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丑三つ時のティータイム

「先日、父の経営する企業が某有名企業の買収に成功しまして」

「ええ、(うかが)っておりますわ」

「テイラー家はなにか大きなことは?」

「特には。お話するようなことはなにも」

「それはなにも成長することがなかったと?」

「ええ、そうですわね。わたくし、お父様のやったことを自分の成果のように話したくはありませんので」

「……私の父は石油王とも面識があるんです」

「まぁ、素晴らしいことじゃないですか。わたくしも石油王からお仕事をいただいたことがありますわ。無論、仕事内容にご満足いただきましたわ」

 私の想像するお茶会ってもっと「うふふ」、「あはは」、「えへへ」みたいなお淑やかなやり取りがあるものだったのに、どうしてマウントの取り合いを見させられているんだろうな。それにしたってどっちも石油王と面識があるってほんと? 投資してもらっていたら生涯、お金に困らないんじゃないの? そんな簡単なことでも単純なものでもないことは百も承知だけど、石油王と仲良くなれたら人生Fireできるものだと思ってるんだよね、庶民の私は。

 それにしても、ジルヴァラは自分からマウントを取るような話をしていたわけじゃないんだよね。対面する形で座っている子から勝負を仕掛けたから、これはジルヴァラが悪いんじゃなくてあの子が悪いんだと思う。テーブルを囲っている残りの二人も笑顔を作るだけで必死じゃん。内心、早くこのお茶会終わらないかなって思うくらいには笑顔が引き攣っている。こんな深夜に紅茶を飲んで、お菓子を食べて、そして人間関係がギスッてるのは収支においてマイナスが多すぎない?

 でもこういう優雅そうな雰囲気が出るお茶会は憧れだな。あの三段のティースタンドがもう優雅って感じ出てるもん。なんかちょっと座りたくなる謎の魅力がある。観察していて分かったけどティーフーズって下の段から食べていくんだなって。ティーテーブルは標準的な物だからソーサーごと持ち上げずにカップだけを取って飲んでいる。その持ち手の部分もなんか変な持ち方しているし。あと音は極力出さないようにしている。じゃぁこれを次に実践してみようと言われたら多分できない。やっぱり所作が違う。教育の一環として学んだものと目で見て情報を吸収できていない私とでは雲泥の差になっちゃう。

 どこかの派閥に属して、こんな風にテーブルを囲んで紅茶を飲む……? 想像できないな、私。やっぱ庶民で集まろうかな。それはそれで不幸自慢のマウントの取り合いになりそうでヤバいけど。

「そう言えば、テイラー様が下民をお茶会に誘ったという話が私の耳にも入ってきましたのだけれど」

「ええ、趣を変えることも大事ですから。いつまでも同じ人同士で紅茶を飲むのも飽きが来てしまいますでしょう?」

「私たち高潔にして高貴な世界に一般庶民よりも更に下の、不幸のどん底に落ちるしかなかった下民をわざわざ誘うだなんて、理解ができませんわ」

「それは良かった。共感されないことをするのが魔女ですから」

 交渉はヘタクソだけどジルヴァラって打たれ強いというか受け流し方は上手い。相手を苛立たせる受け流し方はどうかと思うけど、私も波風立てない形でああいう返し方を学ばなきゃな。

「もしかして、その一般庶民とデキていらっしゃるのでは?」

 お茶会でする話じゃない。あとデキてない。

「あら? あらあらうふふ、わたくしがもしその方とデキていたら、どうなんですの?」

「どうもこうも、テイラー家の嫡女が女とデキているなどと知られれば、しかもお相手は下民ではないですか」

「わたくしのことはお気になさらず。わたくしの問いに答えてください。あなたは、どう思うんですの?」

「それは…………それ、は」

 普通ならジルヴァラがテンパって失言するんだろうと思う。でも彼女はそうじゃない。相手の言ったことにそのまま興味を抱いたかのような反応を見せ、詰めている。この場のやり取りでたとえ噂話が流れようと気にしないのだ。だってないから。ないものをずっと噂として流し続ける労力は燃料を注ぎ込むことのできる炎上よりも続かない。

「そうやって人をネチネチネチネチと追い詰めるところは相変わらずね」

 我慢の限界に達したらしく、取り繕っていたお嬢様が用いるような言葉を捨てて魔女候補生はジルヴァラを睨み付けた。

「敗北宣言、いただきました」

 手を叩いてジルヴァラはにこやかに煽る。

「私はずっとこの時を待っていたのよ。あなたから銀の炎を取り戻すために」

「取り戻すもなにも銀の炎はテイラー家の秘法。嫡女たるこのわたくしが継承するのは当然の摂理」

「違うでしょ。二百年前にテイラー家が簒奪した」

「あなたの家系では力不足とわたくしたちに泣き付いてきたと聞いております」

「それは嘘の歴史よ」

「誓約書がありますわ。じいやに言って持ってこさせても構いませんが?」

 どうやらこの二人の間には切っても切れぬ因縁があるらしい。しかも家同士での問題だ。私はこういうのをスマホのニュースで見るたびに家の問題を特定の娘や息子に押し付けるのは果たしてどうなんだろうとも思うんだけど、この子たちの間ではそれが至極当然のことのようだ。

「私はあなたを認めない」

「でも銀の炎はわたくしを認めています」

「だったら私と銀の炎を賭けて勝負しなさい」

「勝負? これまでも何回もやっておりますわ。いつも、わたくしが、勝たせていただいておりますが?」

 言葉の一つ一つを丁寧に発しつつも、ジルヴァラの視線が後ろに控えている私たちジルヴァラにお茶会に誘われた魔女候補生に向けられる。まさかとは思うけど、巻き込む気じゃないよね?

「嗜好を変えましょう。わたくしではなく、あなたがこの中からお選びした方と勝負を行ってください。もしその方に勝ったなら、あなたの言う通り銀の炎を譲ります」

「言ったわね、ジルヴァラ・テイラー!」

 だったらと言わんばかりの勢いで魔女候補生が私を指差す。

「そこの下民! あなたにだけは負ける気がしないわ! ミイナ・サオトメ!」

 えー……え、ええぇー……駄目だ、驚けない。なんだかそういう流れになりそうだなって思った。先に「面倒なこと」ってジルヴァラも言っていたし、勝負するだのなんだの言い出した瞬間から、あ、ヤバいなこれって思って帰りたかった。

「私みたいな下民をジルヴァラさんがあなたに戦わせる相手としてお認めになるとは思えません」

「結構ですわ。それで? あなたが負けた場合はどうするのですか? セルバーチカ・ラスティー」

「そんなの裸で『魔女の大釜』を練り歩いてやるわよ」

「さすがに虐めになってわたくしたちも処罰を受けるのでやめてください」

 そこのネジは外れてないんだ。

「わたくしが仕立てたランジェリーを着てモデル撮影で手を打ちましょう。あなた、素材は良いのできっとネットショッピングで沢山の注文を受けますわ。安心してくださいませ、顔はちゃんと隠しますわ」

 あんまり変わってなくない? むしろ悪化している。ランジェリー着た自分の写真を使われるとかネットタトゥーもので、その方がダメージ大きいし顔を隠そうがここにいる人たちから名前も顔写真も流出するかもしれないし。それとも、あれなのかな? タトゥーはこの子たちの間ではファッションの一部に過ぎなくて、ネットタトゥーもその範疇とか?

「良いわよ!」

 あ、この気の良い返事は分かってないな。

「私が負けるなんてあり得ないんだから!」

 そう意気揚々と私に告げてから、セルバーチカ・ラスティーはテーブルに置いてあった紅茶の残りを一気に飲み干して、「ごめんあそばせ」と言って深夜の中庭をあとにした。いや、テーブルマナー的にそれはいいのか……?

 セルバーチカの取り巻きが彼女のあとを追いかけ、テーブルを囲っていた二人の魔女候補生も疲れ切った笑みを向けつつそそくさと中庭を去っていく。

「ミイナ・サオトメ」

「私を虐めて楽しいですか?」

「虐めているのではありません。セルバーチカもあなたに負ければもうわたくしの銀の炎に拘ることはないでしょう」

「まぁ私はあの子と共感できる部分がないので、ともかく魔法が通用しない事態にはなりませんが」

 でもそもそもの魔法の威力で圧倒されるだろうから共感できないことが強みにならない。

「あなたが共感できないのはプラスです。そして、セルバーチカに共感されれば更にプラス」

「私に共感することなんてないですよ」

「いいえ、わたくしはあると睨んでいます。セルバーチカ・ラスティーにはあなたと戦って学んでもらわなければなりません。わたくしが幾度となく要求を跳ね除け続ける、その意味を」

 だからって代わりに戦うのは最悪だ。

「もし勝てたなら、わたくしの方からあなたの方へお金を融通しますわ。今よりも趣味嗜好に使えるお金が増えますわよ?」

「仰られたところで、その期待を裏切ってしまいかねないことへのプレッシャーの方が大きいです」

 なんで私が……って考えたところで今更か。そういう気配を感じたときに嘘をついてでも離れようとしなかった私にも責任がある。面倒なことを押し付けられると分かっていながらお茶会に顔を出した私の油断も含むと、こうなる事態を自分から受け入れたとも言える。

「善処はしますよ? でも秒で負けても恨まないでください」

「それは無理な相談ですわ。秒で負けたらあなたを焼き尽くしてしまいますから」

 やっぱりね、あなたはそう言うと思った。むしろそう言われることを期待してた。魔女はやっぱりぶっ飛んでる。平気で人に勝負を任せてくるし、平気で自分の家が代々受け継いでいる秘法を賭けるし、平気で下民だのなんだのと侮蔑するし。

 で、それをぶっ飛んでると思いながら受け入れている私もぶっ飛んでる、と。

「魔女候補生の勝負の許可申請を取ってきますわ」

「許可下りるの?」

「殺し合いにならない限りは。これが魔女同士なら殺すまで続くとか続かないとか聞きまわすね」

 でも殺し合いになるかならないかは私たちがどういう勝負をするかで変わってくる気がする。でも、申請を『魔女の大釜』が承認するのなら防止手段を講じてはくれるはず、なんてのは淡い期待かな。あんまり機関を信用しすぎちゃ駄目だ。それってつまり道具として使われますという表明なんだから。

「ミイナ・サオトメ。嫌なら断ってもよかったのですよ?」

「断れる感じなかったじゃないですか」

「それでもあなたなら断る度胸はあるでしょう?」

 確かに、こんな理不尽なこと普段の私なら絶対に受け入れない。特にジルヴァラのことを恨んでもいるし、私に断られて困り顔をするならそれはそれでざまぁみろって感じ。

「セルバーチカ・ラスティーってあなたにとって、なに?」

「幼馴染み……今は唯一、張り合ってくれる相手。ライバルには程遠い相手ではありますが、こんなわたくしに勝負を仕掛け続けてくれるのはラスティーの秘蔵っ子だけですわ。だからこそ、弁えてもらわなければならないのです。銀の炎は、あなたが思うほど簡単に御せるものではなく、そしてセルバーチカが持つ錆びた炎もまた、この世に二つとない秘法であるということを」

 あらあら、とジルヴァラは失言してしまったかのように呟く。

「錆びた炎などと零してしまいましたわ。情報は全て平等であるべきですのに」

「平等もなにも、あの子はあらゆる方法を使って私のことを調べ尽くすでしょうから私の方が圧倒的に不利ですよ」

「いいえ、時として不鮮明であった方が魔女同士では有利に働きます」

「共感できないから魔法の威力が落ちない」

 情報を集めてしまうと相手のバックボーンを知ることになって、そこにもし共感できる部分があったなら勝負において不利を作り出す。だから私はセルバーチカ・ラスティーのことをよく知らないから有利であるとも言える。

「ならあの子も私を調べ尽くさないかも」

「それはありませんわ。そもそもの点を忘れていましてよ」

「そもそも?」

「認めた相手ならば下民庶民平民問わず話すわたくしと違って、下民に共感などしませんわ、セルバーチカは」

 魔女としての資質は極端であること。セルバーチカも例に漏れないってわけね。

「それじゃ、私はもう寝ます」

「まだ聞いておりませんわ。どうして断らなかったんですの?」

「んー嫌がらせ、ですかね。私は今、あなたの生殺与奪を握っているようなものじゃないですか。落ち着かなくないですか? もし私がすぐにセルバーチカさんに負けたら、あなたはテイラー家の面汚しになるわけですから。それってとてもいい気味で、私にとってもメリットがあることなんですよ」

「……意地悪な人」

「でも、私はジルヴァラさんのことが嫌いで近寄りたくもないし恨んでもいますけど、苦しんでほしいとまでは思ってないんですよね、不思議なことに。あと単純に勝負となったからには負けられません。あなたの代理で戦うことは癪ですけど、勝負の世界で負けを自ら選ぶなんて真似は絶対にしません」

 それを続ければ再び私は不幸のどん底に逆戻りだ。自らを虐げることに快感を得られるドが付くほどのマゾヒストじゃないんで、死んでも戻りたくない。

「期待していますよ、ミイナ・サオトメ。精々、庶民らしく足掻いてくださいませ」

 ジルヴァラは不平等な勝負を提案し、それをセルバーチカは承諾した。その真意は未だ分からない。銀の炎に関わることなのだろうけど、私の勝ち負けで彼女の人生は大きく変わる。


 私に謝罪もしてないのに、こんなことでジルヴァラがドロップアウトするのは許さない。だからこそ、私は手を抜く気は一切ない。

 でも、やっぱり物事の決定の流れが変化球過ぎないかとは首を傾げるレベルで思ってる。


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