リオとマシュー
「リオ、作戦開始は三時間後だ。連戦で疲れているだろう。少し休んでくれ」
フェリクスが肩に手を置き、柔らかい笑みを浮かべる。しかしリオは深くため息をつき、すぐに背を向けた。
「休む気にはなれねぇよ。その三時間、あたいはあたいに出来ることをする」
そう言い残し、リオは茂みの中へと姿を消した。
昨日からの戦闘、そして遅れを取り戻すために丸一日進み続けた結果、訓練された兵士達でさえ疲労の色は隠せない。ましてリオは非正規の戦闘要員であり、ゲリラのアジトでも交戦していた。その疲労度は隊員達の比ではなかった。
それでもリオは鷹の目を用い、補給基地の監視を続ける。
緊張感の糸を張り詰めていなければ、意識が落ちてしまうと自分でも分かっていたからだ。
監視兵の顔が険しい……ゲリラのアジトでの戦闘の報せが伝わっているのか?だから早く仕掛けちまえば良かったんだ……。
待ってろよ、マシュー。今、迎えに行ってやるからな――。
歯噛みしながら、リオの意識は過去へと沈んでいった。
――
まだ幼さを残す十代前半。国内ではセントラルボーデン政府に対する反政府運動が各地で激化し、地方の街は混沌に覆われていた。
リオは荒廃した街をさまよい、食べるために空き家に忍び込んでは盗みを繰り返していた。
そんなある日――。
「……助けて……」
耳に届いた小さな声。最初は気のせいかと思ったが、何度も頭の中に響いてくる。
「誰か……助けて……」
それはまるで、直接脳裏に語りかけてくるようだった。
「なんだよこれ……テレパシーってやつか?」
苛立ちながらも声に導かれるように進み、瓦礫と化した一軒家の前にたどり着く。
「……まさか、ここかよ」
崩れた家を前に呆れをこぼすリオに、再び声が届いた。
「お願い……まだ死にたくない」
年端もいかぬ少年の声。
「……ちっ」
舌打ちしつつも、リオは瓦礫を一つひとつどかし始めた。三十分ほど格闘し、ようやく瓦礫の隙間から小さな手を見つける。
必死で引きずり出したのは、十歳にも満たない少年だった。
「……お姉ちゃん、ありがとう」
「ふん、礼なんざいらねぇよ」
口では悪態をつきながらも、リオは傷ついた少年を強く抱きしめていた。
その少年、マシューとの出会いだった。
二人はやがて野盗団に身を寄せ、生き抜くために盗みや荒事、時に命を奪うことさえした。
やがて野盗団が政府に潰されると、反政府ゲリラへと流れ着く。
「役立たずのガキなんざ飼う気はねぇな。まぁ女は使い道はありそうだが……弟の方は駄目ならすぐ放り出すぞ」
男の嘲笑に、リオはマシューの頭を撫でて耳打ちする。
「大丈夫だ、あたいが守る。……マシュー、いいか?あたいの鷹の目で見たものをテレパシーで読み取って、あたかもお前が見たように振る舞うんだ」
こうして二人は生き残った。しかしその策が裏目に出る。
リオは切り捨てられ、マシューは軍に売られてしまったのだ。
「リオ、守ってくれるって言ったのに……助けて……リオ……」
暗闇の中から響く声に手を伸ばすリオ。掴んだ瞬間、体を強く揺さぶられた。
「おいリオ! 大丈夫か!」
目を開けると、そこにはフェリクスがいた。リオは夢を見ながらフェリクスを思わず掴んで引き寄せていたのだ。
「……寝ちまってたのか?」
「ああ、ひどくうなされてたぞ」
心配げに見下ろすフェリクスに、リオは薄笑いを浮かべる。
「なんだよ隊長さん。夜這いなら、もうちょっと時と場所を選びなよ」
「ふっ……普段ならもっと紳士的に接するさ」
「へぇ、フェミニスト気取りかい?隊長さん」
掴んでいた手を放し、皮肉を返すリオにフェリクスは苦笑しつつ立ち上がる。
「そろそろ時間だ。いけるか?」
「はは、待ちくたびれたよ」
リオも立ち上がり、その瞳には鋭い光が宿っていた。




