二人の帰還
鬱蒼とした森の中を、フェリクスとリオは並んで駆け抜けていた。
木々の間には、ゲリラが仕掛けた数々の罠が口を開けて待ち構えている。だが二人は息を合わせるように、時に枝を蹴り、時に身を沈めて躱しながら進んで行く。互いの気配を感じ取り、まるで長年の相棒のように足並みは乱れなかった。
やがて地下トンネルの入り口に辿り着くと、待ち構えていたヴェルザードが真っ先に歩み寄った。
「少佐、お怪我は?」
問い掛ける声は硬く、だが目の奥には安堵がにじんでいた。
フェリクスは全身に返り血を浴びていたリオを一瞥し、そして自分の姿にも視線が集まっているのを感じながら短く答える。
「心配ない、これは俺達の血じゃない」
その直後、軽い足音が駆け寄ってきた。エルザだった。目を見開き、返り血で真っ赤に染まったリオを見て思わず声を上げる。
「リオ、着替えてないの? そのままじゃ――」
「直に浴びた分は拭いたよ。けど、着替える時間も着替えも無いだろ?」
皮肉めいた笑みで軽口を返すリオ。しかしエルザは眉を寄せ、躊躇いもなくリオの手を取った。
「駄目よ。衛生的にもよくないし、何より……そんな姿でいるのは辛いでしょ。私の予備で良ければ貸すから、来て」
有無を言わせぬ調子に、リオは少し戸惑いながらも岩陰へと連れられて行った。
振り返ったエルザは、男性陣を鋭い視線で一喝する。
「絶対に、こっちを覗かないで下さいね」
フェリクスは思わず苦笑し、ヴェルザードも顔を引きつらせて視線を逸らす。
「あんまり見るなよヴェルザード」
「……覗きませんよ、そんな」
フェリクスが少しからかうように笑みを浮かべるが、ヴェルザードは硬い表情のまま言い放った。
エルザに感謝だな――。
フェリクスは重苦しい空気を少しでも和らげたエルザの気遣いに助けられていた。
しばらくして、丈の合わない軍服を着たリオが岩陰から姿を現した。腕や足がやや露出し、どこか不格好な印象だが、それでも血に染まった服よりはずっとましだった。
「なんだい、副隊長さん。聞こえてたぜ、あたいに魅力がないってか?」
皮肉を口にしながらリオは微かに口角を上げる。
エルザも隣に現れ、穏やかな笑みを浮かべていた。
「リオ、背が高いから少し丈が短いけどね。でも似合ってるわよ」
「ふん、別に気にしないけどな……まぁ、一応礼は言っとくよ。ありがとう、エルザ」
小さくはにかむリオ。その表情に、フェリクスは胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。
だが、すぐにヴェルザードが歩み寄り、冷静な声で告げる。
「少佐。時間がありません。出発を」
「ああ。行こう」
彼らは急ぎ荷をまとめ、再び地下トンネルへと足を踏み入れた。
休みなく丸一日を進み続け、ようやく出口にたどり着いた頃には皆の表情には疲労が濃く滲んでいた。だが、そこから見えた森の先――。目指すセントラルボーデン軍の補給基地が視界に入った瞬間、全員の目に再び鋭い光が宿る。
茂みに身を潜め、息を殺しながらヴェルザードが囁いた。
「少佐、作戦開始時間には間に合いました。しかしここでは無線が使えず、ライデル隊との連絡は取れません。彼らは大丈夫でしょうか?」
「信じるしかない。あいつらが持ち場にいると信じて、予定通り仕掛ける」
短く答えた時、リオがすっと背後に寄り、低い声を落とす。
「なぁ隊長さん。まだ仕掛けないのかい?行かないなら、あたい一人でも行くよ」
声には焦燥がにじんでいた。その理由を、フェリクスはよく理解していた。マシュー――。彼女がただ黙って待てるはずがない。
「リオ、わかってる。だが少し待て。俺達にも作戦がある。それに補給基地といえど正面からぶつかれば被害が大きい。仲間と連携して動かねば無駄に血を流す」
説得に、リオは小さく息を吐いて目を閉じた。そして再び目を開くと静かに告げた。
「……そうか。なるほどな。お仲間さん達、反対側に潜んでるんだろ?気配は巧妙に隠してるが、あたいの目には数人映ってる。挟み撃ちでも仕掛けるつもりなんだろ?」
フェリクスはわずかに目を見張った。
「見えるのか……やはり鷹の目は本物だな」
その声には驚きと同時に、確かな信頼の響きがあった。




