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シエラ


 シエラの自宅に招かれ、少し居心地が悪そうにそわそわするジョシュアを見て、シエラが笑みを浮かべる。


「ふふふ、少尉さん、落ち着きませんか?とりあえず座って下さい」


「あ、いや、任務中に女性の部屋に入るとは思ってなかったからさ」


 椅子に腰掛けたものの、まだ何処か浮ついているジョシュアにシエラがそっと歩み寄る。


「珈琲か紅茶程度ならお出し出来ますがどちらがいいですか?」


「あっ、そうだな、じゃあ珈琲をブラックで」


「はい、お待ち下さいね」


 少し甘い香りと柔らかな笑みを残して部屋の奥へと消えたシエラの後ろ姿を目で追いながら、ジョシュアは軽くため息を漏らす。


 何してるんだ……相手は事件の被害者。変な事は考えるな。今は任務中なんだ――。


 戒めるように自分に言い聞かせ、ジョシュアは自らの頬を両手で叩く。

 乾いた音が響き、僅かに頬に痛みが走るが、身が引き締まる。


 よし、大丈夫。当時の状況を聞いてしっかりと軍に報告するんだ――。


 ジョシュアが一人頷いていると、珈琲の香ばしい香りと共にシエラが帰って来る。


「どうしました少尉さん?怖い顔して」


 そう言って眉尻を下げながらシエラは対面に座り珈琲カップをジョシュアの前に置く。

 ふわりとしたワンピースのせいで前のめりになったシエラの胸元が思わず目に入ると、ジョシュアの心は再びかき乱される。


「うぐっ」


 思わず変な声が出たジョシュアをシエラが不思議そうに見つめる。


「少尉さん、どうかしました?」


「い、いや、あの、少尉さんじゃなくていい。ジョシュア少尉とかでいいから」


 焦って取り繕おうと本来の目的と違う事を口走ってしまう。

 だがシエラは目尻を下げて、明るい笑顔を見せる。


「はい。私の事もシエラ“さん”ではなく、シエラで大丈夫です」


「いや、さすがにそれは馴れ馴れし過ぎます」


 慌てて拒否しようと手を前に出し横に振るが、シエラはそのジョシュアの手を取り柔らかく微笑む。


「いいじゃないですか。ジョシュア少尉とは歳も近そうですし、少しは仲良く話しませんか?それとも私みたいなのと仲良くしたら誰か怒られちゃうかな?」


「いや、特に怒るような人はいないけど……参ったな、完全に君のペースだよ」


 そう言ってジョシュアもいつしか満面の笑みを浮かべて笑っていた。


「ふふふ、良かった。じゃあジョシュア少尉と仲良くしてても、誰にも怒られたりしないんだ」


「ああ、大丈夫さ。あとやっぱりジョシュア少尉より、二人の時はジョシュアでいい。シエラの言う通り歳も近いと思うし。俺は二十一だ」


「私は二十歳。ほんと、一つしか変わらないね」


 それから二人は襲撃事件の事を話しながら、互いの事も話していた。


「――それじゃあシエラは三年前の戦争で住む所も家族も失ったのか」


「ええ、さすがに立ち直るには時間がかかったけど、今は必死に前を向いてるの」


 シエラの笑みに微かな影を感じたジョシュアだったが、それには触れず微かに笑みを浮かべる。

 そんな二人の時間を裂くようにジョシュアの通信機が鳴った。


 ジョシュアは慌てて通信機を手に取り応答する。


「は、はい、こちらジョシュア少尉」


「ジョシュア少尉、今どこだ?」


 通信機の向こうから聞こえるカストロの落ち着いた声が先程までの柔らかな雰囲気を固くする。


「今は被害者であるシエラさんの自宅で当時の状況を聴取してました」


「そうか、ご苦労だな。いや、少し時間がかかっているようだったから何かあったかと思ってな」


 カストロの言葉を聞き時計を確認すると、既にシエラの自宅を訪ねてから二時間が経とうとしていた。


「あ、いや、その、襲撃も突然でしたし、相手も化け物だったので、シエラさんのトラウマにならないように慎重に聞いてまして」


「なるほど、被害者の心身のケアも大切だからな。わかった、しっかりと話を聞けたら戻って報告してくれ」


「はい、了解しました」


 通信を終えて一息つくと、シエラが少し目を細めて笑みを浮かべていた。


「上手く言いますねジョシュア少尉殿。ひょっとして私、騙されてないかな?」


「してないって。たまたま上手く言い訳出来ただけだから」


 慌てて弁明するジョシュアを見て、シエラはとびっきりの笑みを浮かべた。


「ははは、OK。ひとまずそうしとこうか」


「ひとまずってなんだよ。とりあえずそろそろ戻るよ」


 笑みを浮かべながら立ち上がったジョシュアにシエラがそっと歩み寄る。


「そっか、まだ仕事中だもんね。また会えるよね?」


「ああ、また連絡するから」


 二人、名残惜しそうに手を振り、シエラは去って行くジョシュアの背を見つめていた。


「……ちょっと積極的すぎたかな?でも、そうでもしないとね……」


 そっと呟くシエラの言葉は、誰にも聞こえず吹き抜ける風に溶けて消えた。

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