代理で戦わされてる
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『魔女の大釜』での生活はなにかとストレスが溜まる。今はスマホやPCで幾らでも娯楽を享受できるが、それでも目の前で見る娯楽こそ圧巻の極みであることは変わりなく、魔女たちによる喧嘩はまさに身近で浴びることのできる娯楽である。だが、魔女同士の喧嘩は死人が出ることも少なくなく基本的に禁止で、代わりに魔女候補生同士のバトルを鑑賞することでガス抜きしているらしい。だから魔女候補生による対決申請は通りやすいし正式に認められている。
「五十年前くらいから規制が入って、それからは死亡者数が激減したそうですよ」
「激減しただけでゼロ人なわけじゃないじゃん」
「でもそれ以前では数十人単位で亡くなられているそうなので」
血の気が多い。極端な人間が集まると小さなことで揉めて、その小さなことをプライドが許さなくて衝突が起きやすい。心の余裕云々じゃなくて道徳を切に学んでほしい。ムカつくから人を殺していいにはならないでしょ。そして対戦だから相手を殺してもいいともならない。それ魔女狩りとなんにも変わんないじゃん。そして魔女同士の衝突で人員が減ったら元も子もない。なんのために魔女を目指しているんだか意味不明になる。
「でもミイナさんはなんでまたジルヴァラさんの代理で?」
「そこは聞かないで」
私もなんでそうなったのかは説明しにくい。流れでそうなっただけで決して自分の意思が介在していたわけじゃない。アミューゼに伝えたいけど伝え切れない思いを心の中で吐露する。
「直前でアミューゼが来てくれて助かったよ。私、なんにも知らないから」
事前準備と言われてもなにをどうしたらいいのかさっぱりだった。だから心配して私のところに来てくれた彼女ほどありがたい存在はなかった。
「このペンダントってなんの意味があるの? 唐突に渡されて効果を全く知らないんだけど」
「それは戦っている間はちゃんと身に付けておいてください。死なないようにするものです」
「死なないように?」
「装着者の危機に反応して障壁が展開するんです。トドメを刺されること防止用です」
「……トドメを刺されることだけに反応するの?」
「え? ええっと、どうなんでしょう? その通りかもしれませんし、戦えなくなったときに反応するかもしれません。でも、命に別状はないかと」
苦笑いを浮かべながらアミューゼは曖昧に答える。
「命に別状はなくても重体で後遺症に悩まされるとか心の病気になるとかあるからね?」
私たちの思う軽症と重症の違い並みに『命に別状はない』という言葉は幅が広すぎるわけだけど、もうそういう感じじゃん。
「なんにせよ、死にはしませんから。魔女は骨も腕も薬で生えますし、問題ありません」
変な応援の仕方だな。この子が魔女特有の倫理観を見せると解釈不一致で脳がバグりそうになる。
「ほんっと人間関係が面倒臭い」
もっと不幸側と関わって傷の舐め合いしたいな。でもそれだと共感の嵐だから魔女的には良くない。ううん、共感できない相手といた方が魔女的には安全って難しすぎる。
やっぱ逃げよっかな。ジルヴァラにメリットがあっても私へのメリット少なすぎだし。
「頑張ってください。あ、でも、自分の弱点への対処はしっかりとしてください」
「なんの?」
私に弱点は色々あるけど、なんだか聞いておかなきゃならない気がする。
「え、だって魔法の収束と到達点が一致してませんよね?」
「そうなの……?」
言われるまで気付かなかった。
「淫魔に魔法を唱えたときに感じたんです。収束する到達点が見えてないと一番の威力が出る場所を魔に当てることができません。雷魔法が見た目以上に威力が弱いのはエネルギー放出はされていても対象という一点に全てが到達できていないからです。面制圧はそれでいいんですけど点制圧では――つまり範囲対象の魔法を単体対象でぶつけている感じなんです。単体には単体の魔法の使い方をしないと」
彼女の気付きで私が感じていたイマイチな手応えの答えを見つけ出せた気がした。
「教えてもらって嬉しいんだけど、すぐには修正できることじゃないよね?」
「そうですね、教わった段階から始めないと」
範囲から単体、単体から範囲。そういう風呂敷の広げ方をしていれば難なく習得できても、一つの方向に伸ばした能力から別の能力を伸ばすのは大変だ。並行で進めなきゃできないことってあるから。
「だから、ミイナさんは魔道具を用いた方が補正と補強ができるんで、対戦が終わったあと検討してみてもよいかと」
できれば対戦前に提案してほしかったんだけどアミューゼは淫魔や『氷姫』の後始末もあっただろうからそんな暇もなかったか。
「そういうの、魔女は教えてくれないものだと思ってた。自分じゃなくて他人を強くするだけだから」
「人の成長を妬むことはしたくないですし、成長するための解決策を気付いているのに見過ごすことはできません。魔道具を専門とする母の家系での教えです」
この子のどこが面汚しなんだろ。少なくとも話している私からしてみれば魔女候補生の中で一番まともだし、分け隔てなく接してくれるし変だけど応援もしてくれる。容姿に問題もない。この子のオドオドとした一面はある種の男には刺さる。むしろ私みたいな強情な態度より、こういう弱い部分を見せる方が異性には好かれやすい。守ってあげたい、一人で生きていけるんだろうかという心配は庇護欲になる。私みたいな同性ですらイチコロだ。これで親に認められないとか理不尽にも程がある。
「色々と気にしてくれてありがとう」
「はい」
一瞬、この子になら利用されても構わないって思いそうになった。それぐらい邪気のない笑顔だ。このままだと篭絡されてしまう。運良く、時間もないから冷静さを取り戻すために距離を取ることができそうだ。
ペンダントを首にかけて私はアミューゼに手を振ってから部屋を出る。それから正面に続く廊下を真っ直ぐ進んで『魔女の大釜』の敷地内にあるアリーナへと足を踏み入れる。闘技場、コロシアム、そんな別名は幾らでもあるけどそれはちょっと野蛮な呼び名だ。あくまで競技の一環とし、それを周囲から観戦する。だからこそアリーナという名称を用いている。人の入りは少ない。でも今年の魔女候補生はほとんど観客席にいそう。
「逃げずによく来られたわね」
対戦相手らしい言葉をぶつけられる。バトル漫画では割と負ける側のセリフだけど、セルバーチカから感じるオーラはそこらのイキってるだけの雑魚とは比べ物にならないほどに刺々しい。これは敵意だろうか。『氷姫』が私に向けてきたのは好奇心と、多分だけどこれに近い。殺す気はないんだけど敵視はしているみたいな。でも勢いで殺すって感覚からはズレてない。
「不運よね、ジルヴァラに目を付けられるなんて」
「私もそう思います」
「なら代理なんて引き受けなくてよかったじゃない」
「私もそう思います」
「時間が経てば経つほど逃げられなくなったんじゃない?」
「私もそう思います」
「さっきからなんなのよ!」
「私もそう思います」
「その言い方をやめなさいってば!!」
戦う前のやり取りに興味ない。前置きが長いと会話も長くなる。いつまで経っても戦いが始められない。言葉の応酬よりも魔法の応酬。戦うとなった以上はそれだけで十分だ。
「勝ちます」
「安心して? 殺しはしないわ。ただ、顔には火傷の跡が残るかもね!」
「ははっ」
笑っちゃった。
「なにがおかしいの?」
「何度もジルヴァラに勝負を挑んでいるんでしょう?」
「だから?」
「ジルヴァラはあなたにそんな幼稚な言葉を浴びせてきましたか? 少なくとも、私が対立したときのジルヴァラは言葉ではなく態度で『殺す』を訴えてきましたよ? なのにあなたは『火傷の跡が残るかもね』? 笑っちゃいますよね、脅し方が弱気過ぎて」
言葉で戦う気なら言葉で煽れ。そんな気もないのにペラペラと喋るな、鬱陶しい。
ああ、鬱陶しい。でも怖い。ああ、怖い。
わななけ、わななけ、そして昂れ。恐怖を昂りに変換しろ。感情の波を起こせ。
対戦に合図はない。どちらかが仕掛ければそれがスタート。細かいルールに魔女は従わない。セルバーチカが刻印に触れた時点でもう戦いは始まっている。
「あなたは私が、えっ?」
なんの宣言でなにに驚き、動きを止めているのか。そんなことをしているから私はもうセルバーチカとの距離を詰め切っている。
「夜は私の味方をする」
腰に差していた短棒を引き抜き、彼女が刻印に触れた左手を打とうとする。しかし、唐突に舞い上がった風圧によって私と彼女の距離は再び開かれてしまう。
詠唱不要の魔法。詠唱して感情と混ぜて魔法として放つのではなく、簡易的な魔力の放出だ。パフォーマンスが低いため通常使用には向かず、緊急回避として自己防衛のために無意識的に発動できるようにしている魔女が多いと聞く。
「ちょっとは魔女らしい戦いをしなさいよ」
冷や汗を掻いたとでも言いたげなセルバーチカに対し、私は手にしている短棒を眺める。左手を打った部分が焼け焦げている。骨に折る気で振り切ったけど、彼女は痛がってはいてもそれ以上はない。見た感じ、左手が腫れている様子もない。
「やっぱり物理は駄目か」
駄目ではないけど対策を取られている。隙を突いて叩けば突破できると思ったのにそんな簡単なことじゃないらしい。
「どういう教育を受けてんのよ」
セルバーチカが手元に火を起こす。火の色は錆色。そして落ちる火の粉も錆がパラパラと混じっている。
「刻印よ、怒れ!」
錆の炎が一直線に私へと放たれる。僅かに左右にステップを踏んでみたが迸る炎がブレない。指向性はあっても追尾性能はない。だからなにも考えずに右に避ける。
「刻印よ、怒れ」
避けた先にセルバーチカが回り込んでいた。間近で錆の炎が放たれる。
「焼け死ね!」
「刻印よ、悔やめ」
錆の炎に雷撃を放つ。
「そんな弱い魔法で! な、っ?!」
魔力塊を貫き、錆の炎を眼前で崩壊させる。驚いているセルバーチカとの間合いを詰める。短棒で再度、左手を叩こうと試みるが二度目の打撃に鋭敏に反応して後ろに逃げられる。
「すばしっこいな……」
「だから魔女らしく戦いなさいよ!」
でも言われた通り魔女らしく戦ったら私に勝機はない。魔力量の時点で彼我の差はハッキリとしている。だったら私が突くべきは魔女が最も嫌う近接での立ち回りだ。私ですらファルシュと一緒に対策をするぐらいには近接を避ける戦いを魔女は徹底する。
魔女にとって適切な距離とは詠唱の余裕と感情の発露。その両方が成立して魔法として放つことのできる距離。近距離での戦いを得意とする魔女も魔法を唱えてから近付く。だから詠唱のタイムロスを踏まえるなら魔女の言う近接は中距離からだから一つ後ろになる。そこでの立ち回りではなく近接で、しかも打撃を与えようとする私が「魔女らしくない」と言われるのは間違いじゃない。
「師匠は言っていました。魔女が嫌がることは正解だと」
相手の嫌がることをしている限り、共感することはない。相手を気遣った瞬間、共感が生まれやすい。それらを踏まえると私はセルバーチカが嫌がる行動を取り続けることに徹底するだけでいい。
「どこのなんて師匠よ!」
言ってごらんなさい、と言いながらセルバーチカが自身の後方に複数の火球を生成する。
「刻印よ、走れ!」
胸の内にあって、唐突に訪れることのある走り出したいという感情。それを体現するように全ての火球が一斉に私へと射出される。でも軌道は単純明快で避けやすくはある。ただ避けても爆風があるので、それらを考慮して避けることになるからルートを制限される。
制限して、再びセルバーチカは私の正面に現れる。これが彼女の必勝の立ち回りらしい。
「刻印よ、怒れ」
「刻印よ、悔やめ」
放たれる炎を雷撃が貫き、瞬く間にその構成を崩壊させる。
「また?! さっきからなにをしているって言うの!?」
困惑しながらも足は止めない。セルバーチカは戦い慣れている。口では驚いていても頭は冷静で思考もちゃんと回っている。感情をコントロールしながらも状態を維持できるのは長年の努力の賜物だ。
私にそんなものはない。
「だから、あるものだけでやり繰りしなきゃならない」




