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アナベル


 ジョシュアは剣を構えたまま、ゆっくりとゲルトの元へと歩み寄る。


「ゲルト少佐、大丈夫ですか?」


 片膝を着くゲルトに合わせるように、ジョシュアがしゃがみ問いかけると、ゲルトは苦笑いを浮かべる。


「ふっ、情けない姿を晒してしまったな。しかし今の俺を見て、大丈夫に見えるか?」


 自虐的に笑うゲルトにジョシュアも苦笑する。


「確かに大丈夫ではないですね、すいません」


 だが、詫びるジョシュアの肩を叩いてゲルトはゆっくりと立ち上がる。


「まぁそれでも、やらねばならん。兵士は辛いな少尉」


「ええ、ですがもうひと踏ん張りです」


 ジョシュアも立ち上がり剣を構える。


 その様子を見ていたアナベルは振り払うようにゆっくりと手を振る。

 すると傍らに立つ火竜がジョシュア達に向かって威嚇するように大きく口を開けた。


 剣を握るジョシュアの手にも力が入る。

 火竜に対して剣等の物理的な攻撃が通用するとは思えなかった。対抗出来るとすれば、魔法による攻撃。だが頼みのゲルトは傷付き、肩で息をしている。

 場面は明らかに劣勢。火竜の熱波が辺りを包み、ジョシュアの頬を汗が一筋流れていく。


 そんな中、悠然と構えるアナベルの背後からローブに身を包んだ男が姿を現す。


「おや、アナベルさん、まだやってましたか。手こずってますか?」


 現れた男は全身をローブに包み、仮面で顔全体を被っている為、表情はうかがい知れない。

 だがその口調から余裕がある様子がうかがえた。


 アナベルは現れた男を一瞥すると口元を緩める。


「ふん、ケスターか。もう終わらせる所だ。貴様の方は済んだんだな」


「ええ、私の方は終わりましたよ。まぁあの程度の奴らに時間をかける意味なんかないですからね」


 ケスターと呼ばれた男がそう言うと、ゲルトが驚愕の表情を浮かべる。


「ば、馬鹿な。あの男を相手にしたのはスティーブン中隊だぞ。それをそんな簡単に……」


 驚くゲルトの傍らで、ジョシュアも表情には出さないが驚愕していた。


 スティーブン中隊。

 ソルジャーとウィザードからなる混合部隊で、ラフィンの残党狩り等でも高い評価を得ていた精鋭部隊。

 今回の作戦の主力部隊と目されていた部隊だ。

 それが簡単に壊滅させられたとすれば、敵の戦力は想定を遥かに超える事になる。


 驚くゲルト達を見て、ケスターが一歩前に出る。


「かはは、あの部隊、期待された部隊だったのですか?残念ながらあの程度では私は倒せませんよ」


 笑いながら余裕を見せるケスターにゲルトやジョシュアは奥歯を強く噛み締める。


 アナベルだけではなくケスターまで加われば、更に厳しくなるのは目に見えていた。


 だがケスターは遮るかのように、アナベルの前に立つ。


「しかしアナベルさん。時間切れですよ」


「ふざけるなよ、もうすぐにでも終わらせる」


 ケスターの言葉にアナベルは明らかな苛立ちを見せる。

 だがそれでもケスターはそこをどこうとはしなかった。


「いやいや、すぐにでも終わらせられるなら今頃終わってるでしょう。遊びが過ぎたと言えばそうでしょうが、引き際は大事ですよ」


「舐めるなよ。お前から消してやろうか」


「かはは、怖いですねぇ。ですが私は貴方の部下ではありません。あくまで協力者です。ギブアンドテイク。ここは言う事を聞いてもらわないと困ります。貴方、自分の状態ぐらいは把握して下さい。消し炭になるのは誰になると思いますか?」


 ケスターの言葉を聞き、アナベルは歯噛みすると、ジョシュア達を睨んだ。


「運がいいな兵隊ども。今日はここらで引いてやる」


「な?逃がすかよ」


 ジョシュアが叫ぶと、ケスターが振り向き腕を振り上げた。

 その瞬間、地が揺れ轟音が響くとジョシュアの目の前の地面が隆起しジョシュアの行く手を阻む。


「何?くそっ」


 行く手を阻まれ、為す術がなくなったジョシュアが叫ぶとケスターの笑い声が響く。


「かはは、若気の至りでしょうが、拾った命は大事にした方がいいですよ。ではまた」


「ちくしょう、待ちやがれ」


 ジョシュアが隆起した地面を乗り越えた頃には、周りを見渡してもアナベルやケスターの姿はどこにも無かった。


 結局この日、バレスタで待ち受けていたガルフ達は倒したものの、ゲルトと数名の兵士を残し、本隊も壊滅に追いやられ、アナベルには逃げられてしまった。

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