いやー、お金が減っていくのが気持ちいいぜ」

 本当にバランス感覚あるかな?

「んじゃ帰るか」

「待ってください!」

「んだよ、冗談だ冗談。マジになるなよ」

 偏った生活をしているのを知っている分、本心で言ってそうだから困る。私の焦った顔にシグネラは引っ掛かったと言わんばかりに嘲笑っている。全ての魔女がルルルぐらい公私を分けられれば……いや、多分だけどルルルもシグネラぐらいヤバいのかも。推しのために仕事を後回しにしてそう感がある。いや、イメージってだけで実際はそうじゃないのかもしれないけど、そう思わせる部分はあったから思っちゃうんだよ。

「さーてさてさて、今日の仕事を始めようか」

「もうお昼を過ぎてなんならアフタヌーンティーの時間ですけど」

「テメェも昼飯を美味そうに食べていただろうが」

「それは、そうですけど」

 午前十時から指令書の通りに動けていればこの時間帯ぐらいには全容が見えてきていて、明日ぐらいには魔を討つことができていたんじゃと思うと時間のロスを物凄く気にしてしまう。お昼ご飯は美味しかったけども、美味しかったけども……。

「指令書を読んだか? 俺とテメェで一日で終わるもんだ」

「えっと、ゴーレムでしたっけ」

「ああ、魔物を倒すのに比べりゃイージーだ。ま、ハードな仕事ばかりやっていたら耐えらんねぇからな。箸休めみたいなもんだ」

 仕事に箸休めもなにもあるもんか。そう思いながらシグネラのあとを付いていく。坂道を登る。登って登って登る。頭が悪いくらいの坂道だ。なんでこんなところに人って住もうと思ったんだろうって思うくらいの坂道だ。

「この辺は昔、異人さんなんて呼ばれて外国人が居留地にしていたんだ。その名残りで誰も住んでいない洋館が残ってる。問題は所有者が維持コストをケチり始めて、土地は持っていても建物が老朽化して危ないってんで進入禁止になってるところが多い。観光スポットみたいに呼びかけているクセに、どうにもならねぇ部分はひた隠しにしてんだよ」

「へぇ……」

「魔女も多く住んでいた。そのせいで、ゴーレムなんていう面倒臭いもんも出てくる。自分の始末は自分でつけろ。俺はそう思ってるんだが、現実はそうもいかねぇみたいだ」

 坂を上りつつも左の路地に入る。右も左も最近の建物ではなく多くが昔に建てられたのであろう洋館が並んでいる。でも、その多くが老朽化しているのが目に見えて分かるくらいには危なっかしい。立ち入り禁止だし監視カメラもあるからリスクを冒してでも入ろうとする人がいないだけで、いつかは倒壊するような不安がある。


 ゴーレムは小説に出てくる怪物のような人造生命だ。そしてそれを造り出したのは魔女。


「ホムンクルスが主を喪い、『魔女の大釜』の庇護から離れたせいで魔物に使われている。それがゴーレムだ」

 知ってるだろ? と言った目線を私に向けてくる。

「ファルシュたちを連れてこなかったのは」

「魔物の中でもゴーレムとの共感はアウトだ。ホムンクルスを連れていると共感して、俺たちの魔法にもその影響が出る」

 だからシグネラもホムンクルスを連れていないんだ。そっか、ただ指令書通りに向かうんじゃなく対策もしなきゃならないのか。ゴーレムが他の魔物と違って共感してはならない側なのは多分だけどホムンクルスからの転化した存在だから。そこらの魔とはそもそもの“発生”と“造り”が違うのだ。

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