問題児だらけ
*
「海と山、どちらに行きたい?」
「え、どっちも嫌だけど」
そう答えるとファルシュは深い溜め息をつく。
「だらしがない」
「だってしばらく自室待機状態だし、そりゃだらしなくもなるでしょ」
会社で言うところの謹慎処分を受けて六日目。あと一日でその処分も解かれるが、謹慎を受ける前のような扱いを再びしてもらえるかどうかは不明なので、若干だが思考が世捨て人になってしまっているところはある。刹那的に生きて、未来のこととか考えずに今が楽しければいいじゃん。そんな感じで部屋でグデーッとしている。ネット回線はまだ開通していないが携帯電話会社での支払いは済ませられたので気兼ねなくスマホに触れるのもいい。セルバーチカのホムンクルスから連絡先を伝えてもらって交換もできたし、ちょっとだけ浮かれている。このだらけ具合を見られたらジルヴァラに釘を刺されそうだけど。
「部屋で出来るトレーニングはしているようだが、勘が鈍ったりしたらどうする?」
「部屋に居なきゃ怒られるんだからそれぐらいしかできなくない? それに一週間で勘が鈍るようなら私は師匠に捨てられてるよ」
重要なのはそこじゃないと言いたげに再びファルシュは溜め息をつく。
「マスターは武器を握ると人を傷付けることに躊躇いがなくなる。その部分を克服するために自制心を高めるぐらいはしたらどうだ?」
「それはそうだけど、ちょっとやる気がない」
「ちょっとじゃなくてかなりに見えるが」
ウダウダと理由を付けて動きたくないモードに入ってしまっている。こういうとき、外に出て調子を整えるとまた動きたくなるんだけど、部屋から出られないのはなにかとモヤモヤとしてしまうものだ。日光を浴びてないからかな。いや窓から日は差すんだけど、全身で日の光を浴びているって感じじゃない。気持ちが上がらないのはそういった面もあるようなないような。
「それで海と山、どちらに行きたい?」
「海はムダ毛処理が面倒だし、山は厚着で登らなきゃいけないからどっちも嫌」
普段から欠かさないようにはしているけど海はより一層の注意をしなきゃだしスキンケアも必須。なんなら水着も選ばなきゃならない。山は虫刺され予防をしなきゃならないけど、そうしたら長袖長ズボンで暑苦しい。
「別に海で泳げと言っていないしハイキングをしろとも言っていないが」
「そういう風に聞こえたけど」
夏休み前に漫画で見たことがある。現実では今初めて聞いた。大体、ワイワイ騒いで海に行く展開になる。いわゆる水着回だ。
「なら質問を変えよう。『魔女の大釜』からの指示で海と山の問題なら、そのどちらを解きに行きたい?」
「どっちも嫌だけど」
「それ以外で」
「強いて言うなら……山?」
人前で水着になるの嫌だし。グループで海に行った経験が乏しいから着替えるの落ち着かないし、体型は維持しているつもりでも実は体重計に乗ったら太ってるってこともある。調べれば調べるほど鬱になるくらいなら暑苦しい格好して山を登ってる方がメンタルが病みにくい。
「山の方が好きか」
「なに言ってんの、山も嫌いだけど」
山は山で行くときはウキウキなのに登り始めたらすぐに疲れて文句製造機になる未来しかない。メンタルが病みにくいだけで病まないとは言ってない。大体、山と海を提案したらどっちか片方は好きだろうっていう質問がまず古い。
「呆れ返るしかないな」
「プライベートな時間を自分が思っていることに費やせないことにストレスを感じるだけ。指示されたならどっちでも行くし」
「そうか、ならそのように伝えておく」
ファルシュは手の平にボールペンで文字を記している。ホムンクルスを雑に扱ってるけど、大丈夫かな。嫌いになったとかでいなくなったりしないよね?
「不安になるなら俺の意見にも少しは耳を貸せ」
私の思考をファルシュはある程度まで共有している。でもこれだとプライバシーがない。ひょっとしたらさっきの海の話題で私が考えていたことも全て筒抜けかもしれないし。
「ミイナ・サオトメは居るか?」
居る居ないの問題の前にもう既に扉を開けている時点で居ること前提で入ってきてる。しかし入ってきたのはアイリスで私は思ったことを軽はずみに口にすることができない。
「なんでしょうか?」
「そろそろ自室待機も飽きただろう?」
「えっと、はい」
決して飽きてないとは言えない。
「貴様に名誉挽回のチャンスをやろう」
いらないとも言えない。私は家柄やプライドが無いので、自身の名誉を挽回したいとは思わないし待遇に腹を立てて憤死もしない。
「喜べ、貴様にピッタリの仕事を持ってきてやった」
「は……ぁ?」
首をやや傾げつつ応答する。
「ですが、高校の淫魔の際には指令書が部屋に届きましたけど、今回はどうしてわざわざアイリスさんが?」
その指令書の集合場所を頼りにアミューゼと共にルルルさんと顔を合わせる形だった。今回は形式が異なる。
「バックアップの魔女を連れ出すところからが貴様の仕事だ」
面倒事を押し付けられているように聞こえる。自信満々には言わないでほしかった。
「どんな人ですか?」
「一週間前に指令書を出したが未だ現地に向かわず自室に籠もったままだ。貴様が引っ張り出せ」
無茶苦茶を言わないでほしい。『魔女の大釜』の指令を無視している魔女が私の言うことを聞くわけない。
「腕は確かだ。そして奴から貴様も学ぶところが多いだろう」
「分かりました」
どうせ断れない。アイリスが直々に来ている時点で私に拒否権はないのだ。
「それでは報告を期待しておく」
丸められた指令書を私に手渡し、アイリスが去る。私はしばらくぶつくさと「なんでこんなことに」と漏らしつつ、五分くらい経ってから観念して外に出る支度を始める。
「思わぬ意趣返しになったな」
一週間、自室でグダーッとしていた私は同じように一週間、自室に籠もったままの魔女を外に出さなければならなくなった。ファルシュは私に対してざまぁみろって顔をしている。なんだかなーと思いつつも、私が彼と同じ立場だったらその顔をする。むしろもっと毒を吐く。
ニヤニヤしているファルシュをよそにメイクを済ませ服装を正し、渋々と部屋を出た。だが、ほぼ一週間振りに出てみるとまだ研究棟の中なのに気分が乗ってくる。これで外に出たら私はご機嫌になってしまいそうだ。思いつつも指令書に書かれている魔女の名前と研究棟入り口にある名簿を確認し、自分の部屋とは別の廊下にはいり、そこから右、左、右と進んだ先の81番目の扉の前に立つ。一度、深呼吸をしてからノックをする。返事はない。なので再びノックする。やはり返事はない。でもノックする。返事はない。
まさか一週間、本当に部屋に籠もりっ放しってこと? 食事もせずに? それだとかなりマズい。食事もせずに研究に没頭し過ぎて栄養失調で倒れているかもしれない。
「シグネラ・アーケミアさん? 『魔女の大釜』から指令書が出ています。シグネラさん?」
ドンドンッと強めに扉を叩く。やっぱり返事はない。非常によろしくないが耳を当てて中の様子を探る。
なんだろうな、怒鳴り声が聞こえる。でも声が聞こえるってことは生きているってことだ。
「シグネラさん、開けますよ?」
ドアノブに触れると鍵が掛けられていなかったので、ともかく生存確認をしなければという使命感で扉を開く。
「はーマジゴミ、使えねぇわ。なに利敵? トロール? なら通報すんだけど、なにか言い分ある?」
PCのモニターを前にして暴言を浴びせている。
「テキストチャットじゃなに言ってっか分っかんねぇよ! おいコラ、声出して反論してこい。あぁん? 俺が逆に通報されるだぁ?! ねーよ、ねーわ。俺キルレ一位だし、テメェをキャリーしようとガチ頑張ったけど、マージーで終わってる。内容が終わってんじゃなくてテメェのPSが終わってんの。あ、おい! …………はーい、切断してBotになりましたー。ってか最後に俺のこと滅茶苦茶に言ってたけどなにあれ? あれが負け犬の遠吠えってやつですかーっと」
帰りたい。見なかったことにして逃げ出したい。そう思って踵を返すが、背後から刺すような視線を向けられる。
「お疲れ様でしたーっと」
振り返るとマイク付きヘッドフォンを外して三白眼の女性がゲーミングチェアから立ち上がって、こちらににじり寄っている。
「人の部屋入る前にはノックぐらいしろって言われなかったか?」
「いや、いやいやノックしましたから」
「あぁん?」
私を睨み付けながら女性は空を飛んでいるカブトムシを見つめる。
「ちっ、オオカブトが証人ならテメェが言っていることが正しいみてぇだ」
あのカブトムシがこの人のホムンクルスってこと?
「あの、あのあの、私、ちょっと、急用を思い出したんで」
逃げようとしたら手に持っていた指令書を奪われる。それを開いて中身を確認すると女性はそれを丸めてゴミ箱へと放り込んだ。
「俺にビビる魔女候補生のバックアップなんてしねぇよ」
「その、えっと、なんでPCに向かって暴言を」
「あー? ぷっ、まさかテメェは俺が本気でゲームに向かって暴言吐いてると思ってんの?」
来いよ、と言われたので怯えながらPCの傍に近寄る。
「…………AI?」
「そ、まぁAIっちゃAIなのかもしれねぇけど正確には『魔女の大釜』が作った極めて簡単なChatBot。本格的なAIに暴言やらなんやら吐き捨てると垢BANだからな」
利用規約に反している、って思われるのかもしれない。
「でもなんてChatBotに暴言なんて」
「さっきゲームに負けたあとにテキストチャットで『4ね』って来たわけ。こっちはキルレ一位でちゃんとキャリーしようと頑張ってたっつうの。納得できねぇからChatBotに思ったことを全部ぶつけていたわけだ」
「それ正しい使い方じゃないですよね」
「正しい使い方じゃなくてもそれで発散できるんなら間違ってねぇだろ。おかげで俺はまたさっき負けたゲームを暴言でBANされずに続けられる」
『魔女の大釜』お手製のChatBotの利用規約に違反していてそっちはBANされそうな気がするけど。
「あの、えと、一週間ほど部屋に籠もっていたのは?」
「新作ゲームが三本出ててそれをクリアしたかった」
「あの、でも、オンラインゲームも」
「並行してやってんだよ。悪いか?」
駄目だ、この人。完全なゲーム脳だ。あと三白眼ってリアルで見ると怖いな。なにもしてないのに睨まれている感じがして、視線を逸らしたくなる。逸らさないで耐えてるのはどうにかして指令書の通りに動いてもらいたいからだ。あとなんだろ、別にこの人の歯は正常なんだけどアニメ調で表すならギザ歯が似合いそう。
パンクファッション、ガチガチの耳のピアス、あと赤髪と黒髪のメッシュ。こんなイケ女がPCにかじり付いて暴言吐き散らしているの怖いな。ギャップ萌えなんてまるで感じない。ただただ怖い。
「バンドとか、やってたり?」
「あ? やってねぇよ? コード覚えらんねぇもん」
「でもゲームって全部操作方法違いますよね。それは覚えられるんですか?」
「音楽はセンス、ゲームはスキル。あとコントローラーはある程度、規格が定まっているから持ち替えたところで苦でもなんでもない。PCゲーはアクション以外WASD操作で慣れたし、どうとでもなる。音楽ばっかりはどうにもならねぇ。生まれてこの方、ギターやベースなんて持ったことねぇからな」
やっぱり魔女ってファッションと実際の性格が一致しないことばっかりだな。ゴスロリ、メイド服、そしてパンクファッション。セルバーチカは家柄に抗う感じでキュロットスカートの動きやすい服装をしていたかな。こうなるとアミューゼが真っ当にお嬢様風の格好をしているのが逆に不思議なくらいだ。
「あ、の、指令書のことなんですけど」
「やらねぇっつっただろ。俺はまだ戦える」
「戦うってゲームですよね?」
「ああ。俺はエナドリと炭酸飲料で生きることのできる世界で唯一の魔女……」
そこまで言ったところでシグネラは仰向けに倒れた。
「シグネラさん!?」
私が驚いてどうしたものかと困っているとカブトムシが部屋にあったボードに角で文字を刻んでいく。
「『燃料切れ、至急、医務室へ。食事をさせてくれたなら、指令書の通りに向かわせる』」
ちょっとばかし失礼だがツンツンとシグネラの頬をつつく。反応がないので安心して背負う。私より身長が高いけどそれでも比較的軽い方だ。
「ファルシュ、手伝って」
「了解した」
部屋の外で嵐が過ぎ去るのを待っていたかのように調子良くファルシュが出てきて、私の代わりにシグネラを背負う。
「なんで隠れてたの?」
「身の危険を感じた」
「だったらマスターの私に言ってよ」
「マスターは接触しなきゃならないだろ。俺はしなくていい」
いつもは仕事が出来るのにこういうときは私任せなところ、要領が良い。ホムンクルスのクセに損しない生き方をしている。私にもそのコツを教えてほしい。




