記念式典⑥
「どうしたセシル?何用だ?」
椅子にゆったりと腰掛けアイリーンが問い掛ける。
その余裕のある笑みを浮かべるアイリーンを見て、自分がどのような用で訪ねて来たのか、既に気付かれているのではと、セシルは直感した。
「アイリーン大佐。先程の件でお尋ねしたい事があります」
「いいぞ、気にせず申せ」
「カート大臣もフィリップ中佐も、そしてアイリーン大佐、貴女も、私以外の全員がザクス・グルーバー大尉を知っているような素振りでした。さすがに少し、疎外感を感じちゃいましたよ」
少し冗談めかして言うセシルを見て、アイリーンは満面の笑みを浮かべた。
「はっはっは。そうか。まぁそうだな。私がお前の立場でも同じようにそう感じるだろうな。だが別にお前に隠し事をしていた訳ではない。ただお前がまだ新兵だから伝えられてなかっただけだ」
高らかに笑うアイリーンを見て、セシルも少しだけ表情がほころんだ。
「アイリーン大佐。彼は、ザクス・グルーバー大尉とは何者なんです?」
「ふふふ、まぁお前もいずれ我が魔法兵団の中でも上に立つ立場になるんだ、教えておこう」
そう言ってアイリーンはじっとセシルを見つめた。その鋭い眼光にセシルも思わず息を飲む。
「あの男、ザクス・グルーバーは、奴の本来の名前ではない。あの男の本当の名はフェリクス・シーガー」
「ちょ、ちょっと待って下さい。フェリクス・シーガーってあの……」
アイリーンから聞かされた名を聞き、セシルは目を見開き慌てふためく。
「ふふふ、そうだ。奴の正体は元ラフィン共和国軍所属、第十四独立機動隊を率いていたフェリクス・シーガー少佐。三年前部隊を率いて我々の前に立ちはだかり、『黒い死神』と呼ばれた男だ」
「……しかしフェリクス・シーガーは三年前のラフィン戦争、最終決戦の地、ケセラン・ハルトで行方不明となり、いまだ消息不明のはず」
セシルの問い掛けにアイリーンはニヤリと笑う。
「確かに表向きはそうなっているな。だがしかし、奴は今、ここルカニード王国でザクス・グルーバーとして生きているのだ」
「他人を騙り生きるなんて……そんな事が許されるのですか?」
「奴も本意ではないだろうな。そしてその発端を作ったのは我々だ。あれは私の汚点だった」
少し声を落とし、苦笑いを浮かべるアイリーンからは珍しく後悔の念が感じられた。
「三年前のラフィン戦争で何があったのですか?」
真剣な眼差しを向けるセシルを見つめアイリーンが微笑む。
「まぁお前も知っておくべきかもしれんな。あの戦争の顛末を」
――
同時刻。
王宮に用意された部屋でザクスは椅子に座り、リオの治療を受けていた。
「痛っ」
「動かないで下さい」
殴られ切れた口端をリオが消毒していると、ザクスが身をよじり声を上げていた。
「戦場ではこの程度で痛いとか言わないくせに」
「痛みの質が違うんだよ」
呆れたように小言を言うリオに対して、ザクスは苦笑しながら返していた。
「人には手を出すなとか言っときながら、自分は手を出して、しかも殴られるなんて……」
リオが愚痴りながらも両手で包み込む様にザクスの頬に手を添えると、正面からじっと見つめる。
ちょっと近すぎるだろ――。
ほのかに香る甘い香りを纏い、いつも以上に顔を近付け見つめるリオを見て、ザクスの鼓動は高まり思わず息を飲む。
だが次の瞬間、ザクスの脳裏にあの日の光景が蘇る。
焼け焦げた臭いに血と硝煙の臭いが混ざり、砂塵が舞う地で、遠くでは兵士達の歓声と叫びがこだましていた。
少し離れた所にいたクリスと目が合い、微笑んだ瞬間だった。
――
「……少佐」
リオの声に我に返る。
気が付けばリオの肩を両手で強く握り締めていた。
「す、すまない。痛かったか?」
苦痛に顔を歪めながらもなんとか笑顔を維持しているリオに気付き、慌てて手を離すと謝罪した。
「……私は大丈夫です。寧ろ貴方は大丈夫ですか?」
「ああ……少しだけ一人にしてくれないか?」
「わかりました」
リオは静かに部屋を後にする。
廊下に出たリオは窓辺に立ち、星が輝く夜空を窓から見上げた。
「まだ呪縛からは解かれませんか少佐……クリス、そろそろフェリクス少佐を解放してあげてよ……独り占めはよくないよ」
小さく呟き、儚い笑みを浮かべた。
――
「情けない。俺は何をしてるんだ?あの時、俺は……」
暗い部屋でザクスは追憶し、一人頭を抱えていた。
物語の針は過去へと巻き戻る。




