ガルフ・シュタット
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NG.0170年(三十年前)――。
セントラルボーデン国内、地方の小さな工場都市。ガルフ・ホワイトは、母親と二人で暮らしていた。父はすでになく、決して裕福ではなかったが、母は愛情だけは惜しまずガルフに注いでいた。
幼いガルフは明るく、友達と遊び回る毎日を送っており、母の笑顔が何よりの安心だった。
だが、十一歳の頃、町で恐ろしい事件が起こる。十五歳の少年アーロン・ブラウンが、森の中で惨殺されて発見されたのだ。片腕は千切れ、腹は裂かれ、顔も判別できないほどだった。
さらに三日後、別の少年が「路地裏で化け物に襲われた」と言って血まみれで警察署に駆け込む。警官が現場に急行したがそこには絶命した少年二人の遺体が転がっており、惨い惨状となっていた。この事件を境に、町は「夜になると怪物が現れる」という噂に包まれる。
「いいガルフ、夜は絶対に外に出ちゃ駄目!絶対にだからね!」
母は何度もそう言い聞かせ、部屋には必ず鍵をかけた。ガルフは仕方なく、夜は一人部屋で過ごす日々を送っていた。
昼は変わらず外で遊び、友人ルークと笑い合い、週末のスポーツや気になる女の子の話で盛り上がった。しかし、ある日ルークが自宅への帰り道で惨殺されたと知らされる。
母の胸で泣きじゃくり、泣き疲れたガルフはそのまま眠りにつき、夜遅くに目を覚ました。ふと部屋のドアに手をかけると、鍵はかかっていなかった。
階下に降り、普段は開けない納戸になんとなしに目をやる。そこには、血まみれの母のブラウスがあった。
これは……誰の血? 母さんは――?
動揺するガルフに、母が慌てて駆け寄った。
「ガルフ!どうして出てきたの!」
「母さん!この血は……誰の!?ルークを、殺したのはまさか母さんじゃ……」
必死に母は宥めていたがそれでも一度パニックになり興奮したガルフは中々落ち着く事が出来なかった。
あれは一体誰の血なんだ!? なんで母さんの服が血だらけになっていたんだ!? なんで? どうして? 誰が――?
何度も自問自答を繰り返し、興奮状態のガルフは我を忘れて母の声も耳に入らなくなっていた。
どれ程の時間が経ったのだろうか?
ふっと気が付くと暗い部屋で母が力強く抱きしめてくれていた。
「母さん……」
そう口にしたガルフだったが妙な違和感に気付く。
何かおかしい――。
そう思い、ゆっくりと母から離れようとした時、違和感の正体に気付いた。
己の右腕が母の胸を貫いていたのだ。
「え……な、なんで?」
爪が伸び、濃い毛に覆われた、まるで獣の手。その事にガルフは一瞬言葉を失う。慌てて腕を引き抜くと、母が力なく倒れた。血だらけの腕と母を前に、ガルフは声を上げた。
「母さん……」
「……ごめんねガルフ……母さん貴方の事……最後まで守って……やれなかった」
ガルフは慌てて母を抱き締める。
「貴方は……悪くない……悪くないからね……愛してるよ……」
そう言い残し母は穏やかな顔のまま、ガルフの腕の中で力尽きた。
そして、血の海に映る己の姿を見た瞬間、ガルフは全てを理解した。
アーロンを殺し、路地裏で少年たちを襲った化け物は、自分だったのだ。
そしてその化け物は今、母をも殺した。
ガルフは母の遺体を抱え、山中へ姿を消した。翌日、町ではホワイト家でおびただしい血痕を残し、母子二人が忽然と行方不明になったことで騒動が巻き起こった。
町の人々は「化け物に襲われて連れ去られ、食料にされたのではないか」と噂した。捜索隊が組まれたが発見には至らず、やがて解体される。事件を境に怪物の目撃談も途絶え、町の記憶は徐々に薄れていった。
一方、山中に身を潜めたガルフだったが、十一歳の少年が独り生き延びられるわけもなく、凍える孤独と空腹に耐えかねて見知らぬ町へ降りて行く。
初めは野宿し、家から持ち出した僅かな金で飢えをしのいだが、すぐに金は尽きた。身を寄せる場所も、食料を得る手段もない。やむなくガルフは生き延びるため、盗みを働くようになる。
当初は慎重に、人目を避けながら行っていたが、繰り返すうちに大胆になり、やがて窃盗は強盗へ、犯罪の範囲は拡大していった。発作的に人狼に変化することもあったが、定住地がないため、騒ぎを起こせばただ町を移り、新たな犯罪を繰り返す日々が続いた。
やがて月日は流れ、ガルフが成人に達する頃には、人狼に変身せずとも十分な身体能力を持つようになっていた。自然と仲間が集まり、同じように流れ者やすねに傷を抱えた者たちと共に、ギャング団を結成する。
そこでガルフにとって特別な存在と出会う。ミア・シュタット。彼女もまた、ガルフの元に集まったならず者の一人だった。互いに失った温もりや安心を取り戻すように、二人はすぐに惹かれ合い、やがてミアは新たな命を宿す。
この時からガルフは「ガルフ・シュタット」と名乗るようになる。




