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密林での邂逅


 N.G.0197年五月。

 

 フェリクス達が部隊を結成して一ヶ月。

 ラフィン共和国の侵攻は、ついにセントラルボーデン領域へと及んだ。フェリクス達第十四独立機動隊はその最前線へと派兵され、鬱蒼と広がるジャングルを前に立ち尽くしていた。


 湿った空気が肺に絡みつき、草木のざわめきが不穏に耳を打つ。森は生き物のように行く手を阻んでいた。

 フェリクスは視線を奥へと投げ、低く呟いた。


「命令さえなければ独自で動けるとか言っといて、結局は鎖につながれたままか。騙された気分だな」


 自嘲するように呟き苦笑する。誰かに聞かせたい訳ではなかった。だが傍らに立つヴェルザードはすぐに答える


「それだけ少佐に期待が寄せられているということです。私はそんな少佐の下にいられることを誇りに思っています」


 いつもながらの真っ直ぐな言葉に、フェリクスは肩をすくめ小さく笑みを浮かべる。彼らしく誠実であることにもはや慣れすぎてしまった。


 今回フェリクス達に課された任務は、この目の前に広がるジャングルの先にあるセントラルボーデン軍の補給基地を別働隊であるライデル隊と共に挟撃し、無力化する事だった。


「自然を眺める分には悪くないが……作戦に支障が出るのはごめんだ。ヴェルザード、抜け道はあるか?」


「はい。三つ考えられます」

 ヴェルザードは真剣な眼差しを向け指を三本立てる。

「一つは横を走る谷底を進む。最短ですが、待ち伏せに遭えば損害は避けられません。二つ、森を大きく迂回する。安全ですが、恐らく予定から一週間は遅れますので、ライデル隊との連携が難しくなります。そして三つ目、このジャングルを突っ切る。ですがここはゲリラの支配下です。下手をすれば交戦も避けられません」


 森を見据えたままフェリクスは思考を巡らせる。

 谷底を抜ける。運が良ければ突破できる。だが部下の命を簡単に運に委ねるつもりはない。迂回。時間が許されるなら選びたいが、一週間の遅れはさすがに致命傷になりかねない。残るは――。


「ヴェルザード。ジャングルを抜ける。ゲリラとの交渉は可能か?」


「既に一度接触しました。ただ……要求は法外です。正直、傲慢さすら感じました。危険は覚悟の上で、力ずくで突破するのも選択肢ではと考えています」


 ヴェルザードが冷静に言い切る。そこには隊全体を案じる真剣さが滲んでいた。

 フェリクスはしばし黙し、やがてヴェルザードの肩を軽く叩く。


「彼らの庭を通らせてもらうんだ。少しくらい話をしてもいいだろう。それに、無駄な戦闘は避けたい」


 そう言うフェリクスの表情は穏やかだった。部下の命を預かる者としての責務。ヴェルザードはそれを理解し、小さく頷いて姿を消した。


 翌日。

 第十四独立機動隊は、ゲリラの拠点を訪れた。鬱蒼とした森の奥に隠されていたのは、簡素ながら人の営みを感じさせる場所だった。


「いやいや、少佐殿。こんな辺境まで足を運んでもらって悪いな。俺がここのリーダーのドレフォンだ」


 髭を蓄えた大柄な男が、椅子から立ち上がって笑みを見せた。豪快さと同時に、どこか粗雑な印象を受ける。礼を失しない仕草に威圧感はないが、信用するには早計だとフェリクスは直感した。


「ドレフォン、協力には感謝する。我々だけでこの森を抜けるのは困難だったはずだからな」


「はは、政府の奴らに一泡吹かせてくれるんだろ?それなら協力も惜しまんさ」


 ドレフォンは笑い、手を差し伸べる。無下にはできず、フェリクスも右手を重ねて応じた。だが心の奥に、微かな違和感が残る。


「協力と言うには……ずいぶん金を払った気もしますが」


 横にいたヴェルザードが、冷ややかに釘を刺す。

 ドレフォンは口角を吊り上げ、豪快に笑った。


「ははっ、手厳しいな副隊長殿。ドンパチやるには金が要るんだよ。あんたらと違って、俺たちは武器を自前で揃えなきゃならんのさ」


 大声が響き、周囲のゲリラたちも笑いを漏らす。だがその笑顔の裏にどこか居心地の悪さを感じていたフェリクスは握った手をさっと離し、真顔で口を開いた。


「さて。悪いが時間がない。できれば早めに出発したいのだが」


「そうか、まぁそうだよな。……おい、リオ!」


 ドレフォンが振り向き背後へ声を飛ばすと、奥から一人の女が姿を現した。女性にしては高身長で細身。歳の頃は十代後半に思えた。短く切り揃えられた髪から首筋が覗く。小顔を艶やかな黒髪が縁取り、切れ長の目でフェリクスを一瞥するとドレフォンの方へ鋭い視線を向ける。


「うるせえな。わざわざ叫ばなくても聞こえてる」


「はっ、文句を言うな。これが地声だ」


 軽口を叩くドレフォンに、リオは眉根を寄せて露骨に嫌そうな表情を浮かべる。それでもドレフォンは気にする様子もなく、その眼差しはどこか見下す色があった。


 この女性は他と少し違うか――。

 

 その様子を一歩下がって見ていたフェリクスは、ふと感じるものがあった。

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