第90話 「これから」
あれから約一ヶ月。
大量の吸血鬼と、その始祖討伐の報せは、瞬く間に世界中を駆け巡った。
三国同盟が総力を結集して行った、大規模作戦。
事実上の吸血鬼絶滅。
作戦に参加した兵士や冒険者たちは、誰しもが英雄である。
賞賛され、至る所で祝杯が上がり、王都では記念行事が開かれた。
街角では子供たちが木剣を振り回して“始祖討伐ごっこ”をしている。
だが――。
実際には、三国同盟は一匹の吸血鬼も討伐していないのは、もはや有名な話である。
二千年に及ぶ血の歴史を終わらせたのは、たった五人の冒険者。
――《サンライズ》。
その名は、もはや伝説として語られ始めている。
しかも構成員があまりに異質だったため、噂は膨れ上がり、尾ひれがつき、いつの間にか英雄譚へと変わっていた。
聖銀旅団元団長にして、最年少Sランク冒険者に昇り詰めた天才。
雷帝の異名を持つ男。
――《ゾルデ・グリムアント》
キャメル国の大貴族の令嬢にして、元女王直属近衛騎士。
かの総帥アウグスト・ラインベルクの実娘。
容姿端麗。剣も政治もこなす才女。
――《フレイヤ・ラインベルク》
正体不明。それでも漂う品位と、隠しきれぬ貫禄。
垣間見える端正な顔立ちから、どこぞの王族との呼び声の高い男。
吸血鬼の根城の情報収集、侵攻経路の確保、裏方のすべてを静かに整えた男。
――《ジークハルト》
そして。
吸血鬼の被害を受けながらも、血に支配されなかった二人。
半人半魔の吸血鬼でありながら、人として抗う道を選んだ者たち。
――《ノア》と《クロエ》
彼らは一切の血を吸うことなく、人間と同様の生活をしている。
それは疑いようのない事実であり、半月以上続いた祝勝会がそれを証明した。
日光の下でともに酒を飲み、数々の料理を平らげ、屈託のない笑顔を見せた。
吸血鬼の血を乗り越えて、始祖を打ち倒した存在。
その伝説は、御伽噺となりつつあった。
ハッシュベルト国の王から褒賞を賜り、世間の熱狂もようやく落ち着いた頃。
俺たちは、人生の岐路に立っていた。
「これで、俺たちも解散かぁ……」
俺は、空を見上げる。
思い返すと、案外と短い付き合い。
それでも、あまりに濃密な時間だった。
「フレイヤは、このままキャメル国へ戻るんでしょ?」
「はい!」
彼女は騎士らしく一歩前に出て、胸に手を当てた。
「家族にも、国にも随分と心配をかけました。
お父様もわがままを許してくれて、すでに私の願いは叶いました。
これから先はどうするかは分かりませんが、一度国に帰ろうと思います」
フレイヤは、微塵も寂しさを感じさせずに笑った。
彼女は、すでにキャメル国の英雄だ。
その容姿も相まって熱狂的なファンも多い。
別れは辛いが、彼女の行く末は明るい。
クロエがそっと彼女の手を握った。
「……また会えますよね?」
「もちろんです。今生の別れではありません。
いつでも遊びに来てください。クロエは私の無二の親友なのですから」
二人はぎゅっと抱き合った。
そしてジークハルトだが、彼はもうここには居ない。
勝報を届けに国に帰ったあの日。
彼は俺たちの元を訪れた。
俺の前で膝を付き、頭を垂れる。
「主よ。これからも貴方への忠誠は変わりません。
何かあれば、いつでもどこへでも駆け付けます。もちろん、皆さまも同様です」
そう前置きしたうえで、彼は決意の眼差しで顔を上げた。
「……ですが、私はあの地を守りたいのです。
かつて王や仲間たちと過ごした、あの場所を……」
あの地下には、未だ多くの吸血鬼が埋葬されている。
彼は最後の純粋な吸血鬼として、墓守になる道を選んだ。
その後、俺は彼の静かなる願いを叶えるため、国王と約束を交わした。
あそこは今後も不可侵の禁域として指定すること。
何人たりとも、彼の地へと足を踏み入れないこと。
当然、あそこは資源の宝庫。
しかし、俺たちの意思を無下に出来ずに、その周囲だけは禁域とすると認めてもらえた。
ジークハルトは、今もあそこを守っている。
そしてまた時期がくれば、長い眠りへと入るだろう。
残ったのは、俺たち三人。
ゾルデは腕を組み、遠くを見た。
「一緒に吸血鬼を皆殺しにしよう。と、俺が言い出したのが始まりだったな……。
あの決断は、やはり間違いじゃなかった」
「そうだった、そうだった。いきなり聖銀旅団を辞めるって言い出してさ。
まるでこっちの意見を聞かずに一方的にさ……酷い話だったよ」
吸血鬼と狩人。対照的な俺たちが、同じ目的のために手を組んだ。
一時的な共闘。
そして今、その目的は達せられてしまった。
「本当は……本当はな? 俺たちは、吸血鬼撲滅を謳ってはいても、心の何処かで諦めていた。
奴らは数が多く、狡猾で闇に紛れる。それでも復讐のため、一匹でも多く殺せたらと願っていた」
ゾルデの視線が、まっすぐ俺に向く。
「お前が叶えてくれたんだ。夢物語で終わらないかもと、希望を持たせてくれた」
その瞳に熱が籠り、感謝の心がひしひしと伝わってくる。
「何言ってるのさ。俺は上手く利用されただけ。成し遂げたのは、ゾルデの力でしょ。
チャンスが零れ落ちた時、すぐに掴めるだけの準備を怠らなかった結果さ」
お世辞でも何でもない。
ゾルデの覚悟は本物で、その血の滲むような努力も本物だった。
「それでも、お前達の誰一人が欠けても成し得なかった。
この感謝、してもし尽くせん。ありがとう」
ゾルデは深く、深く頭を下げた。
その行為が、嬉しい以上に恥ずかしくなり、俺は慌てて言葉を紡いだ。
「そ、そんなことより……聖銀旅団自体も解散するんでしょ?
ゾルデは、これからどうするのさ」
吸血鬼への復讐のための集団。彼らもまた、悲願を遂げた。
「そうだな……俺にとっての戦いは終わった。
らしくねぇが、次の世代を育てるのも悪くねぇ」
「何それ。ゾルデは見かけによらずまだ若いんだからさ……まだまだ現役でしょ?
まぁ、指導者として向いているのは、確かだけどさ」
「そうですよ。ゾルデ殿ほどの方が勿体ない!」
俺の言葉に、フレイヤも続く。
しかし、ゾルデは静かに首を横に振った。
「お前らこそどうするつもりだ。これまでの功績で、お前らの存在は認められている。
だが、一部には僅かでも吸血鬼の血が残っていることで、不安を覚えている連中がいるのも事実だ」
ジークハルトのことは知られていないため、世間では俺たち二人が吸血鬼最後の血とされている。
しかも、男女ということもあり番だという眼で見られることも多い。
となれば、下世話な奴らはその子供の心配までも初めて、吸血鬼がまた現れるのではないかと危惧する。
英雄視して持ち上げる人間もいれば、敵対視して落とそうとする奴も一定数現れる。
だからこそ――。
「俺たちは、これからも一緒に世界を見て回ろうと思ってるよ。
まだまだ、食べたことのない料理を食べたいし。この世界を隅々まで見てみたいんだ」
「はい! 二人で話し合ったんです」
俺とクロエは、眼を合わせて頷き合う。
「そうか――それなら良い」
ゾルデは、満足そうに目を細めた。
「じゃあ、解散だな」
「うん……今まで、ありがとう!」
別れがどこまでも名残惜しい。
悲壮感はないが、寂しさだけは尽きない。
でも、俺たちは前を向いているし、すでに硬い友情で結ばれた仲間だ。
その事実は変わらない。
「では、お元気で!」
「じゃあ、達者でな!」
フレイヤもゾルデも、それぞれの道へ歩き出す。
俺たちは、その背中が見えなくなるまで見送った。
「じゃあ、俺たちも行こうか。
目指すは、東の国――メリカイツ帝国だね」
「――はい。ノアさん! 美味しいもの、いっぱい食べましょうね!」
ひょんなことから始まった異世界生活。
戦い、出会い、笑い。
色々なことがあったけど、血に塗れた未知の先にあったのは――大切な仲間だった。
それでも、終わりじゃない。
これは、ただの一区切り。
冒険は、まだ始まったばかりなのだから。
◇◆◇
――数ヶ月後。
「やれやれ……こうも早く集まることになっちまうとはなぁ」
ゾルデは、口ではそう言いつつも、機嫌が良いのは一目で分かる。
「私は嬉しくて仕方ないですがね!
まさか、《天裂雷獅ヴァルガ・ストルム》と《空帝竜アウレオルム》が暴れ出すなんて!」
フレイヤだけは、眼を爛々と輝かせている。
「これも魔物たちが暴れ出す、赤月の影響かねぇ。
南の島――ポトト火山を縄張りとする天空の帝王がこっちにやって来るなんて。
しかも、触発されたように雷獣山脈のヴァルガ・ストルムも動き出しちゃって被害は甚大なんでしょ?」
「らしいな――吸血鬼の始祖の次は、神獣相手か。
おかげで、名の売れた俺たちがすぐに指名されちまった」
ゾルデが肩を回しながら言う。
口では不満を漏らすが、その目は燃えている。
「そんな空の王者たちの争いを、私たちで鎮められるんですかね……」
「さぁ……でもさ、俺たちなら何とかなるんじゃない?
これまでだってそうだったし。俺たち、《サンライズ》だったらさ!」
四人の影が、地を蹴る。
最強の冒険者パーティーとして、数々の偉業を成し遂げてきたサンライズ。
しかしそれは、これからも続く長い歴史の一ページに過ぎない。
伝説は、まだまだ終わらないのだ。
――完。
これにて完結。
ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございました。
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