開戦
N.G.0195年――
ラフィン共和国では世界連合への不満が募り、戦争の気配が濃くなりつつあった。
「もっと共に学び、語り合いたかったのだが……残念だ」
「今はどの国も戦争に傾いてる。こんな情勢じゃ仕方ないさ。それに国王の体調も良くないんだろ? 素直に帰国して、ここで学んだことを活かしてくれ」
ラフィン共和国の国際空港。二人の青年が別れを惜しんでいた。
一人はフェリクス・シーガー。のちに“黒い死神”と呼ばれる男。
もう一人はカルロス・ニード。やがてルカニード王国を治めることになる王子である。
ラフィン共和国の士官学校に特別留学していたカルロスに、気軽に話しかける者はほとんどいなかった。だがフェリクスだけは違った。身分や年齢差を気にせず接したことで、二人は強い友情を育んだのだ。
帰国したカルロスは、ラフィン共和国で学んだ知識を活かして自国の防衛力を高める。そのわずか数か月後、国王が逝去し、カルロスが弱冠三十歳で王位を継ぐことになる。
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N.G.0197年一月――。
セントラルボーデン東部国境で、後に大戦の火種となる些細な事件が起きる。
強い風にあおられ、ラフィン兵の帽子が国境線を越えて転がった。
「拾ってくれ」と頼む兵に、セントラルボーデン兵は冷たく首を振る。
仕方なく銃を棒代わりに伸ばして取ろうとしたラフィン兵にセントラルボーデン兵は警告を出した。
「それ以上踏み越えてみろ、侵略行為とみなすぞ」
銃を構えて警告するセントラルボーデン兵に対してラフィン兵は冷笑を浮かべる。
「何が侵略行為だ。お前らこそやってみろよ。それこそ国際問題だぜ」
そう言ってラフィン兵が身を乗り出した次の瞬間――。
乾いた銃声が響いた。
ラフィン兵の体は二十発を超える銃弾に撃ち抜かれていた。
理不尽な死。
この一件が報道されると、世論に一気に火がついた。
「これが侵略行為か!」
「我々は見下されている!」
憤る国民の声が国中を覆う。
その熱に、時の首相がさらに火を注いだ。
「確かに二百年前、世界連合は超常戦争を終わらせた。しかしその栄光に酔い、今や彼らは世界を我が物顔で支配している!
この世界は連合だけのものではない! 我々もまた、この地で生きているのだ!!」
その声は民衆の怒りと共鳴し、やがて国同士を戦争へと導いていった。
ラフィン共和国とセントラルボーデンの開戦から三ヶ月が経ったN.G.0197年三月――。
前線近くの補給基地。
フェリクス・シーガー少佐は、自ら設計した新型バトルスーツの調整を繰り返していた。
「計算上は、もっと結果が出るはずだ……だが稼働時間が短すぎる。使用者への負担か? それとも兵の方に問題があるのか……」
試作品を手入れしながら、フェリクスは小さく唸る。
今回のスーツは従来の補助や防御力向上だけでなく、脳波を読み取り、次の行動を予測する仕組みを備えていた。だが結果は芳しくない。
「そんなに不満なら、自分で試せばいいだろ! 俺たちはあんたのモルモットじゃないんだ!」
部下の一人が苛立ちをぶつける。
軍から「フェリクス少佐の試作に協力せよ」と命じられた兵達は、半ば強制的に実験台にされているという不満を隠そうともしなかった。
現場の声か。ありがたいが、敵意が混じると余計に突き刺さるな――。
苦笑を浮かべ、ため息をつくフェリクスだったが、それでも諦めなかった。
自分の技術で一人でも多くの兵を守る。それが彼の信念だったからだ。
その時、緊急通信が入った。
『こちら独立機動隊ヴェルザード大尉! 敵の総攻撃を受け退避中! 至急応援を頼む、このままでは持たない!』
基地中に警報が鳴り響き、部隊が次々と出撃していく。
フェリクスは一瞬ためらい、しかし決意を固めると試作スーツを自ら装着した。
「おい、乗せてくれ!」
発進寸前の車両に飛び乗る。
全身を覆う漆黒のスーツは顔までも隠し、他の兵装の中にあっても異様な存在感を放っていた。
「だ、誰だ……その格好……まさか“モルモット隊”か?」
隣にいた兵士から、驚きに言葉が思わず口をついて出る。
その言葉を聞き、フェリクスは口角を上げる。
「モルモット隊、ね。なかなかの呼び名だな。俺はフェリクス・シーガー少佐。事情あって自ら参戦することにした。よろしく頼む」
「……! 失礼しました! まさかご本人とは……」
兵士は慌てて敬礼するが、フェリクスの笑みは黒い装甲に隠され伝わらない。
顔が見えないと、余計に壁を感じさせるか……。だがそれも含めて収穫だな――。
車両は轟音を上げ、激戦の最前線へと突き進んでいった。




