帰還と予兆
シエラの自宅に着いたジョシュアは柔らかな笑みを浮かべシエラを見つめた。
「ではシエラさん、今日はひとまずゆっくり休んで、また後日お話聞かせて下さい」
優しく告げるジョシュアに、シエラは少し不安気な表情を浮かべる。
「あの、少尉さん、行っちゃうんですか?……またあの化け物が来たら私どうしたら……」
瞳を潤ませ、消え入りそうな声で尋ねるシエラの頭をジョシュアが優しく撫でる。
「自分は帰って報告しなければなりません。でも安心して下さい。ちゃんと見張りを付けるよう、軍には報告しますから」
ジョシュアの言葉を聞き、シエラは小さく頷く。
ジョシュアは柔らかな笑みを残し、その場を後にした。
去って行くジョシュア達の背中を見つめ、シエラは儚い笑みを浮かべる。
「ジョシュア・ゼフ少尉か……また会えるよね」
シエラの小さな呟きは夜風にそっと溶けて消えた。
――
基地に戻ったジョシュアの目には、数時間前に出撃したはずの魔法兵団が帰還する姿が映った。
前方から、赤い軍服に身を包み、美しいブロンドの髪をなびかせて歩く小柄な女性が歩いて来る。セシルだ。
セシルはジョシュアに気付くと、笑みを浮かべながら歩み寄る。
「何こんな所で呆けてるのよ。無事初陣から帰還した私を出迎えてくれるんじゃないの?」
人差し指でツンとジョシュアの肩をつつき、口角を僅かに上げて語りかける。
「いや、随分お早いお帰りだな。もう片付けて来たのか?」
「ふん。私達はセントラルボーデン随一の戦力を誇る魔法兵団よ。もちろん当然でしょ」
セシルが胸を張ると、ジョシュアは驚愕の表情を隠せなかった。
だがセシルは表情を崩し明るく笑う。
「ははは……まぁそう言いたいところだけど、残念ながらそう上手くはいかないの。到着した時には敵の姿はもう見当たらなかったのよ。ジュランテルの住人の話だと、テロリスト達は私達が到着する直前に急遽撤収したらしいの」
苦笑を浮かべ首を振るセシルだったが、ジョシュアに向き直り見つめる。
先程までの明るく勝気な笑顔は消え、セシルは真剣な眼差しで問い掛ける。
「それでこっちは大変だったって聞いたけど?」
「ああ……被害はかなりのものだった。俺は現場には行かず犯人らしき奴らを追ったんだが、相手は人狼だった」
ジョシュアは静かに語り出した。
ガルフとシャルザーク、人狼二人との対峙。
セシルの教えた風の魔法が実戦で役立ったこと。
そしてガルフが言った『面倒な奴らが帰ってくる前に』という言葉。
「人狼ね……それにしても、タイミング的に“面倒な奴ら”って、私達魔法兵団のことじゃない? ジュランテルを襲った奴らも、そのガルフって奴らも、引き際が絶妙すぎる……どこかから情報が漏れてる?」
「嘘だろ……」
ジョシュアは天を仰ぎ、思わず唇を噛んだ。
そんな二人が廊下で話している中、ブーツの踵を鳴らしアイリーンがゆっくりと闊歩しながら近付いてくる。
「セシル、誰だそいつは?」
圧を含んだアイリーンの言葉に、二人は慌てて背筋を伸ばして敬礼していた。
「彼は私の同期であるジョシュア・ゼフ少尉です」
「ジョシュア・ゼフ少尉であります。アイリーン大佐お初にお目にかかります」
緊張から顔を強ばらせる二人をアイリーンは険しい表情のまま見つめると無言のまま踵を返す。
「行くぞセシル」
「はい!」
短く告げるアイリーンにセシルはすぐに返し、慌てて後について行く。
だがずっと険しい表情を浮かべたままのアイリーンを見て、セシルは疑問を抱いた。
「……あのアイリーン大佐。何かありましたか?ジョシュアが何か気に触りましたか?」
セシルの問いかけに、アイリーンは僅かに口角を上げた。
「ふっ、あの少尉は何もない。ただリバットに向かった部隊がテロリストどもに返り討ちにされたようだ」
「えっ?そんな……あっちにも確か魔法兵団の部隊が向かった筈ですよね?」
「ああ、向こうがテロリストどもの本隊だったのかもな。アナベルとかいう炎を使うウィザードがリーダーのようだ。シャリアの生まれ変わりをうたっているらしいが――」
そう言ってアイリーンは歯噛みすると廊下の壁を一発殴った。
静まり返った廊下に凄まじい衝撃音が鳴り響く。
「ふざけた奴らだ。次は私が直々に潰してやろう」
怒りを押し殺すようなアイリーンだったが、その口元は僅かに笑っているようにも見えた。
セシルは言葉を失い、静かに息を飲んだ。




