第二章プロローグ ザクス・グルーバー
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セントラルボーデン隣国、ルカニード王国。
ザクスは一人、窓際の椅子に腰を下ろし、ゆっくりと外の景色を眺めていた。
風に揺れる街路樹。遠くから響く鐘の音。
その静けさを破るように、ノックの音が響く。
「失礼します、大尉。お隣、セントラルボーデンのジョン・ハワード将軍失脚のニュースに続き、もう一人の将軍、ルーシェル将軍が元帥に就任するようです」
リオが落ち着いた口調で報告するのをザクスは静かに聞いていた。
「なるほどな。他国との戦争が落ち着いたら次はお家騒動か……」
呆れたように呟くザクスに、リオは優しく微笑む。
「まぁ、ああいう国ですからね。そういえば、もう一つお伝えする事があります」
いつもの穏やかな笑みを浮かべ、リオはザクスの傍らに歩み寄った。
「王宮の方から、本日夕方にお越し願いたいとのことです。どうなさいますか?」
ザクスは窓の外に視線を残したまま、静かに息を吐く。
「……そっちの方がよっぽど重要事項じゃないか」
「ええ、確かに。でも昨日も同じように呼ばれて『適当に断っといてくれ』って言ってたのは、どこの誰でしたっけ?」
リオは唇の端を上げ、茶化すように言う。
ザクスは頭を掻き、深くため息をついた。
「昨日は……気分が乗らなかったからな」
それを聞いたリオは深いため息をつく。
「国王からの誘いを“気分が乗らない”で断る人なんて、貴方くらいですよ。その度に私は、あの嫌味な大臣たちに何て言われると思います?
『ほほう、ザクス大尉は余程お忙しいようだ』
『まさか国王陛下の誘いを断るとは貴女の上司は余程重要な任務に就いておられるのだな』
って。……もう暴れていいですか?」
彼女の笑顔の奥に、わずかな苛立ちが見えた。
ザクスは苦笑して、軽く肩を叩く。
「悪かった。今日はちゃんと出向くから、機嫌を直してくれ」
「それが謝罪と労いの言葉ですか?……まあ、いいですけど」
彼女は小さく肩をすくめ、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。
その視線に気づき、ザクスは少しだけ視線を逸らす。
「君には本当に感謝してるよ、リオ。……君はこの数年でずいぶん大人になったな」
「それ、褒め言葉として受け取っていいんですか?感謝してるなら、今度ご飯でも奢ってください」
「ああ、そうだな。たまにはゆっくり食事でもしに行こう」
そう言ってザクスは立ち上がり、部屋を後にした。
静まり返った部屋に、リオは一人残される。
ザクスが座っていた椅子に目をやり、ふっと小さく息をついた。
「大人になったな、か……。仕方ないでしょ。貴方が立ち止まったままなんだから、私が成長するしかないでしょ」
窓の外を見つめながら、リオは静かに呟く。
「私はあの日、貴方に着いて行くと決めた。どんな道でも貴方が歩くなら……でも、貴方は歩き出してくれない。あんまり女を待たせると、愛想尽かして他を向いちゃいますよ少佐……なんてね」
その声は、苦笑ともため息ともつかぬ音に溶け、部屋に静かに消えていった。
――
一方その頃、王宮。
ザクスは金と大理石が眩く輝く広間で、取り巻く家臣たちに囲まれていた。
「お忙しい中、お越しいただけるとは恐縮ですな。ザクス大尉」
年配の大臣が、わざとらしい笑みを浮かべる。
「昨日は残念でしたが……まあ、大尉ほどのお方なら、さぞ重要なご用事があったのでしょうな」
周囲から忍び笑いが漏れた。
ザクスは苦笑で受け流す。
あとでリオにちゃんと謝らなきゃな――。
そう内心で呟いたとき、奥にある重厚な扉が静かに開かれた。
途端に家臣たちは一斉に沈黙し、膝をついて頭を垂れる。
ザクスも同じように跪き、深く頭を下げた。
重厚な足音が近づく。
王が現れ、その場に穏やかに座す。
「国王陛下。昨日は誠に申し訳ありませんでした」
ザクスが声を発すると、王は小さく笑みを浮かべた。
「ふふ、まあ良い。少し二人きりで話がしたい。他の者たちは外してくれ」
命を受けた家臣たちはすぐに退室し、扉が静かに閉ざされる。
静寂の中、二人になると王が柔らかい声で言った。
「もういい、頭を上げてくれ。人払いは済んでいる」
「昨日の件、本当に――」
「いいと言っているだろザクス」
ザクスは苦笑を返しながら立ち上がる。
形式ばった言葉が消えると、二人の間には親しい空気が戻っていた。
「昨日は外せない用事があって申し訳ない」
「急に呼んだのはこちらだ、気にするな。それより二百年の式典の件だ」
王の表情がわずかに曇る。
超常戦争の終結から二百年。
それは“新世紀”の幕開けから二百年を記す、世界の節目でもあった。
だが、その節目を祝う式典をどの国で開くか。それすら争いの火種となり得た。
最後に白羽の矢が立ったのは、完全中立を掲げるここルカニード王国だった。
「多方面から、君の出席を求める声が上がっている。国内だけでなく、あの国からもだ。新たにルーシェル元帥が就任し、彼らも今回は気合いが入っているようだ」
ザクスは軽く息を吐く。
「……匿われている身だし、たまには王の顔を立てますよ。それが一番でしょう」
「済まんな。奴らが来れば、針のむしろになるやもしれぬ」
「気にしないでください。……半分は自分が蒔いた種だ。その時は、どこかに避難させてもらうかな」
ザクスが冗談めかして笑うと、王も苦笑し、彼の肩を軽く叩いた。
やがて家臣たちが呼び戻され、式典に関する話し合いが再開される。
その間、ザクスは終始、表情を崩さぬまま静かに席についていた。




