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第二章プロローグ ザクス・グルーバー②


 王宮での用事を終え、ザクスが重い扉を押して廊下へ出ると、すぐに背後から声を掛けられた。


「お疲れ様です、大尉」


 落ち着いた声に振り返ると、そこには闇に溶けるような黒の軍服を纏ったリオが立っていた。


「リオ、来ていたのか。中に入ってくれば良かったのに」


 少し安堵の色を浮かべて笑ったザクスに、リオは首を横に振って穏やかに微笑む。


「一応、秘書官という立場ですから。遠慮してたわけじゃありません。……中に入るのが嫌だっただけです」


「なるほどな。おかげで味方が一人もいなかったよ」


 冗談めかして言うと、リオは目尻を和らげて小さく笑った。

 二人は並んで歩きながら王宮を後にし、夜の市街地へと出る。


 街は活気づいており、通りには洋服店や雑貨屋、レストラン、バーなどが並び、看板の明かりが並木道を照らしている。

 腕時計に目を落とすと、針はすでに二十時を回っていた。


 そんな時、昼間リオと交わした会話を思い出す。


「……そういえばリオ、腹は減ってないか?」


 不意の問いに、リオは一瞬目を瞬かせたが、すぐにいつもの微笑を取り戻す。


「今度奢ってくれるって話、覚えてたんですね。残念ながら王宮に行く前に軽く食べちゃったので、今はそこまで……。でも、大尉が何処か寄るならお付き合いします」


「なるほどな」


 ザクスは苦笑しながら周囲の店を見渡す。どこも混み合っているが、少し奥まった一軒のレストランが比較的空いていた。


 二人はそこへ入り、窓際の席に案内される。

 やがて料理が運ばれ、ゆっくりと食事を取り始めた。

 

 リオは「せっかくですから」と言って注文したワインを軽く口にしながら、他愛もない話題をいくつか投げかけてきた。

 ザクスもそれに応じ、珍しく穏やかな時間が流れる。


 食事を終える頃、リオが新たなボトルを開けてザクスのグラスにもワインを注いだ。


「大尉、少しぐらいいいでしょ?」


「ああ、そうだな。頂こうか、ありがとう」


 ザクスは笑みを浮かべ、彼女のグラスに自分のグラスを軽く合わせる。


「乾杯」


 カチンという軽い音が、夜の喧騒の隙間に小さく響く。

 こうして二人きりで酒を酌み交わすのは初めてだった。少し気恥ずかしさが残るが、悪い気分ではない。


「大尉って、女性と出かける時はいつもこんな店なんですか?」


「……俺が女性と出かける時なんて、そうそうないだろ」


 呆れたようにため息をつくと、リオは唇の端を上げる。


「そうでしたっけ?たまに令嬢達に誘われてますよね」


 ザクスは頭をかきながら苦笑した。

 ザクスが国王と懇意にしているのは一部の権力者の間で知られており、ザクスを通して王宮や国王と繋がろうと娘や身内達を使ってザクスに近付く者達もいた。

 ザクスとしては迷惑極まりない話だが、立場上、無下にも出来ず、時には応じて出掛けて行く事もあった。


「そういう時は向こうの指定した店に行くだけだ。俺は何もしない」


「男性としてそれでいいんですかね?そのうち薬でも盛られますよ」


 冗談めかしたリオの声に、ザクスは思わず笑いが込み上げる。

 気付けば、少し前までの重苦しい空気はどこかへ消えていた。


 やがて会計を済ませ、立ち上がろうとしたザクスの動きを、リオの指先が止めた。

 彼女は無言のまま、店の奥の席を静かに指さしていた。

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